第六部屋 幼馴染妹、暴走(後編)
◇
「…………」
──この子は本当に何を言ってるんだってばよ?
処女、……ショジョ?
今この子、処女って言った? 聞き間違いとかではなく? いや、聞き間違いじゃないかな、はは、そうだ、そうに決まっている。あんな真面目な子が唐突にお下品な言葉を俺に投げてくるわけがないじゃないか。
あれだよね、処女ってその、あれでしょ? あの、女の子の初めて? みたいな、なんというかそういう、そういったあれですよね? あれで間違いないですよね?
だとしたら流石に聞き間違いでしかないよな。うん。返して、っていう言葉も意味わかんないし。処女を返すってことは、俺が処女を奪った、ということになるわけだし。ああ、これ聞き間違いだわ。なんだよ、びっくりしちゃったじゃん。
「あ、あれだよね? 漫画の話だよね? あれー、おっかしいな。俺朱里とか藍里ちゃんとかにもジ〇ジョを借りた記憶は──」
「──そのくだりはもうお姉ちゃんとやりました」
「……あ、そうなの?」
……いや知らんし。というか、ジョ〇ョの聞き間違いじゃなかったらなんなんだよ。
俺は藍里ちゃんの前ではあるけれど、とりあえず一旦『ショジョ』というワードを検索欄に入力して調べてみる。もしかしたら処女以外の単語があって、それを藍里ちゃんは返して、っていう風に言っているかもしれないし。
……ええと、『沮洳』? 土地が低く水はけが悪くじめじめしている状態、土地のこと? または牢獄を意味する……? え、牢獄? お縄にかかれってこと? 何も悪いことしてないのに?
一応、それ以外にも単語がないかを調べてみるけれど、それでもその甲斐はなく、『処女』か『沮洳』しか出てこないんだけど。
……っていうか返してってなに? どういうこと? あれって返せるものなの? 俺童貞だからわからないけれど、なんか着脱式のやつかなんかなの? セカンドバージンみたいな単語ってそういうこと? 俺よくわかんないよ。
「そ、そもそもなんだけど、処女って返すものなの……?」
「────ッ!!」
単純な疑問。場にそぐわないことは理解しているけれど、そもそも奪ってもいないし、返せるものかどうかも知らないから、俺はそんな質問を彼女にぶつけてみる。……っていうか、中学生の女の子にこういうこと聞いちゃだめだよな、って言った後に思った。まあ、そんな後悔は時すでに遅しですね、はい。
「というか、返してって言ってるけど、俺は、そ、その……。藍里ちゃんの処女を奪うようなことはしてな──」
「──この期に及んで白を切るつもりですか?! あ、あんな部屋に閉じ込めておいてっ!」
「白を切るもなにも……」
俺、童貞なんですよ。その上で幼馴染の妹に手を出すような鬼畜ではござらんよ。もし襲ったとしていたら童貞である俺の脳はそれはもう鮮明に記憶しているはずですし。いや、いくら理性が爆発して獣になったとしても、流石にそんな、ねぇ? 記憶を飛ばすくらいにケダモノになるわけでもないですし。
「だ、だって部屋から出れてたじゃないですか!!」
うーん? やっぱりさっきからなにひとつ意味がわからないぞぉ?
部屋から出れてた? ……部屋って普通に出られるもんなんじゃないの? というかさっきから主語がないからわからんのだけど。
「……どの部屋のことかわからないけど、そりゃあ部屋から出られないと困るんじゃない?」
「そ、それはそうですけど!! それで私のしょ、処女を奪うだなんて!」
「だから奪ってないよ!! 部屋から出ることと何の関係があるのさ!」
何? 暗喩? 部屋から出る=処女を卒業する、みたいな、そういうやつ? ニートが社会復帰するみたいな感じで言ってる? え、どういうこと?
「──え、『えっちしないと出れない部屋』から、わたしを出したじゃないですか」
──そこでようやく思い至ったこと。フラッシュバックする場面。
……いや、ここで思い至るっていう風に表現すると、まるで俺が彼女を襲ったみたいになるけれど、違う、違うからね。単純に思い出しただけだからね。
◆
「……」
それは二日前のことである。
突如として藍里ちゃんは俺の部屋にやってきて、いつも朱里が俺に仕掛けてくる『えっちしないと出れない部屋』についてを言及してきた。
お前は私の姉と何をしているんだと、そういうプレイなのか、アホな姉をだます変態。なんか、そういう罵詈雑言を並べられたわけだけれど、その際に事故で『えっちしないと出れない部屋』の貼り紙がされているドアが閉まったのだ。
そこで俺は、罵詈雑言のお返しとばかりに藍里ちゃんをいじって『出られなくなっちゃったね?』とか『これからどうしようか?』と発言をしたわけだけれど、そこで藍里ちゃんはまさかの気絶。中学生には刺激が強すぎたのだろう。白目を剥いて倒れている彼女が俺の部屋の中にいた。
「……流石に放置はしておけんしな」
俺は中学生相手であっても流石にやり過ぎたな、という後悔と罪悪感を抱きながら、建付けの悪いドアを開けて、それから藍里ちゃんを部屋から脱出させた。脱出させて、いちいち隣の家まで運んでいったのだ。
◇
なるほど、なるほどね? ようやくわかったわ。
『えっちしないと出れない部屋』という文言が書かれている部屋、そこで扉が開かなかったことを確認している藍里ちゃん。実は単純に建付けが悪いだけでしかなかったのだけれど、そのせいであの文言を本物だと勘違いした、と。
その上で『えっちしないと出れない部屋』という文言が書かれている部屋からいつの間にかに脱出している、その事実を彼女は『えっちした』と解釈し、更に『処女を奪った』と解釈した、と。
ふむふむ、なるほど、なるほどね? わかった、ようやく合点が行きましたよ。
──やっぱり俺悪くないよね?!
いや、あの時調子に乗り過ぎた俺は悪いかもしれないけど、それは藍里ちゃんも同様じゃないですか! 謂れもないことを散々言ってきて、それで罵詈雑言を浴びせてさぁ! それで少し、ほんの少しだけ冗談を言ったら気絶してさぁ! それでもしあのまま寝かせていたとしたら、更に罵られるわけでしょう? 罵詈讒謗されるわけでしょう?! そんなん理不尽でしかないじゃないですか?!
まあ、事情を説明せずにそのまま気絶した藍里ちゃんを運んだ俺にも責任はある、あるけどさぁ!? それでも俺は悪くないよねぇ?! 絶対に悪くないよねぇ!!
「え、ええと、まず勘違いをひとつひとつ正してもいいかな──」
「──そうやって言いくるめようとしても無駄なんですから、わ、わかってるんで。もう彰人さんがけものさんだっていうこと、ちゃんと理解しているんで」
理解してねぇじゃん。やってねぇんだよ。
「と、とりあえず聞いてくれない? まず、俺は藍里ちゃんを襲ったりはしてな──」
「──うそつきっ、うそつきうそつき!! なんでそうやって責任を負おうとしないんですか!! それでも男ですかあなたはっ!」
責任は確かにあるけれど、そういう責任じゃないですよね。
「ほ、本当なんだよ! マジで俺は藍里ちゃんを襲ってない! 処女とか奪ってない! マジで! 本当に!! 神に誓っ──」
「──だってあの部屋から出られたじゃないですか!! それが何よりの証拠じゃん! ふざけないでくださいよ!!」
……マジでこの子話聞かないじゃん。
俺が話す言葉にいちいち被せるように反論するものだから、結局俺の言いたいことはすべて彼女に届かない。これは彼女のためでもあるのに……。
はあ、と俺はあからさまな溜息をついた。どうしたもんかなこれ。どうやって説明すれば納得するのかなこの子。
……あ、そうだ。
「……な、なにをするつもりですか」
「……」
俺は無言で開いているドアの方まで近づいていき──。
──ガタンっ。
──ドアを閉めてやった。建付けが悪いことを目の前で証明するために。
「──ふぇっ」
「……ええとね、このドアは──」
「──よ、ようやく《《責任を取る覚悟が出来たんですね》》」
「ただ建て付けが悪──、えっ?」
そうして閉めたドアを開けようとすると、途端に藍里ちゃんの声が柔らかくなる。
何事? と思いながら彼女の方へと振り返ってみれば、なんだ、その。すげぇ赤面しながらこちらを見つめてくる女の子がそこにはいた。
「か、勝手に処女を奪われたのはもうしょうがないです。お、お姉ちゃんに捧げるはずだったのですが、この際、もう妥協します。汚らわしいあなたの魔の手がお姉ちゃんに触れないのであれば、わ、わ、私の身体で、そ、その……。え、えっちなことをしてもいいです。……い、いいって言っても、きちんと責任はとってくださいっ! け、結婚は絶対、絶対なんですから──」
「……」
この子、顔を赤らめながら何を言っているんです?
「……ええとね、藍里ちゃん」
「は、はいっ、ど、どうぞ──」
「──どうぞ、じゃなくてね。あの、このドアさ……」
──ガチャァ……。
俺はドアを持ち上げるようにしながら、建て付けの悪いそれを開いた。
「このドア、建付けが悪いだけでさ。この前も少し揶揄っただけで、俺は藍里ちゃんを襲ったりしてないし、処女も奪ってないんだよね」
「────は」
藍里ちゃんは声にならない声をあげる。
目の前の状況を理解できていない、というような、そんな雰囲気。
……いや、でもこれ以上に説明することもないんだよね。
「────いや、いやいやいや、嘘、嘘ですよね? そ、そんな往生際の悪い嘘をつかれても困りますよ、はは、やだなぁ。彰人くんったら照れちゃって」
「……いや、本当に建て付けが悪いだけなんだよね」
確かに部屋の外にはなんかスマートロックがついているけれど、それは今作動していないし、……っていうか今君付けした? あの藍里ちゃんが?
「は、はは、ははははは」
そんな俺の戸惑いをよそに、彼女は乾いた笑いを部屋で零していく。
ひどく虚ろな目。
何一つとして失われていないはずなのに、それでも彼女の瞳は空虚で、なんかすごく悪いことをしてしまったような気がした。
……いや、でもそれで言葉通りにやっても彼女は報われないからね。これしか道はないんだよな。
俺はそう心の中で納得して、とりあえず彼女の笑い声が止むまでの時間を呆然と過ごしましたとさ。
その後、藍里ちゃんは空虚な笑みを浮かべながら帰宅したそうです。結局純白な身だからよかったね? ……うん。
それはそれとして投稿が遅れて申し訳ないです。仕事が悪いんです。
次回はいつも通り内訳です、藍里ちゃん視点の。よろしくお願いいたします。




