┗第一部屋 内訳(幼馴染視点)
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「ふっふっふ……」
そうして私は自分が書いた言葉の文言を見つめながら、不敵な笑みを浮かべていた。
まさかこうして書道を習っていた過去が生かせるとは思わなかった。なんというか、あれだな、伏線回収とはこのことか、と思いながら、でかでかと綺麗に書けた文字に、私は達成感というものを覚えずにはいられない。
『ここはえっちしないと出れない部屋です』
そう筆で落とし込んだ文言。実際にそんな部屋が存在するわけなんてないけれど、それでもこれを幼馴染である竹原 彰人の部屋に貼りだしておけば自ずとそう言った展開を作ることはできるだろう。
時間は深夜、というか朝と言っても過言ではない四時の時間帯。この文言を書くために用意した習字道具の匂いが自室の大半を占めていて、少しだけ換気をしたくなる。ただ、そんな衝動を抑え込みながら、私はニタニタとする口角の緩み、そして想像する未来に対して、わくわくとどきどきが止まらなかった。
「えっとぉ、まず彰人が起きてこれを見るでしょぉ? それで、隣に眠っているふりしてる私がいるでしょ? そんでもって、彰人が私を起こしてぇ、……うん!」
我ながら完璧すぎる作戦を立ててしまって何とも言えない満足感を覚えてしまう。
ちなみに、作戦の内容としては、彰人が私を目覚めさせた後、適当に私がドアを開けようとする。そこで『あれ?! あ、開かないよ!?』なんて完璧な演技をすれば、もうこっちのものである。
いやー、実際に外側から彰人の部屋に鍵をかける、ってことも考えたけれど、それってなかなか難しいからね。工具を使って物音が出てしまうかもしれないし、それで起きたらそもそも台無しだし。なにより、こんなことにお金は使ってられないって感じ。
だから、今回は私の完璧な演技を彰人に見せつけて、あわよくばそういった関係に持ち込んで見せる。この前見た漫画で、きせいじじつ……? みたいなやつを作ってしまえば、とんとん拍子に上手くいくはずだから、とりあえずこれはやるっきゃない。
私はそうして、彰人のご両親から預かっている合鍵と、書いた紙を持って、幼馴染の部屋へと赴くことにした。
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「……おはよーございますぅ……」
一応、彰人が起きていないかを確認するために、小声で挨拶をかけながら、彰人の部屋へと侵入してみる。
彰人の両親は今海外旅行中ということで、お姉ちゃん役として普段から関わっている私には、ご両親から合鍵を持たされている。それで毎日彰人を起こして、朝ご飯を作ったり、学校に行ったりしている、というわけなのだ。
彰人が私の小声に反応することはなく、すやすやと寝息を立ててぐっすりと眠っている。その寝顔はさながら子どものように純粋なもので、今も楽しそうな夢を見ているんだろうな、ってそう思う。
……え、やば。うちの彰人可愛いがすぎるんですけど?
毎回顔を見るたびに思ってしまうことではあるけれど、こうまじまじと彼の寝顔を見つめることはないから、どこか母性のような気持ちが心をくすぐって仕方がなくなる。もうこの際、この紙を貼りつけずに、そのまま彼の布団に転がってしまいたい、という衝動もある。……けれど。
「そ、それじゃだめだもんね。きせいじじつってやつ、作りたいし」
だから、私は欲望の衝動を堪えながら、なんとか持っている紙を貼りつけることを優先した。
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だいたい朝五時頃。ぺらぺらと靡く書き初め用紙の音に注意しながら、とりあえず扉の上と天井に貼り付けることはできた。
私の身長は高くない。だから、貼り付けることにめちゃくちゃ苦労を強いられたけれど、それでもなんとかそれぞれの紙を貼りつけることに成功した。それもこれも、自宅にある脚立を運んだからだろう。
私はとりあえず、このままあっては邪魔になってしまう脚立を家に帰してから、彰人の部屋に戻ることにした。
今日、邪魔をするものはいない。
私の妹も、今日はお友達の家でお泊まりをしているし、彰人の両親は海外旅行。私の両親が自宅にいることは不安要素ではあるけれど、別に邪魔するわけなし。なんなら「いいぞ、もっとやれ」ってお母さんとお父さんなら言ってくれるはず!
だから、大丈夫!
そんな確信を抱きながら、私は改めて彰人の部屋の空気を取り込んで、その安心感をより実感する。
「……ふぁ、ふわぁー」
普段起きる時間よりも二時間ほど早めに起きたからか、どうにも眠気をこらえられず、そんな欠伸を出してしまう。そのあと一瞬、彰人に声が聞かれてないかな、って不安になったけれど、それでも彼はすやすやと寝息を立てていた。
「ふふ、うふふふふ……」
本当に完璧な作戦を立てたなぁ、と思うたびに笑みがこぼれてしまう。
この作戦によって、私と彰人は結ばれる……、うん、確実に。マジで今そういう流れが来てる。そんな感覚がして仕方がない。
私は、そんな気持ちを覚えながら、うとうととする頭で改めて、流れを、どんな流れでぇ……、そしてぇ……。
それからぁ……──。
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──目を覚ますと、そこはとても居心地のいい空気に満たされている部屋でした。
「ふふ、ふふふ、あきとぉ、あきとぉ……」
そんな自分が吐き出していた寝言を耳で聞いて、それからだんだんと意識が目覚めるのを感じていく。
まるで彰人に抱きしめられている、みたいなそんな感覚。というか、マジで抱きしめられているんじゃない?! それくらいに、彼の匂いが私の中を満たしていて──。
「──あれ?」
そんでもって、完全に目が覚めた。
私はいつの間にか彰人のベッドにもたれて眠っていたようで、更にいつの間にか、その背中にはシーツがかけられている。
見慣れた空間、見覚えのある空間。けれど、昨日見た部屋とは異なって、確実に朝日が差し込んでいる明るい空間。
……そして。
「え、え? あれ、彰人ぉ? 彰人はぁ……?」
──どこにもいない、私の幼馴染である彰人の姿。
更に感じるのは、風が吹いているような感覚。その感覚に視線を向ければ、なぜか開いているドア。
……あれ? あれれ?
よくよく見れば、いつも机に置いてある指定の学生鞄もないし、壁にかけてあった彰人の学生服もない。
ベッドには彼が寝ていることを示したようなシワのそれと、少し私のよだれがかかってしまって滲んでいるソレの光景。
「ま、まさか」
私はそんな嫌な予感を覚えると同時に、あらかじめポケットに入れていた携帯で時間を確認する。
「や、やべぇです……、ち、遅刻だぁ……!」
──完 全 に 寝 過 ご し た 。
そんな実感を覚えると同時に、私は結局果たされなかった作戦に、悔しい気持ちを覚えることしかできなかった。
今日の朱里の敗因:早起きしたことによる睡眠不足。




