第五部屋 添い寝、そして脱出(後編)
◇
──もう、いいんじゃないかな。
もう、いいんじゃないかなって、俺は思ったんだ。
ここまで直球に言葉を発してくる幼馴染がいる。えっちするまでは起きない、と先ほどまで艶めかしい声を紡いでいた彼女がそう言っている。
いや、これで手を出さないって方が無理あるんじゃない? もういいじゃん。俺が朱里を襲ったって仕方がないじゃん。なんなら朱里から襲って? って言ってるようなものじゃないですか。
だって、だってだよ? 目の前にいる幼馴染のこと、俺はずっと前から好きだったわけだし、そりゃあポンコツなところはあるかもしれない。ただそれでも幼い頃から優しさにあふれていたし、色々な人にその優しさと笑顔を振りまいてきた人間なのだ。
そんな彼女のことを俺は好きだし、もういいんじゃないかな。ゴールしちゃって。もう我慢する必要ないよね。俺がいつも見ている幼馴染の同人誌とかのプレイとかもやっちゃっていいよね。仕方ないよ、だって朱里がそれを求めているわけだし。たとえ意味が分からなくても、ヤっちゃった後には理解できるでしょ。まあ最初は痛いって聞くし、このロリ体型の彼女に入れることには後ろめたさがある。藍里ちゃんの言う通りのロリコンで鬼畜な変態になるのかもしれないけれど、もうこれ実質両想いでしょ。
だ、だって添い寝してくれてるんだよ? ……してくれてるっていうか、添い寝を勝手にされていたというか、なんなら一緒に寝ていたというか。
もうこんなん朝チュンじゃないですか。それ以外のものもないじゃないですか。別に外から鳥の鳴き声とか聞こえないけれど、それでも別にいいじゃない。二人で迎える朝、ああ、なんて語感のいい言葉なんだ。
正直、朱里がもっと大人になってから告白して、清い恋愛をしていこうと思っていた。けれど、もう大丈夫っしょ! 流れのままにヤッちゃえばいいでしょ! なんならこれで朱里が大人になることでWin-Winってやつなんじゃないかな? あ? クラスの女ども? 知らねえ!! もう俺は俺の道を行くだけなんや! どれだけ罵詈雑言を浴びせられるかの具体的な想像ができたとしても、もう俺は引かない。ここで引いたら男が廃るってもんですよ! 俺は朱里と結ばれなきゃいけないんや!!
「……」
……でもやっぱごめん。俺怖い。俺が世間からどうなるか、それを想像するとめちゃくちゃ怖い。
だってこの子、本当にいろんな人に親切にしてるんだよ? 子どものようにかわいがられているんだよ? マジで近所のおじいちゃんやおばあちゃんから孫のようにかわいがられてるんだよ? クラスの女子が行ってくるであろう阿鼻叫喚のような地獄については我慢できるとしても、それでも世間までは相手にできないよ俺。
だ、だから、そうだなぁ。い、一応あれだな? 和姦っていうのを確立しなければいけないから、ちゃんと言質をとらなきゃだね? ろ、録音とかしなきゃだね? ……携帯とれないけどさ。
「あ、あ、あ、あ、あかりはぁ、さぁ……? お、お、お、お、俺と、その、…………え、え、えっ、えっちなこと、し、したいんすか?」
……めっちゃ挙動不審になってしまったけれどしょうがない。こんなん面と向かって言えるほうがおかしいもん。
俺が朱里に震えた声で聴くと、俺の腕の中で眠ったふりをしている彼女は、うん、と頷いて頭を動かす。少しポニーテールの部分が腕に絡んでくすぐったい。
「えっちなことというか、えっちしたい」
「────」
──はい、もう和姦確定です。みなさん、お疲れさまでした。ここまでご愛読いただき有難うございました。今まで応援してくれた皆さんのことは忘れません。
今、はっきり聞こえましたね? 見えましたね? 照れて頬を赤くしながら、じわりと俺から視線を逸らして呟いた言葉。えっちなこと、というよりもえっちそのものをしたい、って確かに彼女は言いましたね?
つ、つ、つまり? ぜ、前戯とかはいらないで、そのままヤッちゃえ〇産ってこと? そういうことだよね? そういうことだよねぇ!?
「わ、わ、わかった」
いやー、もうこれはしょうがない! 俺の大好きな朱里がそう言ってるんだもん、しょうがないよ。これで文句を言うやつがいたらぶん殴る自信がある。お前がこれで求められたら拒めるのかって絶対ぶん殴れる。
……ふう、しょうがないんだこれは。やるしか、……いや、ヤるしかないんや!
そう思って俺は身体を起こす。ふう、と何度目になるかわからない溜息を吐き出して、それから決意をするようにもう一回息を吐き出す。
俺が起き上がることによって、彼女にしていた腕枕を離していく。ようやく血流が巡り始めて、熱を帯びるような感覚。痺れる感覚も同時にやってくるけれど、もうそんなの構っていられない。
「んん……」と名残惜しそうに俺の腕に短い手を伸ばす朱里の声。大丈夫、すぐに俺の腕はお前のものになるから……。
え、ええと、そうだな。さ、最初はどういう感じでやったらいいんだろう。まずはなんだ、ぬ、脱がせるとか? そ、その前にインタビューとかしなきゃいけないやつ? それともき、キスから……? いやいや、違う、前戯を朱里はお求めになっていないだろ! いい加減にしろ! ちゃんと考えてシャキシャキ動くんだよ俺ェ!
俺は朱里が包まっているシャツを剥がしていく。「やぁー」とだらしない子どものような声が聞こえるけれど、でも知らない。まずは脱がせるところから始めないといけないから。
そうしてベッドの上に広がるのは、制服姿の朱里。エアコンが効いて寒いのだろうか、少し身体を抱えるようにしながら横になっている彼女がいる。
けれど、俺が「……ヤるぞ」と声を出せば、「……はやくぅ」と声を返してくる。
ああ、そうだ。俺は彼女の期待に応えなければならない。さっさと理性を捨てろ、獣になれ、それが彼女のためなんだ──。
「はやく、はぐしてよぉ」
「────」
「はぐ、はぐしてほしぃ」
そ、そうだよな! やっぱ抱擁って大事だよな! これはあれだよな、紳士としてきちんと気を遣う場面だったよな! そうだよなぁ! 前戯がいらないってそういう意味じゃないもんな! わかってる、わかってますとも。これは気の利かない俺が悪いわ!
まあ、正直ハグくらいならどうってことない。脱がせることには躊躇しちゃうけれど、日常の中で事あるたびに抱き着いてくる朱里の姿を思えば、俺にとってハグなんて呼吸と同じくらいの扱いだ。
だから、言われてすぐに行動する。一度起こした身体を、彼女にそのままおっかぶせるように。それでも、体重がかからないように気を付けながら、優しく優しく──。
「────」
「わぁぁぁ、はぐだぁ、ぎゅーっ」
そして、朱里からもそのハグは返ってくる。
嬉しい、今俺たち、完全に同じ気持ちになってる。安心感、嬉しさ、興奮。心臓の痛さ、ぎゅー、ぎゅーって、なんか身体全体が内側から沸騰するみたいな、そんな熱さが──。
「……よしっ!」
「────……ん?」
唐突に彼女が現場猫の真似をし始めたから、何事かなと思って疑問符を浮かべた。
そして──。
「──第一のえっち完了! やったー! ようやくえっちできたー!!」
「──────え」
「やっぱり友子ちゃんの言う通りだぁ! わーい! わーい!」
「────────はっ?」
え? この子は何を言ってるんですか? 本番は今からですけど? 序章も序章なんだが?
俺が口をパクパクと開閉させていると、そんな俺の様子に気づいたのか「どしたの?」と何もわからないかのようにこちらに声をかけてくる。
「い、い、いやお前、え、え、えっちって──」
「ふふーん! 彰人知らないんだぁ! あのねっ、えっちはアルファベットのえっちでしょう? だから、ハグのえっちなんだよー?」
「──────」
「ま、彰人はおバカさんだもんね! 知らなくてもしょうがないと思うよ──あっ、彰人のアラーム鳴ってる! もう起きる時間だ! じゃあ今日も一緒に学校にごー!」
「──────」
呆然としている俺の、……生殺しにされたような気分になっている俺を他所に、朱里はそのままドタドタと扉を開けて階下へと降りていく。
え、開くじゃん。そこは閉じ込められててよ。しまっててよ。開くんじゃねぇよ。脱出したくないんですけど。
「──────────」
──朱里の身ぐるみを剥ぐ剥ぐしてやりたかった……。
俺は賢者タイム以上の虚しさを抱えてしまい、朱里の「そろそろ出ないと遅刻しちゃうよー!!」という声がかかるまで呆然とし続けた。……呆然とし続けることしかできなかった。
和姦ifルートはFant〇aで!!(ないです)
でも、えっちはしたね、嘘もついてないしね、仕方ないよね。こればかりは朱里ちゃん悪くないからね。勝手に暴走し始めた彰人君が悪いねっ。
それにしても「第一のえっち」、ですか。……胸が高まりますね。




