第五部屋 添い寝、そして脱出(前編)
いやー、胸じゃなくてよかったね(そうじゃない)。
◇
──目が覚めたら、そこはえっちしないと出れない部屋(えっちしないと死にます)でした……。
妙に感じる重みのようなもの、その圧力とも言えない柔らかい感触に目をさましてから、俺はいつも通りに天井を確認してみる。するとどうだろう、これまたいつも通りにそんな文言が貼られており、窓から吹く風に書き初め用紙は靡いていた。
一応、昨日も帰ったときに剥がして、いつか朱里が真の大人になったとき用の黒歴史として押入れにしまっておいたはずなんだけれど、今度はまた新しい書き初め用紙が貼られている。ただ、昨日と違う点を挙げるとするならば、今日に関しては一枚だけ。
『ここはえっちしないと出れない部屋です(えっちしないと死にます)』
そんな小学生が考えたような文言、ツッコミを入れたい気持ちに駆られるけれども結局言葉にすることはしない。俺は特に何も考えないままため息をついた。
……またかよ。そろそろ飽きてもいい時期なのでは?
朱里はアホの子なので、何かしらの漫画の影響を受けることがとても多い。とあるときには『朱里の呼吸、一の型……』とか言い出していた日もあるし、『りょういきてんかい……』と唱えていた日もある。挙句の果てには『アカリスマーッシュッ!!』とよくわからなすぎる謎の技名を唱えながら攻撃をしてきたこともあった。……あの時は痛かったなぁ。
まあ、そんな風に影響を受ける彼女ではあるものの、それは三日も続かない。三日も続けばいい方で、一日経てば飽きて違うものに影響を受けてしまう。なんなら先ほどの技名ブームのときはそれぞれ一日ずつで切り替わっていた。……いや、三日坊主すぎだろ。面白いんだからもっと読めよ。
そんな三日坊主以上か、三日坊主以下なのかもわからない彼女なのだが、それでもそんな彼女が今日含めて四日連続で同じことを繰り返している。
俺の両親が海外旅行に行ってからずっとこんな感じなんだよなぁ……。一週間前までは、それこそどこかの恋愛漫画みたいに朝食を作ってくれて、エプロン姿で起こしてくれて、なんとも平和な日々が過ごせていたのに。なんでこんなことになったのやら。
……っていうか重い。てか暑い。
額にはじんわりと汗が滲み始めている。割とエアコンを使わないと寝られない性分なので、なるべくエアコンを切るタイマーは朝のギリギリ近くまで入れているはずなんだけれど、それでももう暑い。窓でも開けたっけな。
そう思いながら俺は身体を起こそうとする、……も起こせなかった。
「──すやー、すやー……」
──完全に一緒のベッドで、同じシーツを被っている幼馴染、朱里が、俺の身体に絡むように眠っていたからである。
◇
「ひぇっ?!」
先ほどまでは寝ぼけていた部分もあるけれど、その重みと温かさ、柔らかみのある感触を覚えてからはどうしたって目が覚めてしまう。
辛うじてというべきか、俺が触れていたのは彼女の二の腕の部分。
俺の腕を勝手に枕として使っている朱里によって、俺は彼女の二の腕を寝ているときから触ってしまっていたようだった。
よかった、某漫画だったら確実に胸へと手がいってビンタを喰らっているところだった。……まあ、朱里にはそんなに胸がないので柔らかい感触なんて覚えるはずないんですけどね、へへ。
それはそれとして、いつもであればベッドでもたれて眠っている(フリをしている)彼女が、今日に関してはベッドの上で隣にいる。
え、俺寝ているときに朱里に手を出したのか……? と一瞬だけ高校生の性欲が制御できなかった後悔に襲われるけれど、シーツをめくってみれば裸でも何でもない制服姿の朱里がそこにいたから、とりあえずはセーフだと思う。
……というか腕の感覚、ない。そんなに朱里が重たいわけじゃないけれど、それでも枕にされている部分が血流を阻害しているのだろう、すごくしびれを予感させる感覚の無さが残り続けている。
これはもう起こすしかないか。……嫌な予感しかしないけれど。
「朱里、朝だぞー」
一応外の世界については明るい。枕近くの携帯をとって時間を確認したいけれど、位置的に朱里がいるから携帯がとれない。というか、とれたとしても見れない。……ほら、眠る前に動画って見るじゃない? ……はは、つまりはそういうことですよ。
だから、そうやって彼女のことを起こすために声をかけてみるけれど。
「……すやー、すやー」
朱里はそんな俺の声を無視するように、ただひたすらに眠り続けている。
……うん。これ、眠っているフリですね。呼吸でわかるわ。
本当に寝ている人間って呼吸がもっと深くなったりする。昨日の朱里を起こすときにも、きちんと呼吸が深かったような気がするから、だからこれは寝ているフリだとそう思った。
だから──。
──ぷにぷにぷにぷに。
一応の確認のために、そのままつまんでいる彼女の二の腕を、ぷにぷにと指先で改めて触れてみる。
「──ひゃぁ、あぁっ……」
──めっちゃ艶めかしい声が聞こえてきたんですけど。
えっちってもしかしてこのことか? とそう思ってしまう自分はいたけれど、とりあえず俺は彼女が寝ているふりをしていることを理解しながら、一旦朱里の二の腕を堪能することにした。




