第四部屋 まさかの……脱出?(中編)
◇
はは、まさかね。ここまで朱里の演技が上手くなっているとはね。流石にこれは度肝を抜かれますよ。いつもなら下手な演技で「アードアガアカナイー」と呪文みたいな片言を発するはずなのに、いつの間にこやつ練習しておったんじゃ。はは、これは誉めてあげた方がいいんだろうな。
まあ、そんなことはさておきだ。とりあえず俺もドアに触れなければ状況なんてわかりはしない。嫌な予感がすることはさておいて、それでも俺からドアを開けようとしなければ何も始まらないのだ。
ドアの前で首を傾げながらぼうっとしている朱里。そんな彼女の前に出るようにして、俺もドアノブを引いてみる。
──ガタッ、ガタガタッ。
「……」
ああ、そういえばこのドア建付けが悪いんだよなぁ! だから、持ち上げるようにしながらドアを引けば──。
──ガタガタガタガタッ、ガダ! ガダガダ!
「……」
──ガダッ! ガンガンガンッ!
「……そんなにやったら、ドアさんこわれちゃうよ……」
「……」
え? マジで開かないんですけど。
「……はは」
乾いた笑いしか出てこない。え、なんでこうなってるの? とうとうファンタジー的な要素が実際に起こって、俺と朱里をこの部屋に閉じ込めようとしてきたの? それほど世界は俺と朱里にえっちをしてほしいんですか? そういうことなんですか。
「……ね、ドア、あかないでしょ?」
「……」
彼女の言葉に頷きそうになったけれど、俺は無言のままでドアを引くだけの作業を繰り返してみる。
物音、物音、物音の反復。うるさいとはわかっているけれど、流石にこの状況では焦りも生じて慌てずにはいられない。
でも、実際朱里が言うようにドアは開かない。ドアを引くのではなく、ドアを押すようにしたり、もしくは横にスライドさせようとしてみたり、いろいろと策を講じてみるけれど、それでも目の前のドアは開かない。
「……あかないねぇ」
「……そう、だな」
俺は一旦焦燥感を忘れるように意識しながら、とりあえず朱里の顔を見つめてみる。
俺と朱里との仲ともなれば、その顔を見て嘘をついているかどうかくらいはよくわかる。それくらい一緒に過ごしているのだ。何か思惑があれば、それを表情の細かな仕草で見分けることができるのだ。
「……」
「……どしたのあきとぉ」
「……」
「……しょ、しょんなにみつめられると、てれちゃうよぉ」
「……」
「えへ、えへへへへ」
──ダメだ、ただ可愛いだけしかなかった。
……いや、そうじゃなくて、確実にこいつは嘘をついていない。何か計画めいた思惑を抱いているわけでもなさそう。
え? じゃあ、なんで? なんで俺たちはこの部屋に閉じ込められているの? なぜ? なぜなぜ?
思い当たる節が何一つとしてない。朱里が原因であるのならば言動や表情に変化があるはずなのに、彼女はいつも通りの素面の状況でいつまでも照れている。いや、照れてる場合じゃないんですよ朱里さん。一旦目の前のことに集中してもらっていいですかね。
それ以外に思い当たる節を考えてみる。朱里以外で何かこういうことをしてきそうな人とか思いつかないけれど、それでも考えなければいけない。
──もしかして藍里ちゃんのせい?
……いやあ、それはないな。だって彼女は重度のシスコンでしかなく、昨日もこの部屋の張り紙についてとても怒っていたのだから、実際に俺と朱里を部屋に閉じ込める、なんていうことをしでかすわけがない。ああ、これは間違いない、……よな?
「あっ」
っていうかアレじゃん。こんな部屋に朱里と俺が閉じ込められている状況、藍里ちゃんだってめちゃくちゃ嫌なはずだし、ここは彼女に助けを求めるのが正攻法なのではないか?
寝ぼけた頭だったせいで、この部屋に閉じ込められている現状を憂うことしかできなかったけれど、そうだよ。普通に外部の人間を、この家のことを知っている人間を呼べばそれだけで済むじゃないか。
……正直、藍里ちゃんに連絡をすることは怖いけれど、それでも連絡をしなければ何も始まらない。もしくは朱里のご両親に連絡をしてもいいかもしれないけど、流石に娘と一緒に寝ていた(本当にそのままの意味で)と彼らが知れば、どれだけ俺にも優しい人たちであっても、ものの数秒で包丁を持ち出してくるかもしれない。
うん、ここは仕方がない。藍里ちゃんに連絡をするしかない。それ以外に頼める人間はいない。……改めて自覚すると、自分の交友関係の狭さに涙が出てきそうになる。
俺はとりあえず携帯を手元に出して、そこから藍里ちゃんの連絡先をタップする。言わずと知れた通話アプリ、彼女の名前をタップして、そこから通話ボタンを押そうとした。急を要するからメッセージのやりとりは後回し──。
「──ってあれ?」
──通話ボタン、ないんですけど。
アレー? オカシイナァ?
普通だったら右上に電話のマークがあるはずなのに、なぜか彼女の連絡先をタップしても表示されないぞぉ? ナンデダァ?
まさか、まさかとは思うけどブロックとかされていたりする? はは、まさかね。そんなことあるわけないわ、だって、一応藍里ちゃんとも幼馴染なわけだし、どれだけ俺のことが嫌いでも流石にないでしょう、ははは。
そう思って、とりあえずブロックされているかを確認するための方法を調べて、手っ取り早く確認できそうなスタンププレゼントという機能を試してみることにする。
なんかブロックされてたら『相手はこのスタンプを持っているためプレゼントできません』って出るらしい。だから、絶対に藍里ちゃんは持っていないであろう、筋肉ムキムキの男が笑顔で応答する音声スタンプをプレゼントしてみる──。
──へ、ヘェ? ア、アイリチャン、ナカナカ奇抜ナスタンプヲモッテルンデスネェ……? ハハ、ハハハハハ……。
俺は、そんな寂しい現実逃避をすることしかできなかった。
ナンデブロックサレテルンダロウナァ……。




