第四部屋 まさかの……脱出?(前編)
◇
──目が覚めたら、そこはえっちしないと出れない部屋(本当)(ガチ)(ヤバイ)でした……。
「……」
そうして目を覚ましたのは、どこからか物音が聞こえてくるから。
ウィーン、という少し激しめの機械音、そしてゴリゴリと削るような音。そんな音が聞こえてきたからこそ、俺はぼうっと目を覚ましていた。
ぼんやりと目を覚ましてからは、もう習慣となっているように天井の方を確認してみる。そうすると、いつも通りというべきか、かの文言が記された書き初め用紙が三枚ほど貼られていた。
『ここはえっちしないと出れない部屋です、本当です』
『マジでえっちしないと出れない部屋です、ガチです』
『絶対にえっちしないと出れない部屋です、えっちしないとヤバイです』
一応、昨日の夜にも確実に剥がしたはずなんだけれど、それでもその甲斐が見られないほどに、天井にはそれらが貼ってある。流石に一枚だけじゃ収まらなかったのだろう、『絶対に~』の方は書き初め用紙を二枚貼り合わせて書かれている。
え、どんだけえっちしたいんですかこの人。その意味も知らないくせによぉ!
「……いいや、寝よ」
もう気にしていてもしょうがない。まだ起きるには早いことがわかるくらいには、外の世界はまだ明るくない。なんとなく近くに置いている携帯で時間を確認してみても、朝方の四時でしかない。
いろいろと気になるところはあるけれど、それでも今は睡眠の方が大事。学校生活を眠気ありで過ごすのはなかなかきついからね。
俺はそう思ってそのまま眠ることにした。
──俺のその行動が、『何もせずに睡眠をとる』という行動が、自らの首を絞めるとは、その時は露ほどもわからなかった。
◇
ぴぴぴぴ、という電子音が耳に届いた。
久しぶりにも感じる電子音アラーム。それは枕元で充電している携帯から聞こえる無機質な音であり、ああ、そういえばこんなメロディーだったなぁ、とぼんやり目を覚ましてからそう思った。
いやあ、久々の快眠って感じ。ここ最近、なんだかんだ早く起きることが諸事情により多かったし、なんなら昨日も中途覚醒をしてしまったけれど、きちんと朝まで眠ることができているのだからこれでいい。
そうしてゆっくりと起こす身体。ふと身体を起こした際に見えた書き初め用紙の文言はあまり考えないようにしながら、どうせいつものようにベッドにもたれかかっているであろう幼馴染、朱里に声をかけることにする。
「おい、朝だぞぉ……」
自分でも眠たげな声を発していることが少し面白い。
それはさておき、昨日の反省を生かしたのだろう。朱里はベッドにもたれかかって寝ている姿勢が正座ではなく、お嬢様座り、というか人魚みたいな風に寝そべるような体勢で、俺のベッドの上で寝息を立てている。……ベッドの上で寝息を立てている、という風に言えばすごく官能的な感じがするけれど、その実「むにゃむにゃ……」とあまり寝言でも聞くことはないだろう音を吐き出しているから、幼さしか感じない。
今日は本当に眠っているのだろう。俺が声をかけてもあまり反応をすることがない。すぅ、という可愛い寝息が耳に届いては、俺の声に対して少し嫌がるような態度しか返ってこない。
「おい、おいもう朝だ、起きろー」
「ん、んん……」
何度かそんな声掛けを繰り返して、なんとか朱里を起こしてみる。
んー、と彼女は声をあげながら、ベッドにもたれていた体を起こす。その際に、その小さな背中を伸ばすようにしながら、本当に寝ていたんだろうな、ということを感じさせるような声が返ってくる。
「……あ、あきとだぁ。おはよぉ」
「ああ、うん、おはよう」
「……なんであきと、私の部屋にいるのぉ?」
「違うわい、ここは俺の部屋じゃい」
そんなツッコミを彼女に軽めのチョップを入れながら紡いでみる。すると「ほんとだぁ」なんて眠気を含んだ声で返してくる。やっぱり朱里は朱里だなぁ、という変な表現が心の中に生まれるけれど、それはそれとしてそろそろ朝の支度をしなければいけないと思った。
「じゃ、そろそろ朝の支度をしますかね」
「……うん、そだねぇ」
そんな俺の声に反応して、朱里もそのまま立ち上がっていく。流石に正座じゃない姿勢で過ごしていたからだろう、すんなりと彼女は立ち上がって、それからドアの方へと向かっていく。
(……あっ)
そのタイミングで、俺はようやく眠気を振り払って気づきを得た。
そういえばドアの方にも例の文言が貼られているし、天井にだってこれ見よがしにあの文言が複数枚貼り付けられている。
──この状況で朱里にドアを開かせたら色々と面倒なことになる……!
(……なんてね)
一瞬だけそんな憂いが頭に過るけれど、まあ今の朱里なら大丈夫だろうという確信がある。
もともと朱里はアホの子である。そんなアホの朱里が、今は眠気も纏っていて、更にドがつくほどのアホになってしまっている。
この状態であれば、きっと彼女の頭上にある文言についても目に入らなかったり、もしくはそもそも忘れている可能性だってある。
だから、別に考えすぎる必要はない。うん、朱里なら大丈夫。
妙な安心感を抱きながら、俺は階下に降りるために必要なものを片手間に準備する──。
「──あれぇ、……あかない」
「……え?」
確実に演技ではない声を朱里は発しながら、眠たげな視線をゆっくりと俺の方へと向けてくる。
……え? マジ? そんなことある?
俺は戸惑いのままに、とりあえず俺もドアを開けることにした。
眠たげ幼馴染可愛くてすき。
それはそれとして、どういうことなんでしょうねぇ……。次回に乞うご期待!




