96話
慌ただしく、様々な人々が村を行き交う。
崩れる音が響いたのは、昼過ぎのことだった。
「勇者様!!」
第三部隊の隊長が、血相を変えて駆け込んできた。
――その背後には、第一部隊の騎士。手が膝に触れそうなほど前のめりになりながら、なんとか立っている。
「魔族の子供たちが、誘拐されました!!」
その叫びが響いた瞬間、風が止まり、空気だけがひやりと肌を撫でていった。
二騎の馬が、東へ向かって土煙を引きながら疾走していた。
そのすぐ横を私は無言で駆ける。
セインたちはいつものように、魔族の女性たちと群生地に出かける予定で、集落を出た所だったらしい。
そこへ一人の第一部隊の騎士が声をかけた。道案内をしてほしい、と。
セインたちは快く引き受けて、女性たちと別れて右に曲がる。
集落はまだ防壁が完成しておらず、繋がってはいなかった。
そこを突かれたらしい。
壁の影に子供たちの姿が隠れると、そこに待機していた幌馬車から手が伸びる。
魔族の女性の一人が、その隊服を着た騎士に見覚えがない事が気になり、振り返った瞬間。
壁の影から伸びた腕が、子供たちを幌馬車へと引きずり込んでいた。
蹄が地面を叩く重い音が、足元から響き上がってくる。
報せに来た騎士は、まだ息を整えきれないまま、前を睨みつけて叫んだ。
「すぐさま気づいた女性たちが追い、レグ副隊長以下六名も追随しているのですが!」
馬の吐く熱い息が横顔をかすめ、風が肌を刺すほど鋭い。
「念のため勇者様にご報告をとレグ副隊長が!」
「敵が何人かも不明なのかな?!」
「はい!」
《空識》を発動し、周囲の様子を確認しながら、《千里眼》も同時に起動する。
意識を拡張する。
――東から南へ迂回。高速移動中。
人間の集落に近づく前に捉える必要がある。
魔族はまだ人類に受け入れられてはいない。
もし目に触れてしまったら、子供とは言え殺されてしまう――
「先に行きます!」
「え!?」
騎士たちの驚きの声が背後に遠ざかる。
地面を蹴るたび、土が弾け、身体が軽く宙へ跳ね上がるような感覚があった。
そこで《時間停止能力》を動かした。
周りが一瞬で色あせて固まる。
その世界を、力任せに突き抜ける。静止した風景が、破片のように後方へ砕け散っていった。
その日、セインたちは『ペイルヴィオ』と『ルマ』の開花時期を確かめるため、魔王領へ向かう予定だった。幼い子もいるため、行き先は比較的近場だ。
おやつも持ってさあ出発!という時に、声をかけられた。
「こちらに来てまだ日が浅いから、位置が頭に入っていないのだ。族長の家はどちらだろうか?」
第一部隊は、集落の形態が整うと巡回が主な業務になり、それまであまり着ていなかった隊服をきちんと着るようになっていた。
目の前の人は見たことが無い顔だったけど、でもレグさんたちと同じ服をちゃんと着ていたから、
「それじゃあ案内しますね!」
そう言って子供たちと先導し、一番近道の壁を抜けた途端。
脇に留まっていた幌馬車に引きずり込まれた。
「!!」
幼いとは言え、それなりに訓練をしているし、セインはスタンピードも経験した。少しだけだが。
男たちの腕が自分たちを羽交い絞めにした瞬間、咄嗟に肉体を強化した。
そのまま抵抗しようと男の手を振り払った時、馬車が勢いよく走りだした。
その衝撃で子供たちが馬車の後方に転がり込んでしまう。
「ガキどもを縛れ!!」
騎士服を着た男が、中に居た男たちに命令するのを見て、自分たちが騙されたことに気付いた。
どうしよう……!!
次々と手首に何か嵌められて、さらに縛られてしまう子供たち。
自分も何か冷たい金属のような腕輪を嵌められた。
このままではまずい、とセインが力を込めて魔力を練ろうとした瞬間、身体の奥にあったはずの熱が、空洞のように消えた。
いつもなら応えるはずの魔力が、どこにもない。
「え?」
セインが驚いて目を見開いていると、騎士服の男が嘲笑った。
「無駄だ。魔力封じの魔道具だ。大人しくしていろ」
――魔力封じ?
馬車は猛スピードで、知らない方向へと突き進んでいく。
幌馬車は軋む音を上げながら道を跳ね、車輪が悲鳴を上げていた。
後方では、レグたち騎士団の蹄音が地面を叩き、土煙が幌の端をかすめるほど迫ってくる。
「くそっ……もう追いつかれるぞ!」
御者が叫び、馬車は大きく揺れた。
本物の騎士たちが剣を構え、怒号を上げながら距離を詰めてくる。
「止まれ!子供たちを返せ!!」
その声に、騎士服を着た男が顔を歪めた。ふと視界の端、幕の隙間から建物らしき姿が見えた。
「その先に小屋がある!そこに止めろ!!」
畦道の向こうに古びた小屋が一軒立っていた。
馬車を急旋回させ、横倒しになりかけながら止まり、男たちは子供たちを抱えて中へ駆け込んだ。
「騎士団の連中か!なんでこんなに早く追ってきたんだ!?」
「攫うところを誰かに見られていたのか?!」
「こうなったらガキどもを人質にするしかないぞ」
追随する騎士団は、剣を抜いたまま小屋を包囲し始めていた。
「レグさん」
走って追いかけていた魔族の女性たちが、そっとレグの後ろから声をかけた。
「子供たちは?」
「あの小屋の中だ。敵は籠城している」
ここで、場違いにもレグは魔族の脚力に驚いていた。
それも女性がである。
規格外の女性なら一人、心当たりがあるが――。
「逃げ場はないぞ!子どもを返せ!」
騎士の一人が大声をあげると同時に、他の騎士たちが、廃屋の窓や扉にそっと近付き、息を潜めた。
「副隊長、突入しますか?」
「いや、まて。おそらく子供たちを人質にとってるだろう。中の状況を確認したい」
「はッ」
対して、中に潜む男たちは、外の様子を伺いながら、子供たちを一箇所にまとめて、外からは見えない位置に布を被せて隠していた。
「騎士は……6人か?」
「まともにやっても返り討ちだな」
「子供を一人連れてこい。人質にする」
乱暴に連れ出されたセインを男が窓際に立たせる。
そしてセインの首元にナイフを添えた。
外の騎士団と男たちとの間に、緊張が走る。
「子供とは言え、魔族だろう?その魔力封じはちゃんと効果あるんだろうな?」
男の一人が不安そうに、騎士服の男に尋ねた。
「大丈夫だ」
「魔力封じって何?」
その騎士服の男に向かって、背後から質問が飛ぶ。
「ああ?俺も良くは知らん。魔力の流れを乱す枷らしい。上からは無理に外すと魔力回路を痛めるから、無茶はするなとか言われてたがな」
「上ってだれ?」
「だれって」
そこで初めて自分に質問していた声が、仲間ではなく、第三者……それも子供の声でないことに気付く。
恐る恐る振り返ると、そこには――
白金色の胸当てと白い装飾布を纏った、長い黒髪の女性が立っていた。
「「!!」」
男たちが一斉に、顔を引きつらせて声にならない叫び声をあげていた。
「ねえ、だれがそれを言ってたの?」
私は質問をもう一度重ね、ナイフを突きつけられているセインを守るように、《界域》をかける。
「な、何だ貴様!!どこから入った!!!!」
男がセインの首元に更にナイフを近づけた。
「どこからって。扉から」
そう言って私は入ってきた方角を指さす。
「ふざけてんじゃねえぞ!!!!!」
目を怒らせて罵声を飛ばす。
敵は4人だった。
先程の会話から、誰かの指示を受けていることが分かった。
さて。どうしようか。
出来れば黒幕を吐かせたい。
声を荒げていた男が、セインを傷つけようとナイフを握る手に力を込めた。
だが――
何かに弾かれたように、刃が通らない。
セインは可哀そうに、顔をこわばらせて目を閉じている。
「ああ?」
男が更に力を込めようと振り下ろした。
けれど、結果は同じで。
「どうなってやがる!?」
焦る男。
私は壁際にある花瓶に界域《界域》をかけた。二重に。
そして部屋の至る所、できれば男たちの目に留まる位置の物を選んで、次々とかけてゆく。
片手を顔の前に掲げ、ゆっくりと指を銃をかまえるように人差し指を突き出して。
「ね、もう一回聞くね。だれがそれを言ってたの?」質問を繰り返した。
「フンッ!誰が答えるか」騎士服の男が、私の妙なポーズを若干嘲笑っているかのように、片頬を上げながら言葉を返す。
その刹那。指をターゲットに向ける。
「バンッ」
口とほぼ同時に花瓶が破裂した。
「「……」」
男たちもセインも目が点になっている。
「もう一回、バンッ」
今度は騎士服の男の近くにあった絵画が霧散した。
ゆっくりと何も無くなった辺りを見る男たち。
「次はどこ消して欲しい?」
私が笑いながらリクエストを待つと、男四人が半円を描くようにじりじりと広がった。
血走った目のナイフの男が、再びセインを狙って、刃物を振りかぶった。
その瞬間を狙って、男の背後の窓を破壊する。
ガッシャーーン――!!
男が頭を抱えひるんだその隙に、セインを奪い、片方の腕を払うようにして、ナイフを構えていた男の手首を弾き、腹部に一発蹴りを叩き込んだ。
男が壁に衝突すると同時に、次々にターゲットにしていた物を破壊していく。
部屋は夥しい破裂音が響いていた。
「な、なんだ!?」
その音に気を取られている間に、もう一人の男の手首を掴んだ。
骨がきしむ。
「い、いってぇぇ!!!」
男の激しい絶叫に、残りの二人が焦った表情を浮かべた。
「ひ、ひるむな!所詮女一人だ!!」
私に向かって、二人の剣が肩口を狙って振り下ろされる。
鞘走りの音が、静かに断ち切るように響く。
突如私の右手に現れた剣に、二人は驚愕の表情を浮かべていた。
セインを床におろし、抜き放たれた刀身が闇の中で光を弾き、空気が張りつめる。
男たちの喉から、ひゅっと息を呑む音が聞こえた。
私は刀を構え、静かに前の二人を見つめていた――




