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婚約破棄した元勇者、辺境でスローライフ…のはずが元魔王に押しかけられて慌ただしい!  作者: cfmoka


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93話

「セインは何の魔法が得意?」

「今は基礎魔法を中心に修行してるんだ」

「きそ、まほう?」

リルとカイルがセインと何やら楽し気に話をしている。

「師匠……。シオル兄ちゃん、僕たちの魔法と魔族の魔法は違うの?」

カイルが振り返ってシオルに声をかけた。

ゼノスはゲオルグと相変わらず魔術理論で白熱しているので、そちらへの質問は諦めたらしい。


「いや、基本的にこの世界で使われている魔法は一緒だ」

「そうなの?」

「ただ魔族は人間より寿命がはるかに長く、魔力も体力も多い上、肉体も頑強だ。魔術伸長は基礎力重視型で、どの属性でも一定以上のレベルに到達できるように教育される」

「う、うん?」どうやら少し難しかったらしい。子供たちが少しだけ首を傾げてシオルを見つめている。

「対して人間は魔族より寿命が短い。長期的な基礎鍛錬に時間を割けないため、早く“使える魔法”を身につける必要があった。適性属性を伸ばす方向で教育が施される」

「……え~と。つまり、セインと僕たちでは魔法の勉強方法が違うってこと?」

「そうだ」

「ナギ姉ちゃんの使う魔法は?前に“違う”って言ってたけど」

「ナギのは特殊スキルといって、そもそもカイルたちの使う属性魔法とは異なる。魔方陣がないだろう?」

「うん」

スラスラと魔法体系を説明するシオルに、尊敬の眼差しを向ける子供たち。

「ナギの使う魔法は、詠唱も魔方陣も必要としない。この世界の魔法理論の外に存在している」

「へえ~~」

さらにキラキラした目で、今度は私を見つめてきた。


何なら私も「へえ~」と思いながら聞いていたのだが。


「カイルたちは、その身体に耐えられるように丁寧に考えられたメニューが組まれている」


カイルたちはゼノスに、毎日師事を受けていた。

まっすぐ前を見据え一心に。子供とは思えない真剣さで──


「焦らなくて良い。お前たちは十分に成長している」


先程まで萎れていた夫とは思えないほど、温かさの滲む言葉だった。

思わず、私は目を瞬かせてしまう。

カイルとリルは、シオルのその言葉に安心したように、子供らしく頬を赤く染めて喜んでいた。


「そういえば……」

まだ地面に座り込み、ゲオルグと何かを書きなぐっている賢者の姿に、カイルが何かを思いついたように、シオルに質問を投げかけた。

「師匠は色々な魔法が使えるよね?」

「ああ。だから“賢者”なのだろう」

「でも冒険者の魔法使いの人も色々な魔法使ってた気がするんだけど」

「そうだな。ある程度魔術を極めた者は、複数の魔法を使えるようにはなる。だが種類だけではなく、威力、発動の速さ、展開範囲、そして多岐にわたる魔法の習得度合──賢者はそれが人間の中では抜きんでている」

「へえ~~~!!師匠凄いんだね!」

カイルとリルの純粋な目の輝きに、シオルがふと微笑んだ。


「ああ。それに複数の魔法を扱えることと、それらを同時に安定展開できることは別だ。得意魔法とその他では、出力や制御精度に差が生じる。そのため、同時展開は不安定になりやすい」

「うん?えっと、師匠は違うってこと?」

「ああ。おそらくだが……。スタンピードの時、魔力枯渇になっていただろう?」


シオルの言葉に、陣幕の影でレオンハルトと一緒に横たわっていたゼノスの姿が脳によぎった。

そうだ。あの時ゼノスは死ぬ寸前まで魔力が枯渇していた──


「あの時、同時展開で極限まで魔術を酷使した痕跡があった。複数魔法の同時発動ではなかったかもしれないが、例えば一度の詠唱で多数の魔方陣を同時に構築しなければ、ああはならない」

「え?……そんな事できるの?」

魔族の子供たちも、ぎょっとした顔をしている。


「あの男はそれが出来るということだ」

カイルとリルが自分たちの師匠をじっと見つめている。

「そして、その男と同じレベルの魔術理論を展開しているゲオルグも、大概なんだが」

「ゲオルグさんも?」

少し驚いたように、セインがシオルを見上げる。

「ゲオルグは一度、無詠唱で魔方陣を出した」

「!!」

「偶然だったかもしれないがな」


そう言って魔王は、賢者と楽しそうに笑い合う親友の子孫に、柔らかな眼差しを向けていた。




◇◇◇





――王宮議場。

重い沈黙が漂い、貴族たちの視線が鋭く交錯していた。

リアノーラはその議場で、エドワードの隣で場を静かに見定めていた。


スタンピードが起こったと、北の辺境伯から報せが届いた時。

まばたきが止まり、目だけがかすかに震えた。

あそこにはナギがいる。シュタインベルクへ戻ったララベルも。


すぐさま動いた。

ナギの意を組み、奔意をもって行動に移せる者を指揮官に。

贖罪の場を求めていた者たちを援軍に。



――この世界に来た当初、ナギは心の底から怒り、叫んでいた。


『なんで……ここどこ?』

『いきなりこんなっ?!なんで私が…!ねえ、元の世界に帰してよ!』

『私の大切な人たちの所に帰して!!』

『……やだぁっッ!!お母さんっ…、お父さん!お兄ちゃんっ!!』


取り乱しては悲しみと怒りをぶつける彼女に、周囲は謝ることしかできなかった。

弁解の余地もなく、ただ頭を垂れるしかなかった。

その表情に何かを察したのか……、次第に怒りをぶつけることもなくなっていった。

――そして。

部屋に籠ったまま出てこなくなり、勇者は、みるみる弱っていった。

最初は少しだけでも手をつけていた食事も、全く受け入れなくなり。

神殿の神官たちも酷く焦り、どうにか出来ないかと手を尽くしたが――ナギは痩せ細っていった。


このままではこの国は滅びてしまう――


リアノーラは最初、今世の勇者に何としても剣を持ち、魔王を討ってもらうつもりでいた。

王子妃教育も済み、この国をどう育んでいくのか、毎日様々な有識者と議論する立場になっていたリアノーラは、国を背負う者として傲慢かもしれないが、無理やりにでもナギの背を押すつもりだった。


――けれど。

神殿内で最上級の警戒態勢を強いていた彼女の部屋に、リアノーラだけならと特別に許可を得て、やっと訪れることが出来たその日。

決意は音を立てて崩れ落ちた。


ナギは力なくベッドに横たわり、全く身じろぎもせず、口も開かず、呼吸をしているのかも怪しい程静かで。こちらを見ているはずの黒曜石の瞳には、何も色が宿っていなかった。

衣服はこの世界に来た時のまま。着替えをすすめても、彼女は無言で頑なに拒んだという。


リアノーラは静かに涙を零してしまった。そして悔いた。自分より明らかに年下の少女が、全てを諦め手放したような表情をしていたからだ。


ゆっくりとナギに近づき、優しく洗浄魔法をかける。


「無理に改める必要はございませんわ。その装い、とてもお似合いですもの。そのままでよろしいの」


そして手を握って、優しく何度もさすった。


「わたくし、毎日来ますわね」


最後に、ナギの目にかかる前髪をやさしく整えて。


――宣言通り、リアノーラは公務の合間を縫って、毎日ナギの部屋を訪れた。

洗浄魔法をかけ、髪を整え、手をマッサージして熱を与える……少しでも『安らぎ』を感じて欲しかった。


そして、穏やかな陽の光が差す部屋の中で、ナギの瞳が彼女の姿を映すようになる。


「勇者……ナギさま?」

「……」


リアノーラは心の中で歓喜した。

「何か飲むことはできますか?」

ナギの口が少しだけ開いて、真っ白な歯が覗いた。

水差しの水を一度コップに注ぎ、スプーンですくっては、ナギの口の中へ少量ずつ口に含ませる。

リアノーラが真剣に唇へ運ぶ間、ナギはじっとその手を見つめていた。


そして次の日。

リアノーラは神官たちに手伝ってもらって、ナギの部屋に簡単な調理器具を運び込んだ。

全く慣れないながら、穀物と水、少量の塩を鍋に入れ、慎重にかき混ぜていく。

鍋で煮込んだ穀物の甘みが、薄い塩気と混ざって静かな香りを立てていた。


「……?」

懐かしいような、その香りにナギは目を瞬く。

布団から軽く身じろぎして、香りの元を、そしていつも自分を撫でてくれる女性を探していた。

そのナギの様子に、また心の中で歓喜して。


陽の光の中で、慈しみ深い笑みを浮かべるリアノーラに、初めてナギが心を傾けた瞬間だった。


それからナギは、リアノーラが作ってくれる物だけに興味を示すようになった。

食べれば体力もつく。

頭が回り始めると、リアノーラとゆっくりと会話を楽しめるようになっていった。


「ナギ」

「リアノーラさん」


そうお互いが呼び合い、笑い声が部屋から漏れ聞こえるようになる頃には、ナギの体調はだいぶ回復していた。

そして神殿から王城に居を移した途端、第一部隊の事件が起こったのである。



あれほど、酷く不快に思ったのは久しぶりでしたわね――



第一部隊の狼藉をブルーノから聞いたリアノーラは激怒した。もちろん笑顔のままで。

だが正面にいたブルーノとエドワードの顔色が土気色だったのを見るに、完全ではなかったのだろう。

自分が対象者を処分するつもりだったのに、ブルーノがさっさと対処してしまって、眉をひそめていたのも覚えている。


その第一部隊が今北部にいる。

彼らはナギの役に立つだろう。

そしてブルーノから聞いた情報――。ナギの想い。



議場は重い沈黙に包まれていた。

やがて一人の議員が、低く口を開く。


「共闘の事実は承知している。報告書も読んだ。だが、それと“信じる”ことは別だ」

また別の貴族がそれに追随するように、

「魔族は長きにわたり人類の敵であった。身内や親しい者を失った者もいるだろう。さらに勇者が魔王を討ったばかりだ。その記憶も癒えぬうちに、魔族が味方しただと?」

幾人かが強く頷く。

「スタンピードの前兆を知らせたのが魔族だという。共に戦ったという。だが、それが“仕組まれた可能性”を否定できるのか。火を放った者が水を運べば隣人になるのか」


隣のエドワードは動かない。

 

「北部は戦場だった。冷静な判断ができていたと、誰が保証できる」


空気が張り詰め、息を呑む音が議場に響いた。

そのとき、辺境伯が静かに口を開いた。


「疑念は当然のものだ」声は穏やかに。

「だが彼らの協力がなければ、スタンピードの速やかな鎮圧は難しかったのも事実だ」

資料を掲げる。

「魔族側の損耗は三分の二を超える。欺瞞であれば、自らここまで失う合理性は乏しいのでは」

ライヒベルクは視線を議場へ巡らせた。

沈黙が落ちる。


――魔族を信じるか否か。

リアノーラは指先を組んだまま、視線を動かさない。


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