92話
「茎はね、なるべく長めにしてほしいの。それから水を張った樽に花を……」
ナギ様からの説明を、打って変わって真剣な表情で聞いている三人の女性──
彼女たちは魔王城で魔王に使えていた用人の娘と、魔王城の周囲に点在していた集落の娘たちだ。
どちらも魔王血統の存続を願う親の意向を受けていたのだろう。
その父親たちは、周囲の魔族から冷たい視線を向けられていた。
そして、ナギ様の側を離れようとしない子供たち。
心から楽しそうに、嬉しそうにあの方の言葉を聞いている。
そのナギ様から少しだけ離された椅子に、我らの陛下が萎れて座っていた。連れてきた人間の子供たちが慰めているように見える。
『魔物を消したみたいに、何か見せたほうが良いのかな~?』
あの言葉に、自分は酷く反応してしまった。
ダンジョンコアで魔物を押しつぶした、あの方にしか使えない素晴らしい魔法。
「手を下すわけでもなく、魔方陣を展開するでもない。ただ閉じ込められた物質を押しつぶす魔法……」
あれをもう一度目の前で──
「おや?あなたもナギのあの特殊スキルを、見たことがあるのですか?」
気付いたら、ナギ様たちと一緒に訪れていた魔導士が目の前にいた。
「あれは素晴らしいですよね!結界魔法なのに、我々の魔術とは全く異なっていて」
「!」
「真似しようとしたのですが……私には再現できませんでした」
ひどく残念そうに眉をさげている。
「あなたも、……ナギ様のアレを、見られたのですか?」
「ええ!我々は間近で見る事ができまして。魔物の二千の大群が来た時にナギが全て処してくれました」
……魔物の二千の大群?
「あなたはどこで?」
「私はダンジョンコアで。ナギ様がスタンピードの群れを次々とすり潰してゆくのを」
「何と!ああ!素晴らしい!私も見たかった!!」
「それは私もです。二千もの大群など!!そんな機会もう絶対ありません!」
何と言うことだ……。二千もあれば十分すぎるほど、あの高揚感を堪能できたはず──!
「できれば、何度でもナギに再現してほしいのですが」
「分かります。先ほどナギ様が仰ってたじゃないですか。思わず」
「ああ!あれはもう一度見れるかと思いました!」
「そうですよね!!」
ガッチリと握手を交わす。
「私、魔導国で賢者を名乗っております、ゼノスと申します」
「あなたが、あの“人間の中で最高位の魔導士”と噂の……。私は暫定的に今族長を務めております、ゲオルグと言います」
「ゲオルグさんとは趣味が合いそうです!」
「ありがとうございます!私もそう感じました!」
「ナギのアレは結界魔法の重ね掛けなんですが。私のはドーム状になってしまい、さらに大きさが同じになってしまうんです。どうにも形状がナギと同じように出来なくてですね」
「ああ。なるほど。我々の魔術理論と異なるせいでしょうか?それにナギ様のは詠唱魔法がありませんよね」
「そうなんです。無言で一瞬で展開してしまう」
「それが美しい……静かで圧倒的な力。あれを見たときの感動は忘れられません」
完全に波長が合った私たちは、まるで昔からの知己のように語り合い、周囲が遠巻きに見守っていることにも気づかないほど盛り上がっていた。
「師匠……すごく興奮してるね」
シオルが目を向けると、カイルがちょっと呆れた顔で、でもどこか楽しそうにゼノスを見つめていた。
「ゲオルグと話しが合うのだろう」
魔族の少年、セインが淹れてくれたお茶をゆっくりと飲みながら、シオルが思い出したように、ふと口にした。
「ナギの特殊スキルを見た時、ひどく興奮していたからな」
「ナギ姉ちゃん、さっきちょっとだけ怒ってたよ」
珍しく、リルがシオルの袖をひきながら、口をとがらせて抗議するように見上げてきた。
「ああ──」
「いつもナギ姉ちゃんが男の人と一緒にいると怒るのに、シオル兄ちゃんあれはダメだよ」
「……いや。だが触れさせてはいな」
「シオル兄ちゃん、そうじゃないでしょ!」
「それ許すんだったら、ナギ姉ちゃんも触らなければ、男の人と一緒にいても良いってことになるよ?」
リルの言葉にかぶせるように、ぐいっと身を乗り出してカイルが横から声を上げた。何となく目が光っているように見える。
「嫌だ。それは、それは無理だ」
「シオル兄ちゃんの防御魔法、もう少し何とかできる?」
「……分かった」
「ナギ姉ちゃんが悲しむようなことしたら──」
シオルを見つめる400年前の勇者の直系。
「僕たち許さないよ?」
二人はニッコリと、しかし全く笑っていない目で魔王を見つめていた。
「お妃様!お花はどれぐらいいるの?」
魔族の女性たちと一緒に地図を見ながら、セインが質問してきた。
「そうだね。とりあえず群生地がどれぐらいの規模なのか、先に知りたいかな?それによってどれぐらい収穫できそうか決まると思うんだよね」
「分かりました。では私たちが早速明日、この辺りを見て参ります」
すっかり従順な態度の女性たちが、地図を指さしながら予定をたてていく。
地図に記された場所は数か所あり、一番近いのは東側の山岳地帯の更に北東側、淡い紫色の花『ペイルヴィオ』の群生地だ。
「収穫して樽に入れた花は、どうやって村に納めましょうか?」
「それなんだけど。人間の村へいきなり出入りするのは、まだ少し危険だと思ってるの」
私の言葉に、眉を寄せ思案する女性たち。すると──
「我々がお届けしましょう」
横から会話を聞いていたレグが、名乗りをあげてきた。
魔族の集落の形態が整った今、これからは定期的な周囲の見張りが主らしく。
これは交代制で務めるため、手が空くメンバーが出るとの事。
「それに、我々に出来る事があるなら。是非やらせて下さい」
揺るぎない眼差しで見つめるレグに、少しだけ考えた後、
「……スタンピードを共闘して、そして更に人間と魔族が手を結ぶの。それを面白くないと思う者が出て来るかもしれない」
レグの琥珀色の瞳に力がこもった。
「あのね、中央ではまだ決定が出ていないでしょう?」
「はい」
「少なくとも、それまでは油断できない、と思ってる」
「分かりました。細心の注意を払い、やり遂げます。必ずあなたの役にたてるように」
「……お願いしても良い?もちろん何かあれば、私もすぐ動くけど」
「問題ありません。大丈夫です。お任せください」
私を真っ直ぐに見つめながら、レグが騎士団の礼をする。
「ありがと!それじゃあ、収穫はあなた達魔族の人たちに、輸送は駐留している第一部隊にお願いするね」
目の前の魔族たちに微笑みながら、あとは金銭的な話を──、と思いゲオルグを目線で探す。
が、その探し人はゼノスと向かい合って座り込んでいた。
「ん?」
頭をつきあわせ地面に何か書きながら、魔方陣を頻繁に出して二人で議論しているようにも見える。
「シオル、ねえ。あの二人何を……」
振り返った先で見たのは、子供二人の前でひどく項垂れている夫の姿だった。
「え?」




