91話
シオルから立ち上る魔力に周囲が圧倒され、全員が青褪めている──
「あれが、リルの言っていたバチバチですか!?」
いや一部、場違いのように興奮を隠せないゼノスがいた。
リルは膝の上でウンウンと可愛く頷き、この状況に慣れているカイルは、温い視線をシオルに向けている。
さっきまで楽しくお喋りしていた魔族の子供たちは、シオルの魔力にあてられ具合が悪くなってしまっていた。
「シオル、ちょっと抑えて」
「その男は、“例”の第一部隊の者ではないのか?」
シオルの言葉にレグが反応した。
視線を交わす二人の間に、わずかに緊張が走る。
「はぁ……」
張り詰めた空気の間を漂うように、私の口から溜息がひとつ零れた。
「ねえシオル。それよりも聞きたいんだけど、さっきのあれ何かな?」
いつもよりも明らかに高い私の声に、カイルとリルが顔を上げ、驚いたようにこちらを見た。
シオルもレグから視線を外し、目を見開いている。
「ナギ?あれ……、とは?」戸惑いながら私の側に立つ。
「さっきの爆発。シオルの魔法が発動したんだよね?」
「そうだ、が」
「シオルに触って話しかけてたよね?あの魔族の女の人たち」
「いや、触れさせては」
「なぜ近づけたの?」私はそこで低く言葉を重ねた。
シオルのバチバチがすん、と解けた。同時に私から冷たい何かが立ち上がる。
膝の上に座っていたリルが、静かにそこから降りてカイルの椅子に移った。半分こにして一緒に座っている。
「私はゲオルグに用事があると」
冷気にあてられたのか、シオルの声は驚くほど小さかった。
「そうなんだ。あれほど分かりやすかったのに?」
向かいのゼノスが私を見て、目を剥いている。
空気の変化を察したのか、ゲオルグが慌てて立ち上がる。こちらへ向かってくるその姿が、視界の端にかすかに映った。
「ゲオルグさん」
矛先が自分に向いたと悟ったのか、その表情が一瞬固まる。
「はっ」
「彼女たち何の用事だったのかな?」
「すぐ叩き起こして聞き出します!!」
目の前には傷だらけの魔族の女性たち。
曰く、唯一の嫁が人間という事実に納得できず、自分たちの方がはるかに強く美しいとの自負から、シオルに選ばれるはずだと信じて彼に近づいたのだという。渋々語りながら、こちらを睨んでいる。
「……」無言で彼女たちをじっと見つめる私に、ゲオルグは蒼ざめ、周囲に座り込んでいる魔族は様子を伺うように視線を泳がせていた。
「ナギ、私は」
一生懸命、斜め後ろから私に声をかけるシオルは……ちょっと可哀そうだけど一先ず置いて。
「ゲオルグさん」
「はっ」
「魔族も一枚岩ではないみたいね」
「……申し訳ございません」
心当たりがあるのか、一部の魔族がわずかに身を強ばらせた。
「さっきね、この子たちと沢山お喋りして、私のこと魔族の『勇者』って言ってくれたんだけど」
私の後ろにいる子供たちが照れたのか、もぞもぞと小さく体を揺らした。
「嬉しかったの。そう言ってもらえて」
子供たちに笑顔を向け、ゆっくりと目の前の女性たちに視線を移す。
「あなた達に質問なんだけど。『勇者』が弱いと思う?」
女性たちが胡乱気な眼差しで私を見た。この人間ごときが、とでも思っているのだろうか?
「魔物を消したみたいに、何か見せたほうが良いのかな~?」
私の呟きに、ゲオルグとゼノスだけが一瞬、はっとしたように顔を上げた。
何かするのは良いんだけど、シオルみたいに派手にするのはちょっと……。
魔族の人たちの反応が心配だし。でも、女性たちは相変わらず刺すようにこちらを見ているし。
周囲を見渡しながら、うーんと首をひねる。
「レグさん、質問なんだけど」
すっかり置いておかれているシオルが私の後ろで湿りだした。
対して、レグは背筋を伸ばし私に近づくと、
「はい。何でしょう?私でお答えできることでしたら何なりと」
少し饒舌に、口元にわずかに自信を浮かべて即座に返す。
第一部隊はだいぶ魔族と打ち解けていたのだろう。
そのトップであるレグが私に腰を低くし、親し気に応える様子に驚いている魔族もいる。
「私って弱い?」
首を傾げて見上げた私に、後ろのシオルと目の前のレグが、同時に息を呑んだ。
レグは珍しく目元を赤くしながら、やや大げさに声を張る。
「絶対にあり得ません。あなたはこの世の光です。世界中の誰よりも強い」
「「!?」」目の前の女性たちだけでなく、ゲオルグ以外の魔族全員が強張った。
「でも。彼女たち弱いって」
「身の程しらずなのでしょう。あなたが本気になれば、ここにいる全員、消せますから」
全員消せる──
レグからのその言葉に、女性たちの目に明らかに不安の色が滲む。
「ねえ。シオル」
振り向かないままの私に、シオルは足早に近づくと、両腕を私の胸の前に回して背もたれごと閉じ込めた。そのまま顔をゆっくりと肩口に埋め、
「ナギ、私の唯一の妻。何でも答えよう。だからこっちを向いてほしい。他は見ないで欲しい。お願いだから」
──すっかりいじけてる気がする。
「彼女たちがね、美貌云々は、まあそもそも勝てるとは思ってないので、そこは良いんだけど。私は弱いからあなたに相応しくないって言ってて」
「馬鹿なことを。ナギは美しい。ナギ以上に目を奪われるものなど、この世にない。それ以外は本当に目障りだから滅びたらいい。煩わしい」
「「え?」」シオルの言葉を待っていた女性たちの顔が固まった。
「それに魔王を倒したのはナギではないか」
魔王を倒した──続いたその言葉……。
その意味が理解へと変わるにつれ、彼女たちの顔から血の気が引き、美しい目が恐怖に染まっていった。
「でもまだ弱いみたい。もっと強くならないといけないね」
「それも素晴らしいな……。戦っている時のナギは本当に美しい。より強くなるのなら、きっと目もくらむ程、神聖で麗しく幽玄な圧倒的『美』だろう。ああ、たまらない……誰にも見せたくない……」
早口で言いながら、首元に埋めた顔でグリグリしだした。
「魔王を倒しただけじゃ、あなたたちには敵わないってことか」
視線を前に向けたままニコリと微笑むと、女性たちは全員高速で震えだした。
「もっと強くなったら、勝負してくれる?」
「「とんでもございません~~~~!!!申し訳ございませんでした~~~!!!」」
全力で泣いている。
「本当に申し訳ございませんでした!!!」
「何でもいたします!」
「お妃様、どうかご命令を!!」
必死に両手を握り締めて謝罪する魔族の女性たち。
「本当?何でも聞いてくれるの?」
「「はい!!」」
「じゃあ……」
「「何なりと!!腕でも、足でも」」
さっきまでゲオルグとシオルが見ていた地図を彼女たちに手渡す。
「ここに咲いている花を収穫できる?できれば丁寧に切ってきてほしいの」
私からのお願いが意外だったのか、キョトンとしている。
「あの……花ですか?」
「うん」
「私たちの腕とか、足とか」
「ふふ、いらないよ」笑いながら手を振ると、彼女たちはおずおずと地図を広げた。
先ほどなぜ群生地を聞いていたのか、ゲオルグも含めて、今日ここに来た目的を告げる。
魔族領でしか咲いていない、『ペイルヴィオ』と『ルマ』を収穫してくれたら、村でそれを買い取りたいこと。
買い取ったこの貴重な花々は、村で加工して売りに出す予定であること。
できればこの事業を魔族の集落の収入源の一つにしてほしいこと、を順番に告げる。
「魔族領の中から出てきたあなた達は、これから人間の土地で、生活基盤を整えなくてはいけないでしょう?でもスタンピードで周囲には森も山もない。収入源が無い状態なの。だからこれからの事を見据えて考えてみたんだけど。どうかな?」
魔族の全員が茫然とこちらを見ている。
「魔族領まで人間の足で向かうのは、ちょっと時間がかかりすぎるの。だからお願いしたくて今日は来たんだけど」
目の前の女性たちが、顔を赤くして震え出した。
「え?ごめん、嫌だった?無理だったら……」
焦って手を思わず差し出すと、
「やります!やらせて下さい!命をかけて全うします!」
「私たち、必ず丁寧に、ご満足いただける量を収穫してきます!」
「種まきも、群生地の管理もします!!徹底的に!!」
その手に縋りつきながら、彼女たちはまるで誓うように声を掲げた。
「僕たちも手伝う!!」
後ろの魔族の子供たちも、手をあげながら楽しそうに宣言する。
私の両手を握る彼女たちの後ろから、涙を湛えた目でゲオルグがこちらを見つめていた。




