90話
シオルがゲオルグと何やら相談しているのを、私とゼノスが少し離れた所で見つめていると、袖を躊躇いがちにそっとひかれた。
振り向いた先に、カイルとリルの丁度中間ぐらいの身長の魔族の少年が、椅子を持って立っていた。
「あの、お妃様!よければ座ってください!お茶もお持ちします!」
続々と魔族の子供たちが現れ、背もたれ付きの椅子を運び、その後ろから別の子が二人用の小さなテーブルを抱えてやって来る。
「ありがと!ごめんね。急に来たのに……」
「とんでもないです!むしろ来てくれて凄く嬉しい!」
「私たち、ずっとお話したかったの!!」
目をまんまるにして、満面の笑顔を向けてくれる。
手をひかれ椅子に座ると、テーブルの上に茶器を用意して子供たちがお茶を用意してくれた。
「あのね、陛下が言ってたんだ」
最初に声をかけてくれた少年が口を開く。
「お妃様が僕たち魔族を助けてくれたって。──救おうとしてくれてたって」
私の目を見つめながら、少し言葉を選ぶように、
「あの時──ゲオルグさんは何も教えてくれなかったけど。戻ってきた陛下の服に……沢山の血が付いてて。お妃様の姿がなかったから、ずっと心配だった」
思い出してしまったのか、少しだけ目元を赤くする子供もいて、思わず頬を撫でた。
「無事だったって分かっても、ちゃんとお礼言えてなかった。だからずっと会えたら伝えたくて……」
向かいに座っているゼノスも、真剣に子供たちの様子を見ている。
「僕たちを信じてくれて、助けてくれて──……ありがとうございました!」
目の前の魔族の子供たちが、一声に頭をさげた。
リルより幼い子供まで。全員が。
ああ──
胸の奥で小さく息を吐き出す。
選択が間違いではなかったこと……何より、失わずに済んだという事実に。
「こちらこそ、ありがとう。私たちを信じて一緒に戦ってくれて」
そう言いながら全員の頭を、大切なものを触れるように撫でていく。
「お妃様は、僕たち魔族の『勇者さま』だって、皆で言ってるんだ!」
くすぐったそうに笑いあう魔族の子供たち。
その無邪気な笑顔に触れた瞬間、私の心にも心地良い温もりが広がった。こんなふうに笑ってくれることが、ただ嬉しかった。
子供たちの淹れてくれたお茶は、何と、日本の緑茶に似ていた。
飲んだ瞬間私は固まり、ゼノスは初めての味に戸惑っていた。
懐かしい味に、残りを一気飲みし、ついでにこれ美味しい、在庫があるなら買いたいとお願いした私に、大喜びする子供たちが沢山のお土産をくれて、皆でワイワイ、きゃっきゃと喜んでいたところ──
「ナギ姉ちゃん?」
カイルと、何故かむくれたリルが後ろに立っていた。
「ん?あれ?もうシオルたちの方は良いの?」
リルが無言で私の膝の上によじ登った。
そのまま、私の側に居た最初に声をかけた少年をじっと見据えている。
「リル?」
名前を呼びながら、その柔らかい髪の毛を撫でると、一度こちらをチラっと見上げてから、また少年たちの方に目をやってしまった。
「んん?リル?」
「くく……」
そのリルの様子を見たカイルが笑っている。
「カイル?」
「気にしないで、ナギ姉ちゃん。それより魔族の子供たちと何話してたの?」
「あ!あのね、このお茶が美味しくて。そしたらお土産沢山くれたの」
「お茶?」
魔族の少年がカイルとリルのために、新しいお茶を淹れてくれた。
四人で、魔族の子供たちに囲まれながらお茶をしていると、ゲオルグの背後に美しい魔族の女性が数人、近寄って行くのが見えた。
遠慮がちな仕草を装いながら。だが、対面のシオルを見つめるその視線や手の動かし方には、意図的な何かが混じっていて。
話しかけながら、シオルの腕に手をかけた。
その瞬間──
爆ぜた。
ゼノスとカイルとリルがびっくりして振り返る。
私は見ていた。
シオルの魔法に弾かれて、魔族の女性たちが吹き飛ぶ所を。
あまりの激しい衝撃音に、周囲の魔族たちが一斉にこちらに集まって来た。
その中には駐留中の第一部隊のメンバーもいて。
思わず頭を抱えてしまった。
「シオル兄ちゃん……また?」
ちょっとだけ、すんっとしたカイルの声が静かに響いていた。
「陛下……!申し訳ございません!」
ゲオルグが跪きながら必死に叫んでいたので、周囲の温度が一気に下がった。シオルの逆鱗に触れた者がいる、と皆が悟ったらしい。
そして地面に倒れ込んでいる同胞の女性たちを見ると、何を起こしたのか気づいた魔族たちは、一斉にシオルの周囲に跪いてしまった。
「「大変申し訳ございませんでした!!!」」
事態を飲み込めず戸惑っているのは、直立不動の第一部隊のメンバーだけだ。
その第一部隊を率いている副隊長と、バチッと目があった。
私が意味深に笑うと、周囲を警戒しつつこちらに近寄ってくる。
「お久しぶりです。いらっしゃっているとは気付かず。ご挨拶が遅れ申し訳ございません」
律儀に礼をしながら、子供たちに囲まれている私に声をかけた。
「気にしないで。いきなり来たんだから」
「事前に予定を教えて頂けたらお迎えにあがったのですが……。本日は集落の進捗状況確認でしょうか?」
「ううん。魔族にお願い、というか相談があってね。来たんだけど」
「魔族にですか?」
シオルの背中を遠い目で見つめる私に気づいたのか、その視線を辿るように振り返る副隊長。
「先ほどの激しい音は?」
辺りを見渡しながら、いぶかし気に質問をする。
「ああ~多分ね。多分なんだけど、私の夫に触れた女性たちを、夫が自分で排除したんだと思う」
「夫!?」
副隊長が珍しく目を剥いた。あれ?知らなかった?
「うん。皆がひれ伏してるでしょう?あそこで立ってる人」
目を剥いたまま、その衝撃を受け止められないのか、わずかに震えながらもう一度振り返っている。
シオルの後ろ姿を確認したのか、またゆっくりこちらに顔を向けた。
「ご結婚……されたのですか?」
「うん」
「それは……それは、その、おめでとうございます……」
何だろうか、ちょっと険しい顔をしている。
この副隊長は私が第一部隊に放り込まれた頃、一兵卒だった人物だ。
あの時も、私の事をこんな目でよく見ていた。
でも恐らく、いじめを受けていた私の事を、ブルーノに注進したのはこの……
「レグさん、副隊長昇進おめでとう」
「!」
「それから、……ありがとう」
あの時の事だと、懐かしむように微笑む私に、レグが少しだけ手を握り締めた。
「私はずっと、謝らなければいけないと、思い続けてきました」
やわらかな金の髪が陽に透け、整ったその顔は相変わらず理知的なのに、伏せられた琥珀色の瞳だけが僅かに揺れている。
「我々のしたことは……許されるべきではありません」
「レグさん、もうあれは」
「だからこそ、スタンピードの応援に我々は志願しました」
「!」
「ずっと長い間、悔やみ続けて……この身を捧げられる機会を願っていました。それが叶った。やっと贖罪が出来ると思っていた。命を削る勢いで移動し、辺境へ駆けつけました。ですが鎮圧は終わった後で」
少しだけ恨めしげな目を向けられてる気がする……。
「たった三日で終わってました──」
“少し”、だけの恨めしげな目じゃないな。この感じ。
「あなたは、……あなたは相変わらず」
……あれ?これ本気で恨んでない?
「……まあ、良いです。結果スタンピードの制圧による死者は出なかった、とブルーノ副官から聞いております。我々は全く役に立てませんでしたが」
「うん。何かごめんね。あの、」
「あなたがご無事でよかった」
「レグさん」
「ところで」
「ん?」
「この後ろからの殺気は……。どうにかなりますか?」
レグを猛烈な勢いで睨みつけているシオルがいた。
「シオル兄ちゃん、ぶれないね。本当に」
再び遠い目になる私の横で、魔族の少年とすっかり打ち解けたカイルが、ボソっと呟くのだった。




