87話
「これはね、私の世界の結婚式なの」
と言いつつ、ドラマや漫画の世界しか知らないから、イメージだったりするけど⋯⋯。
私たちは結魂で結ばれてはいる。けれど、心の奥にはずっと澱のような不安が沈んでいた。
シオルの諦めを含んだ目――
彼はいつも「魂になっても側にいる」と私に告げる。
それは、シオルの『死』が逃れられない因果で⋯⋯必然的に突如『生』が終わる事を、彼自ら受け入れているからだと。
あの日気付いてしまった。
……この生にしがみついてもらうには、どうしたら良いのだろう――
『その命ある限り、互いを愛し、敬い、
共に永く、生きていくことを誓いますか』
ふと、結婚式でよく宣誓される言葉が思い浮かんだ。
シオルに、二人で寄り添い続ける未来を選びとってほしい。
この世界でやっと会えた私たちの、これから先を――
それから。
「村で結婚式あげたけど、ここはシオルにとって大切な人達がいる場所でしょう?ここでも屋敷の皆と一緒にお祝いしたかったの」
シオルが驚いた顔をして私を見つめ、握られたままの左手が微かに震えた。
「でも私だけじゃ準備は無理だったから、全部皆に手伝ってもらったんだけどね」
照れながら笑うと、シオルが私の肩にゆっくりと顔を埋めた。
「結婚式をちゃんとシオルとしたかったの。ごめんね、黙ってて」
「……いや」
私の耳元で微かにシオルが笑った気がした。
「黙ってたのは私も同じだ」
「シオル?」
「指輪だが。以前伝えた二種類から実は一つ加えている」
「そうなの?」
シオルに促されて薬指の指輪を見ると、
「爪が4つあるだろう?物理的ギミックと魔力制御スイッチを兼ねている」
「ん?」
「上の爪を押すと、転移の魔方陣が起動する」
押してみる。
瞬きの間に光が溢れるように魔法陣が浮かんで――
目の前のシオルに横抱きにされていた。
「え」
「転移はここに、必ず私の腕の中へ飛ぶ」
胸の鼓動が二つ、耳の側で鳴っている。
近い。
「何で抱っこなの?」
「それから」
「シオル?」
「中指側の爪、これは装具の展開になる」
「……分かった。ひとまず聞くね」
「手の甲側の爪、ここにも仕込んである」
「それが三つ目?」
「ああ。押してみて欲しい」
すると――右手の中に漆黒の鞘に包まれた剣が現れた。
いや、これは……
「もしかして……刀?」
「勇者の剣が折れてしまってから、ナギの武器になるものを探してみたのだが。なかなか難しくてな」
シオルがそっと私を腕の中から大切そうに降ろす。
いつの間にか側にいたリュミエルが、私の左手から花束を優しく受け取った。
真っ黒な柄を掴み、鞘から静かに滑り出す。
そこから現れたのは、真っ白な刀身。
雪のように明るく輝き、その表面を黒の紋様が縫うように走っている。
ゆるやかに反った刃線は光を受けて微かに青白く煌めき、刀身の白と紋様の黒の対比がとても美しかった。
「今までずっと勇者の剣を手入れしてきたのは、あのドワーフの男だったのだろう?相談して、素材を渡しナギの剣を打ってもらっていた。初めて扱う素材だったらしく、思いのほか仕上がるのに時間がかかっていたようだが……」
「それじゃあ、ドルガンがいつも村長の家に居なかったのって」
「村の鍛冶屋にこもりっきりだったからだ」
上段から一振りしてみる。
振り下ろした瞬間、風が弧を描き、僅かに空間を裂いたように見えた。
「……ねえ。これ、何の素材で出来てるの?なんか揺らいじゃいけない物が、揺らいだように見えたけど」
「……」
「シオル?」
シオルがニッコリと微笑んで、
「魔石を施してある。ナギの勇者の剣は何度もヒビが入っていただろう?」
「う、うん。まあ何度も、では……ある、けど……」
「ドワーフの男が気にしていてな、おそらく勇者の剣が折れたのは、手入れせずにヒビが入っていた所を狙われたのではないかと」
「う」
「ナギ、何故手入れをしていなかった?」
「……魔王討伐終わってね、何度か途中の村で鍛冶屋に寄ったんだけど」
「ああ」
「勇者の使う剣は無理だって言われちゃって。恐れ多くて触れないって」
「ああ……」
「だから、そのままだったの」
なるほど……それなら丁度よかった。シオルが低く呟いた。
「先ほど言った『魔石』だが、柄の部分に仕込んである。作成時の形態情報が刻印されていて、ナギは魔力を流すことで、それを呼び出せる。剣の耐久値が減っても、完全復元可能な剣だ」
「え?」
「ナギは魔力が無尽蔵だからな。つまり――不可壊な剣ということだ」
「!!」
形態の復元……初期状態をダウンロードすることで、物体に起こった変化が無かったことになる。
指先で柄に触れ魔力を流す。鍔元から刀身へ柔らかな光が流れ込み、黒紋様が一瞬ぼやけたのち、再構築されたかのように一瞬輝いた。
「すごい!!」
右手で捧げ持ち刀身を返しながら見つめる私に、
「クルクルにも仕舞えるはずだが、一瞬で装備できるほうが良いだろうと。こちらに仕込むことにした」
シオルが続ける。
「もう一箇所の爪だが、ナギの望みはないか?」
「う~~ん。沢山もらって思いつかないな。シオルの刻みたい魔術が良いかも」
「そうか、分かった。ちなみにもう一度爪を押したら、装具は外れる」
「ふむふむ」
下の爪を押すと、右手から瞬時に刀が消えた。
「便利だ……」
手を開いたまま茫然と呟く。
「やっとナギに渡せた……」
振り返ると、シオルのやり切った、安堵した目とぶつかった。
「ありがとうシオル!宝物にするね」
その後は、中央に巨大なテーブルをクルクルから出し、皆で手分けして色とりどりの料理を次々と並べた。
グラスが軽く触れ合う音、料理を取り分けるスプーンのかすかな響き、ロウランの冗談に柔らかな笑い声──それらが混ざり合って、自然と笑みがこぼれていく。
ふと視線を上げると、皆を見つめるシオルの横顔が柔らかく照らされていた。
彼のその密かに嬉しそうな青い目に、私の中に言葉に言い表せない、とても温かいものが広がっていく。
異世界で二度目の結婚式は、皆の喜びが確かに積み重なって、私の心にしっかりと刻まれる大切な日になった。
「本当はね」
傍らのシオルの手をそっと触る。
「ナギ?」
「ベオルもここに居たら、良かったよね」
「……あいつがいたら、とんでもない事になる。いなくていい」
「ふふ」
ちょっとだけ遠い目をしているシオルが面白くて、つい堪えきれずに笑ってしまった。
魔王城の中で、一人封印されているシオルの親友──
「そういえば、シオルやベオルの角って、ベオルグさんや他の魔族とは形が違うよね?」
「ああ。そうだな。普通の魔族は、額から鋭い円錐の角がまっすぐ天へ向かって伸びている。対して竜族の角は、後方へと流れるように伸び、根元は太く、先へ行くほど細く鋭くなっていく」
「うんうん。ん?あれ?ベオルは魔王だから違うの?」
「いや。あいつは自分で矯正したんだ」
「矯正?」
「幼いころ、ベオルは私の角に憧れたらしい。本来は天へ向かってまっすぐ伸びるはずの角を、金属の型で囲い、角が成長と共に伸びる中で、少しずつ太さと角度を変えていった」
「……神経通ってるんだよね?痛かったんじゃ……」
「無理に捻じ曲げていたし、かなり痛かったはずだ。触れると熱を発していたからな」
「角が熱」
「結果的に痛みに耐えた甲斐もあって、あいつの角は竜族と遜色ない形状になった」
「……ベオルって。本当に凄くシオルのこと好きだったんだねぇ」
「……なぜ、そうなる」
眉間に皺をよせて、すごく嫌そうな顔をしている。
「ふふふ」
私がこらえきれずに笑っていると、シオルが思い出したように、
「ナギの仲間に聖女がいただろう?」
「うん?エリシアさん?」
「賢者の男が言っていたのだが。その女は、ナギのことをとても大切にしていたと」
「うん。王都に来てもらってた間も、旅の間も面倒すごくみてくれたよ。リアノーラさんと同じぐらい」
「ナギが結婚したと知ったら、すぐさま飛んでくるぐらいには、執着していたと言っていたが」
「う~~ん。そうだね。どうだろう?」
聖王国で活躍しているであろう、エリシアさんの姿を思い浮かべる。
「忙しいんだと思うよ?」
「ああ。賢者たちも最初はそう思っていたそうだ」
「……違うってこと?」
「今回、魔王と勇者の復活と、使徒の出現があっただろう。彼らはどうにも引っかかっているらしい。聖王国でも何かが起こっているのではとな」
「!」
「もし、そうなら──」
シオルの表情に浮かんだわずかな陰りを見た瞬間、静かな波のように不安がこちらへ押し寄せてきた。
「聖王国はこの世界で一番歴史のある国だ。貴重な遺物も多い。聖王の棺もそうだ」
聖王国大神殿に安置されている『聖王の棺』。
「ベオルたちのようなことが起きる、もしくは起きてしまっているってこと?」
「それを危惧していた」
シオルの懸念が、ひそかに伝わってくる。
さっきまでの幸せな時間がふと遠くなった気がした。
「ナギが不快になるものは、全てこの世から消し去ろう、と言ったのを覚えているか?」
「うん」
横のシオルを見上げる。
「スタンピードまで……。それまでの私は、この屋敷の使用人たちが外界と接触するのを、極力最小限にしていた」
「そういえば。フェリアさんだけだったよね?」
シオルがこちらに顔を向けた。
「だが。彼らを最大限生かすことにした」
「うん?」
静かに覚悟を決めたかのような──揺らぎのない目。
「ウェブスター、マーニャ」
主に呼ばれて、すぐさまグラスと皿を置き、執事長とメイド長がシオルの前に立つ。
「ご主人様?どうされましたか?」
いつにない固い表情のシオルに、使用人全員が静かに居住まいを正した。
「創造主の動きを探る。それぞれ、世界のあらゆる地へ散れ。動きを見極め、兆しを拾い、私のもとへ戻せ」
その言葉に、皆が息を呑んだ。
「ウェブスター、お前は今まで通り、村で全員の情報を集約を。オルタとルネは世界樹の守りを続けてもらうが、それ以外は全員だ」
屋敷の皆が一斉に片膝をつく。
「「承知いたしました。ご主人様!」」
絶望に沈み、あきらめた生を過ごしていた彼の中で、何かが静かに反転した瞬間だった。




