84話
「ナギ!申し訳なかった!」
「我々が不用意に、必要のないことを話してしまったばかりに――」
翌日村長の家を訪れ、扉を開いた瞬間、頭を必死に下げるレオンハルトとゼノスがいた。
「昨日のこと?大丈夫だよ、ほら」
私は思わず笑いながら、シオルと繋いだ右手を二人に見えるように掲げる。
「そ、そうか!仲直りできたんだな」
……二人の目が妙に虚ろだった気がしないでもない。
隣のシオルを見上げると、全くそれに気にした様子もなく、いつも通りレオンハルトの向かいに静かに座った。
「今日から精密操作の訓練、握力と力加減の調整、実際の剣の重心を掴む訓練を始めようと思う」
魔導義手での細かい動作を安定させるため、小石をつまんだり、紐を結んだり。
生身とは力の出方が違うため、物を壊さずに扱う調整も必要で、木の棒を折らずに振る、卵を割らずに握る――そういった、地味だが重要な練習から始めるらしい。
それに加えて、様々な剣を実際に握り、“重さの伝わり方”を身体に覚えさせる段階に入っていいとのことで。
レオンハルトは、それはもう、目に見えて喜んだ。
色々な剣を調達するため、シオルが鍛冶屋へ向かうというので、カイルとリルも一緒について行った。
この二人と一緒の時はシオルはあまり暴走しない。(収穫祭の時はイレギュラーだと思っている)
二人はそのまま、少し魔法を教えてもらうつもりだと言っていたため、私はその間、村長の家で待つことにした。
暫くすると、村に滞在していたマーニャとフェリア、リュミエルが訪れた。
実は今日、こっそり作戦会議をするつもりなのだ。
「皆さんに相談があります」
私が真剣な顔で、テーブルに集まった5人の顔を見渡す。
「シオルの魔王化は二人とも目にしたので、簡単に説明するんだけど。シオルは暴走すると、厄介です」
レオンハルトが摘まんでいた小石を落とし、ゼノスの表情から温度が消えた。
二人の向かいに座っているメイド三人は、無言で何度も頷く。
「昨日はマイナス方向に振り切れました。怒りの方ですね。それとスタンピードの時、私から三日離れたせいで、彼は周囲に対してかなり冷酷で、魔物相手に完全にオーバーキルだったそうです」
「「……」」
「そこを踏まえて。まず前提が、私はシオルから長期間、離れない方が良いということ」
全員無言で頷いた。
「――なんですが。ちょっとシオルに内緒で計画したい事があって。私がシオルの側にいる間、皆に協力してほしくて」
「……シオルに、内緒?」レオンハルトとゼノスの顔色が土気色になっている。昨日のことを思い出しているようだ。
「結果的にシオルには喜んでもらえると思ってるんだけど……」
私が照れながら伝えると、リュミエルが
「私たちでお手伝いできることでしょうか?」と質問してきた。
「うん。とくに屋敷の人たちが大変かも」
「「?」」
「私たちが村にいる間に、屋敷で準備を進めてもらいたくて」
「奥様は屋敷で何かされるおつもりなんですね?」
マーニャのメガネがキラリと光った。
「そうなの。で、それをすると私とシオル、両方村から離れてしまうことになるでしょう?」
「なるほど。その間、我々勇者パーティーに村の警護をしてもらいたい、という事なんですね?万が一に備えて」
「うん。レオンハルトさんの腕の訓練もしつつ、村にもう少しいて欲しい」
「分かった!そういうことなら、俺たちが村にいる間じゃないと出来ないな!」
「結構長くこの村にいてもらってて、申し訳ないけど……」
「気にするな!昨日のこともあるからな……それぐらい全然引き受ける。むしろやる」
「ええ。本当に。全然やります。やらせてください」
二人の目から光が消えている。よっぽど怖かったんだろう……。
「奥様、具体的にはどのような事を?」
フェリアが手を挙げてこちらを見つめた。
「あのね――」
そこから私は、具体的な説明に入った。
途中から紙に書きながら、何が必要か三人に伝えていく。
「どれぐらい時間がかかかるかな?私は作ったり用意したことないから分からなくて」
「場所は問題ないと思います。トリアとイグナがいますので。何なら一日で」
「え」
「問題はこちらですね」
そう言ってマーニャが紙に書かれた、私のつたない説明を指さす。
「フェリア、どう?」
「大丈夫だと思います。ウェブスターさんにも相談しますが、おそらく四日もあれば」
「え?四日?そんなに早く?」
「はい。ご用意できるかと」
フェリアがニッコリと微笑んだ。
「あ!あの」
突然レオンハルトが気まずそうに声を挟んだ。
「ウェブスターさんは、その大丈夫か?……あの時、俺たちを逃がした後、大ケガをしたと聞いたんだが」
ゼノスも心配そうにこちらを見ている。
そうだった。あの戦いは見張り台から色々な人に見られていた。
マーニャがどこか気遣いの滲む、静かな笑みを浮かべながら「ご心配には及びません」と短く応えると、「ウェブスターさんは、一番長くご主人様に仕えている執事なので。あれぐらいでは壊れません。大丈夫です」遠慮がちに、けれど優しく微笑みながらリュミエルがフォローした。
メイド三人が全く心配していない様子を見て、やっと二人は安心したようだった。
「戦場では考える余裕があまり無かったが、シオルの屋敷の人達は……その、強すぎると思うんだが……」
「魔族の容姿ではないのに、とても人間とは思えない動き方でしたよね……」
何者?という視線を投げかけるレオンハルトとゼノス。
その視線を受けて、思わずメイド三人と目を合わせてしまった。
そうか。そうだよね。正体怪しいか……。
でもスタンピードの対処でそれを考えるどころじゃなくて。あの時は戦える者は皆、戦ってたから。
「あのシオルに仕える使用人さんたちだよ?強いにきまってる」
私の説明に三人のメイドはクスクスと笑みを零し、向かいの二人は納得したような、してないような表情をしていた。
「お?なんだ?どうした」
そこへ久しぶりにドルガンが帰ってきた。
手に沢山の種類の剣を抱えて。
「ドルガンどうしました?その荷物は」
「シオルの旦那に頼まれてな。レオンハルトの訓練に使うんだろ?」
「ああ!俺のか!すまんな。ありがとう!」
「その魔導義手ってやつ、凄いな。本物の腕みてえじゃねえか」
壁に剣を順番に立てかけながら、レオンハルトの右腕を見つめるドルガン。
「反応があるってのが、どうにも不思議でなあ」
「それは俺もそうだな!」
「なんだ。つけてるお前もそうなのか」
「画期的な発明ですよ?世界発の身体欠損の補綴ですから。この事実が広まれば各国から問い合わせがくるでしょうね」ゼノスの言葉にレオンハルトがギョッとした顔をした。
「え?俺に?」
「レオンハルトは良い見本品になるかもしれませんね」
「いろんなヤツから身体触られるんだろうなあ」ゼノスとドルガンが良い笑顔を浮かべて、剣聖を見ている。
「……嫌だな」
「ふふ……」本当に嫌そうなレオンハルトを見て、私はこらえきれず笑ってしまった。
「ナギ……」
「あはは!ごめん、ごめん。大丈夫だよ。レオンハルトさんの事は、ブルーノさんがちゃんとしてくれるよ!」
今頃王都で色々やってるんだろうなと、あの糸目の世話焼き副官を思いながら。
「ブルーノか。そうだな……喜んで仕切りそうだが」ドルガンが少しだけ心配そうに魔導義手を見る。
「色々画策してそうではあるんですよね……」ゼノスもそれに同意して。
「え?ブルーノ?」レオンハルトだけが自身の親友の名前が出て、疑問を浮かべていた。




