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婚約破棄した元勇者、辺境でスローライフ…のはずが元魔王に押しかけられて慌ただしい!  作者: cfmoka


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82/102

82話

王宮の高い天井には白い漆喰が滑らかに広がり、足元には真っ赤な絨毯がまっすぐに伸びている。


――王宮議場。

中央廊下に面した議場の扉は、黒檀の板に金の装飾が施され、王家の紋章が深く刻まれていた。

その重厚な扉が、内側からゆっくりと開く。


エドワードの後ろにリアノーラの姿も見える。

廊下で待っていたブルーノは、颯爽と二人へ近寄った。


「待っていたのか」

エドワードが少しだけ片眉をあげて、副官に視線を投げた。

にこやかな笑みを貼り付けたブルーノが、エドワードに質問で返す。

「中はいかがでしたか?」


二人の後ろからぞくぞくと評議員が退出してくる。その中に自分の上官の姿も見えた。

カールはブルーノの姿に気が付くと、こちらに身体を向けた。


「ここまで想定の範囲内といったところか。賛否が拮抗している――。リアノーラ、君は?」

「場の空気に、妙に静かな一点がありました」

エドワードの言葉にリアノーラが静かに応える。



概ね予想通りの流れで進んだ議会は、現在次の動きを探っていた。

魔族という存在への強い拒絶が根深い中、今後の人類の防衛は、現状維持が最善なのか、再考すべきなのか?

こちら側が仄めかしているのは『再考』なのだが――。


「では。次の手ですね」

ブルーノは三人へニッコリ微笑んだ。




◇◇◇




「番というのは、他の種族にはないだろう?」

シオルが私の髪を指に巻きつけながら、言葉をこぼす。


「我々の感情は……なかなか、相手には理解しがたいようだ」

少しだけ言葉を探しながら――


「……だから『発信』と『受信』の違いだと考えられてきた」

「発信と受信?」……電話みたいな感じ?


「ああ。『発信』は……。例えば、私からナギへ、想いや願いを伝えようとする。これはあふれ出てしまうもので、止められない。一方的だ。話したい、声が聞きたい、手を繋ぎたい……一緒にいたい」

「うん」

「番の衝動なんだ。結魂をしていなくても、番に対する想いは強い」

「そうなんだ。その相手が自分の番だと認識してしまったら、止められないってこと?」

「ああ。だから難しい」


相手が、自分に少しでも好意を持ってもらうまでは――


「相手にはこの衝動がない。だから受け止めてもらうしかない」

「だから『受信』なのね?」

「そうだ。この『受信』が拒絶されたら……」

「拒絶とかあるの?」


私を抱き込んでいたシオルの右腕に力が入った。


「その時。相手に、他の好意を向ける異性がいたら、無理だろう?」


ああ。それはきっと人間でも同じだ。

想いの強さが桁違いなだけで。


「シオルはずっと私に『発信』してたんだね」


シオルの背中に、ゆるく辿るように手を回す。


「初めて私の前に姿を現した時……」

「この村に住むと来た時か?」

「そう。あれ転移魔法だったよね?」

「そうだ」

「転移って、来たことある場所しか無理なんだよね?」

「ああ」

「なら。あの時が初めてじゃないよね?」


ちょっとだけシオルの身体が固くなった。


「何度も私に会おうとしてたの?」


首を上げて彼の顔を見つめると、片手で顔を覆っていた。


「何回もあそこまで来てて、でも躊躇って。やっと私に声かけたって感じ?」


シオルの顔が徐々に赤く染まっていく。


「私はシオルが『番』だとは認識できないし、何なら魔王の敵の勇者だし。警戒されるだろうから、慎重にしてたってことかな?」


少しだけ指の隙間から青い目が見えた。


「いや……」

「違うの?」

「何度も来ていた。何度も何度もナギの姿を見に来て。ナギがそこにいる、それだけで幸せで」

「うん」

「だが。村の男と話しているのも、何度も見て」


顔から動いた手がこぶしを作り、シオルの口元を隠す様に添えられる。


「恐怖だった」


「ナギが他の異性に惹かれてしまうんじゃないかと」


「だから、あの日――ナギの前に、姿を見せた」


私に触れているシオルの鼓動が少し早い。


「本当は慎重にいかなければいけなかった。ナギは人間で、異世界から来た勇者で、魔王を、魔族を敵としていたから」



初めて私に会ったシオルは、


『会いに来た。勇者』

『私もここに住む』


挨拶とか、気遣いとか何にもなかったな、と思い出す。


「それなのに。あんな……」

シオルが項垂れている。どんよりした雲まで出てきそうだ。部屋の中なのに。


あの時シオルはこう続けていた。


『もし、ここにいられないなら……』

そう言って魔力が揺らいだのは、拒絶されるかもって恐怖だったんだ。




「私の『受信』は嬉しかった?」

そう言ってシオルの顔を隠している手を、引っ張ってみる。


手を下ろした夫の顔は相変わらず真っ赤で、ひどく照れながら、目尻を下げていた。



ずっとずっとシオルは私の側で『発信』をして。

じっと待っていてくれたんだろう。

『受信』するのを。


少しづつ、混じり合うように。お互いの信号がつながるのを、側でずっと。


シオルは私にすごく優しい。

私だけをいつも見つめてくれる。


もし、もしこれが誰にでもそうだったら。


考えたこともなかったけど。

シオルが私以外の女性に、優しくしたり微笑んだり、手を繋いだりするのは――




いや。

それはちょっとダメだろう。




さっきまでニコニコしていた私から、いきなり変なオーラが出始めたからか、シオルの焦った声が聞こえた。

「ナギ?どうした?やっぱり、その……私は気持ち悪かっただろうか?」


検討違いをしている。


「何か。ちょっと、むかついただけ」

私の低い声に、シオルの身体が固まった。


「ナギ、やり直そう。最初から全部やり直すから。だから」


すごく無茶苦茶な事を言い始めた。

やり直す……?やり直して、もし、シオルが他の女性と仲良くなったら?


「はらたつ」


「!?」


「シオル」


ベッドの上で仲良く寝転がっていた私が、突然起き上がり、シオルの両手をガシッと掴んだ。

私の身体の下で、硬直している愛しい夫。



「私からの『発信』はどうしたら良いの?」



これ以上ないだろう、最大級の笑顔で告げる。私の目は笑っていない。

この状態を傍目から見たら……凄くおかしいだろうな、と頭の中で思いつつ。


けれど。

私のその言葉に、シオルはまるで雷に打たれたように、両目を見開いた。

そして――

シオルのまぶたがわずかに震え、強張っていた肩の力がふっと抜ける。

驚いた余韻を残したまま、彼はゆっくりと目を細め、その言葉の意味を噛みしめるように微笑んだ。



「『受信』を……望まれるのは、たまらないな……」



確かにそこに“嬉しい”が灯っている。

シオルがあまりにも無垢に喜ぶから、ちょっとモヤモヤして釘をさすことにした。


「もし、私以外の他の人からの『発信』を『受信』したら」


シオルの上にゆっくりと重なりながら耳元で囁く。


「絶対に許さないからね」


けれど、その言葉でさえも、シオルには糖度の高い『発信』だったようで。

いつの間にか、私の手から抜け出したシオルの両腕が、しっかりと私の身体に巻き付いていた。


「ああ。凄まじい………こんなにも振り切れるとは。頭が追いつかない」


そのままゆっくりと身体を起こすと、私を見つめたまま静かに体の向きを変える。

布団がわずかに沈み、その動きに合わせて空気がふわりと揺れた。

シオルが上から私を見つめてくる。


その視線の奥に渦巻く感情が。

彼の世界が、目の前にいる自分という存在だけで満たされれているかのように。

深くて、静かで、どうしようもなく熱くて――



「ナギ、私の『番』。それならもう、余計な雑音は全て排除しよう」


「ん?」


「ナギが不快になるものは、全てこの世から消し去ろう」




超絶に美しい『魔王』が降臨してしまった。



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