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8話

その日、私はトマトと格闘していた。


「ナギ……?何をしている……?」

シオルが興味深そうに、後ろから覗き込んでくる。

「ケチャップを……アイアンボアのハンバーグに合うケチャップを作りたくて……!!」

熟した柔らかめのトマトを、ひたすら手で握りつぶす。

だがその手が、ふと止まった。


――ケチャップって、何を入れたらあの味になるんだろう……?



「シオル。この前、魔王城から持って帰ってきた保存食の中に、ハーブってあった?」

「ハーブ?」

「臭み消しとか、香り付けに使う葉っぱみたいなやつ」

「薬草に、そういう特徴のものがあったはずだ」


そう言って、最近作った地下の貯蔵室から、いくつかの瓶を持ってきてくれた。


「……試してみないとわからないけど」

私は恐る恐る、瓶の中身の匂いをかぐ。

が――日本にいたときも、ハーブの匂いで料理を作ったことなどなかった。



「積んでる…」

(スマホが欲しい……!!!)




「シオル、もし分かったら教えてほしいんだけど」

「何だ?」

「生だと辛いけど、火を通すと甘くなる野菜、ある?」

いわゆる、玉ねぎである。

「あと、生だとちょっと刺激が強いけど、すりつぶして肉料理の臭み消しに使う野菜とか」

「ふむ?」


少し考えたあと、シオルは地下の貯蔵庫へ向かった。

村人からもらった野菜が、最近はやたらと多くなっていた。お裾分けが…。



シオルは、まん丸で蕪のような野菜と、それより少し小ぶりで、見た目は里芋に似た野菜を持ってきた。

「これはどうだろう?村長によると、生のままだと辛いから、焼くか煮て食べるそうだ」

「試してみよう!」



まず、まん丸の蕪のような野菜をザクザク切る。薄切りとか細かい賽の目はできない。

私のチートが相変わらず邪魔をして、ゴロゴロした小さめな乱切りが精一杯だった。

続いて、見た目里芋は軽くゆでてから握りつぶしてみた。

意外とあっさり潰せたので、そのまま一緒に鍋に投入。

オリーブオイルを加え、軽く炒めながら蕪のような野菜をなるべくお玉ですりつぶす。

さらに、さっき潰しておいたトマトも鍋へ放り込んだ。



「あ!!!ケチャップってちょっと酸っぱかった気がする!」

「酸っぱい……?」

「シオル、レモンとかライムとか…えーーーと、酸っぱい果実みたいなのはある?」

「分かった」



またもや、シオルはいそいそと貯蔵庫へ向かっていく。


(何往復させてるんだろ……)

と、思わないでもなかったが、ケチャップのためだ。

申し訳ないがこき使わせてもらおう、と凪海は思った。



「これはどうだろうか?」

そういってシオルが持ってきたのはぶどうの形をした果物だった。


「おう…………ぶどう…これがレモンみたいな酸っぱさならいけるかも…?」

片手で慎重に果汁をしぼって、恐る恐る鍋に加えることにした。



続いて砂糖、塩、そして正体不明の葉っぱを数枚。

なんとなくとろみが欲しくなって、イメージで蜂蜜も投入する。


そのまま鍋を弱火でコトコトと煮詰めていく。



「匂いは良い気がする…」

「うむ。とても良い香りだ」

「味見してみよう!!!」



二人は、パンを数切れ用意して、スプーンで鍋の中身をすくう。

パンにつけて、ぱくり。


「ケチャップもどき!!!!!できてる!!!」


感極まった叫びが、台所に響き渡った。

シオルは横で、無言でパンを追加して食べている。


「次は……ハンバーグだ!」

私は勢いよく裏庭に行く。

そこでアイテムボックスに保管していた巨大なアイアンボアを片手でひょいと取り出した。


「……よし、切るか」

「手伝おう」


私のアイテムボックスは、収納した時のままの鮮度を保つ。

二人で解体を始める。ケチャップという心強い味方がいる今、私のやる気は最高潮だ。


「ハンバーグ……絶対、成功させる!」


チート過ぎる私の筋肉が邪魔をするが気にしない。

ある程度解体後、必要な部位だけ残して他は再びアイテムボックスに戻す。

ミンチにするべくナイフを高速で動かし、まな板代わりの木の板を粉砕したそのとき――


「……代わろう」

シオルがそっと声をかけてきた。


「……お願いします」

私がしおらしく後ろに下がると、シオルは風の魔法を使い、手際よく肉を細かく裁断しはじめた。

その光景は、まさに芸術だった。

分厚いアイアンボアの赤い肉が、まるで紙のように舞い、空中で細かく刻まれていく。


「この後は?」

魔法でミンチを作りながら、シオルが尋ねる。


「とにかく、こねます」

私が腕まくりをすると――


「それも代わろう」

即座に申し出られた。


「………」

私は静かにボウルを持ち、空中で魔法によって撹拌されていく肉の様子を、黙って見守ることにした。




台所に戻り、先ほどケチャップで使用した”蕪のような野菜”と”見た目里芋”をまた炒めて、ボウルにいれた肉に投入する。

今度はすりつぶさずに、ざく切りしたものを炒めただけにした。

続いて、卵(おそらく魔獣の卵)を割り入れ、水に浸してふやかしたパンを、ある程度まで伸ばしてからそれに加える。

さらに、塩とコショウを目分量で入れ、ざくざくと混ぜ合わせた。


そろそろ手のひらサイズに丸くしていくか、そう思った矢先にカイルとリルが尋ねてきた。

「お料理してる!」

「ナギ姉ちゃん、何作ってんの?」

二人は興味深々に手元を覗き込んでくる。


「ハンバーグって言ってね。私が居た所の料理なんだよ。ケチャップができたから食べようと思って」

「けちゃっぷ?」

リルが不思議そうに聞く。

「そうそう」

小さくちぎったパンにケチャップもどきを乗せ、二人にも食べてもらう。


「……!!!!!!おいし~~い!」

目を輝かせる二人に、

「このトマトで作ったケチャップを、ハンバーグにかけて食べる予定なんだ。せっかくだから、前に倒したアイアンボアの肉を使って、たくさん作ろうと思ってて」


「!!!!!」

無言で顔を見合わせた二人は、次の瞬間くるりと踵をかえした。


「ちょっと用事思い出した!」

「村長さんの所行ってくるね!」

脱兎のごとく駆け出していく背中を見送りながら、私はぽつりと呟く。

「……何か、用事があったんじゃなかったのかな?」

隣で、シオルも不思議そうにしていた。




出来上がったハンバーグのたねを丸く整えて、温めた鉄板でじゅう、と焼いていく。

あたりには、香ばしく、なんとも言えない食欲をそそる香りが漂い始めていた。


「……いい匂いがしてきた…」

「これは……うまそうだな」


ふと気づくと、台所の窓の外に、村人たちがぞろぞろと集まり始めていた。

その中に、見覚えのある顔が――


「!」

思わず、村長さんと目が合った。

「ナギさん、変わった料理をしているとカイルたちが言ってたが……これは?」

「村長さん!はい、アイアンボアの肉が大量にあるので。ちょっと、トマトでソースみたいなのも作ってみたんです。よかったら……皆さんで、味見してみませんか?」


すると、村長さんは嬉しそうにひげを撫でた。


「……そうかそうか。赤いソースの肉料理か。祝いの宴には、ちょうどいいかもしれんのぅ」

「え?」


何の祝い?と聞き返す間もなく、後ろにいた村人たちが台所に雪崩れ込むように入ってきた。

改造したとはいえ、元は一人暮らし用の1DK。

今は自分たちで増築した“地下室(貯蔵庫)”と“猫足バスタブが収まっている部屋”が加わっているけど、広くはない。

あっという間に、ぎゅうぎゅう詰めになる。


「差し入れ~!」

「はいこれ、畑で採れたやつ!」

「飲み物持ってきたよー!」


パン、野菜、果物、そして酒瓶が次々と運び込まれてくる。

私はただ、ぽかんと立ち尽くすしかなかった。




魔法と筋力、そして絞り出した知識で作り上げたケチャップもどき。

すべてを乗せた料理が、いま、異世界の小さな村で、ささやかな祝宴を開こうとしていた。




村の広場では、いつの間にか人が集まり始めていた。それぞれが色とりどりの食材や飾りを持ち寄り、数人がかりで村はずれの小屋へと運んでいく。


数日前から村に滞在していた旅商人は、その様子を不思議そうに眺めていた。


「今日は……何か、お祭りでも?」

近くにいた村の子どもに問いかけると、にこにこしながら、声を弾ませて答えた。


「ナギさんとシオルさんのお祝いだよ!」

商人は驚いたように目を瞬かせたあと、やわらかな笑みを浮かべた。


「そうでしたか。……何か、お手伝いできることはありますか?」

子どもは少し考えてから、「村長さんに聞いてみるね!」と元気よく駆け出していった。


やがて、ゆったりとした足取りで村長が現れる。

商人のもとへと歩み寄り、にこやかに挨拶を交わした。

「ちょうどよかった。実は、ちょっと足りない物がありましてね」

「どういった物をお探しでしょう?」

商人は穏やかな眼差しを向けながら、興味深げに尋ねた。





一方、小屋では、ナギが真剣な表情で、鉄板の前で大量のハンバーグと奮闘していた。


その様子を、シオルはすぐ後ろから、穏やかな笑みを浮かべて見守っている。

ナギを追ってこの村にやって来てから、もう一か月が経った。

今では村人たちからも「ちょっと変わった魔法使い」として受け入れられ、声をかけられることも増えてきた。

五百年ものあいだ他者との関わりを絶ち、自分の作った人形たちとだけ過ごしてきたシオルにとって、この村でナギと共に過ごす日々は、毎日が優しい刺激に満ちていた。

彼女の目に映るのは、自分だけであってほしい――かつてはそう願っていたシオルだったが、ここでのゆったりとした暮らしは、心の奥にあった淀んだ想いを、少しずつ溶かしていた。


(ナギが楽しそうに笑っている…)


それだけでシオルの心は不思議なほど、温かく…

まるで、朝露を浴びて光をまとい、ゆっくりと花開いていく花々のように――

その心にも、確かな変化の兆しが訪れはじめていた。




ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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