77話
ブルーノと久しぶりに会えたレオンハルトは、とても嬉しそうだった。
どれだけ距離が離れていても、会ってしまえば二人はいつも通りのやり取りで。
その様子をそっと扉の影から見つめる。
召喚された当初は神殿に暮らしていた私が、王城内に移された後――
そこで私はこの世界ではじめての悪意にさらされた。
殿下たち王族も、後見人を申し出てくれたグレイヴンホルム公爵家のみんなも、とても良くしてくれたけど。
騎士団長も魔法師団長もとても気さくなおじさんだったけど。
でも。
一緒に交じって訓練を受け始めると、一部の騎士たちから、あからさまな嫌がらせを受けた。
私が……勇者が女性だったことが原因だったのか、激しく幻滅した様子を隠しもせず。
面と向かっての暴言、暴力を受けてしまったのだ。
それにすぐさま気づき、対処してくれたのがブルーノだった。
それまで第一部隊で訓練を受けていた私を、翌日から第三部隊に組み込んでくれて。
第一部隊は王城や王都を中心とした警備が主で、比較的貴族の子息が多い。
それに対して第三部隊は有事の際に派遣される、機動力や武力が際立っている部隊で、実力主義の兵卒が多かった。
私はそこで過ごしながら、やがて殿下が依頼してくれた剣聖と出会う。
ブルーノは最初、剣聖に師事することに難色を示していたらしい。
親友という目線から見て、アレは『脳筋』すぎる。絶対勇者が変な風に育つと。
でも結局、私は剣聖から剣と体術を、戦士から武器の扱いや捌き方を、賢者から魔術やスキルを学び……。
その間にブルーノやリアノーラたちが中心となって、私に悪意を向けていた人たちのあぶり出しを行った。
その結果、高位貴族の中に怪しい動きをしている人たちがいて、第一部隊の一部がその意向を受けていた事がわかり、殿下も一緒になって一計を案じることになる。
あえて『女性』を武器にする――それが殿下の婚約者という立場だった。
「ブルーノさんには凄くお世話になったんだよね」
私はシオルと並んで村長の家から帰宅する道すがら、簡単にそんな話をした。
あの頃もレオンハルトはよくブルーノにつっこまれていた。
でもそれがとても楽しそうで。学生の頃からの仲だという二人は、年齢を重ねても、距離が離れても変わってなくて。
「親友って凄いよね」
思わず呟いたその一言に、シオルが軽く反応する。
「ナギ」
「ん?」
「今村には、マーニャやフェリア、リュミエルもいる」
「そうだね?」
シオルがゆっくりと私を抱きしめた。
そのまま耳元に唇を寄せて、
「少しだけで良い。屋敷に――」
何かあったら、村にいるメイドが対処する。
大丈夫だから――、少しの間だけ、二人で屋敷に戻りたい……。
縋るように私の背中を抱くシオルに、私は少しだけ驚くと、そのままゆっくりと左手のブレスレットに魔力を流した。
迸る奔流の中で見たシオルは、何かを思い躊躇うように、視線をわずかに宙へと漂わせていた。
「ゲオルグの事だが……」
中央の泉の東屋で、シオルが口を開く。
「ベオルの子孫だとシオルが気付いたこと?何かきっかけがあったんでしょう?」
「ああ……」
私はシオルの目を見つめながら、あの夜の事を思い出す。
右陣で代表者を集めて情報共有する、そう決めたあの日。
シオルが唐突に、ゲオルグがベオルのたった一人の子孫であることを私に告げた。
そこから私たちは、創造主の思惑は『魔王』と『勇者』たがいの子孫を殺すことにあったのではないか?と気付いたのだが。
「ダンジョンコアでゲオルグがあの小娘に苦戦していた時。念を送るためにゲオルグの因子に触れた」
シオルは一瞬だけ、視線を水面に移すと、
「ベオルの因子がそこにあった。あの時はそんなこともあるだろうと。400年もたっている。ベオルの子供が、孫が、子孫が広がっていてもおかしくないと」
「うん」
「だが、右陣の魔族を改めて見た時――」
「ゲオルグさんしかいなかったの?」
「そうだ。そんな事があるだろうか、あの男の血脈がたった一人など。あんなに性に奔放だった男が」
「……(うん。そんな感じに見えた)」
「故意に、何かの意思で葬られているとしか思えなかった」
「それは創造主の?」
私の言葉に、シオルは少しだけ躊躇っていた。
「ベオルが創造主の怒りに触れた、その結果なのだとしたら」
シオルの青い目に影が映り込む。
「それは私のせいだ」
ベオルは名前が似ているという理由だけで、シオルの後ろをよくついて歩く子供だったらしい。
成長するにつれて、シオルが研究をしていた『人工生命体』に興味を示すと、一緒に追い求めるようになり、身長がほぼ同じぐらいになると、シオルのことを『親友』と呼ぶようになっていたと。
「親友なんて、私には初めてだった。ベオルはあの通り気まぐれな男だ。いつのまにか私もあの男に振り回される日常に慣れていった」
「ベオルが親友……」
私が驚いたのが可笑しかったのか、シオルが少しだけ眉を下げた。
「常に乱暴な口調や態度、意味不明な人工生命体を作っては騒ぎを起こし……いつも年配の魔族に怒られていた。いい加減な親友だった」
あの頃、次の神託まで猶予があった。
束の間の――穏やかな時間。
「その中で……ベオルは気づいた。次の神託で『魔王』とされるのは私だと」
だから。
「私を守るために、年嵩の魔族たちと相談したんだろう。自分が『玉座』に座ると私に告げに来た」
「玉座?」
「勇者の剣が勇者を監視するための創造主の目なら、魔王側の目は玉座だ」
その言葉に、魔王城に魔王を討伐しにいった時の事を思い出す。
魔王を倒した玉座の間――
あそこで魔王は待っていた。
「玉座に座っている者を、創造主は『魔王』としてきた。そこに置いた“目”に映るもの以外を、認識できないからだ」
「魔族の王、だから魔王ではなくて、玉座に座っているものが魔王だったということ?」
「そうだ。だからベオルは、私には決して座らせなかった。そして、一か八か私の分身体を作れといった。時間を稼げと。もう一族は私しかいなかった。その示す意味を正確にあいつは捉えていた」
『俺が魔王だなんて、盛大な大博打だ。最後に知った時、ヤツは怒るだろうなぁ』
『シオル、お前は諦めんな。あがけ。俺たち魔族も諦めねぇ』
『俺はなぁ、この世界が気に入ってんだよ』
未来を諦めるな――
「そして400年前、神託に示された魔王の名はベオルだった」
私はシオルの頭を、思わず胸に抱きしめていた。
そうしなきゃいけないと思った。
「ベオルは私の代わりに『魔王』を演じて、アルヴェルに討たれて死んだ」
腕の中のシオルの顔は見えない。でも――
「あいつは、自分の最後の見せ場だと。張り切って戦ってた。楽しそうに」
分身体が完成した時、お前はもう魔王城に近寄るな――そう言われた。
だから最後の戦いをウェブスターに見に行かせた。
ベオルをこの目に焼き付けるために。
「時折アルヴェルと何か嬉しそうに会話していた。だがあいつの役目は勇者に倒されることだ。だからベオルは、戦闘に満足するとあっさり死んだ」
創造主は驚いただろう。自分の見ていた『魔王』は狙っていた男ではなかった。
だから――
「創造主の怒りが自分を謀ったベオルに向いた、そしてそれに繋がる者全てに。何かしらの方法で次々と葬ってきたんだろう。死んでも尚、子孫に至る迄苦しめる……」
シオルの声が沈んだ。
「すべて私のせいだ」
「違う。シオルのせいじゃない。絶対に違う」
「ナギ……」
「私はもう知ってる。この世界を歪ませた原因を。だからそれに一矢報いたベオルは凄いね。イマイチあの性格からは想像できないけど」
「……そうだな」
シオルが少しだけ、思い出したように笑った。
「ベオルを助けよう」
「……助ける?」
「多分アルヴェルさんも同じ縛りだと思う。二人を助けよう」
シオルの顔は見えないけれど。私は自分の思いが伝わるように、腕に力を込める。
「400年前、創造主は、自分が謀られた怒りで二人を操り人形にしたのだとしたら、解放してあげないと。私たちで」
「……ナギ」
「シオルの掛け替えのない親友を、必ず取り戻そう」
シオルが私の腕の中で、少しだけ震えながら、小さく頷いた。
◇◇◇
「騎士団長、戻りました」
二階のドアを開き、ブルーノが中に足を踏み入れた時、騎士団長のカールは今日預かった報告書を眺めていた。
「ブルーノか。剣聖さまはどうだった?」
「元気でした」
「うん?」
「利き腕はありませんが」
「そうか……」
中央にどう報告するか。
明らかにそう悩んでいるカールに、ブルーノが提案をする。
「我々は事実だけ持ち帰りましょう。印象操作は別の方に」
「別?どういうことだ?」
「魔族が味方だったという事実は、かなりセンシティブです。根回しは厳しい」
「そうだな。拒絶しかないだろう」
「まず、辺境伯から殿下へ、王領との連携前提の防衛線再編を報告して頂きましょう。今回の具体的な被害状況を交えて。過去の戦略と今回の共闘、今後どうあるべきか、これを比較する形が一番良いでしょう。当初の予定では破綻します。魔王が復活しているのであれば」
「そうだな……」
「それから王領代官代理には、リアノーラ様宛に書簡を。20年前の事も踏まえ、魔族側から情報共有があった事、今回の協力体制、それが『必要だった』理由を。かの方は議会での発言権が強い。簡単に炎上しないように動いていただきましょう」
「ああ」
「それから」
「まだあるのか?」
「ここが大事です。――勇者さまにも。少しだけ動いていただきましょう。……陛下に」




