75話
「――そんな……」
ララベルが蒼ざめたまま呟いた。
その声が静まり返った部屋に響く。
「もし、これが逆だったなら……おそらく、自分の子孫を襲うという命令に躊躇したでしょう。ベオルは普通に会話ができる程、しっかり意思がある状態だったし」
「確かに、あいつは一人でよく喋ってた」
「ええ。『命じられている』とはっきり言っていましたね」
レオンハルトとゼノスが、思い出したように応じた。
「自分たちの400年後の子孫なんて、出会っても二人は気づかないかもしれない。でももし気づいたら?だから二人には気づかせないように――お互いの子孫を潰す命令を出した」
「村の事も、ゲオルグの事もだが……」
そこで、初めてシオルが口を挟んだ。
「なぜ『世界の理』が、子孫の存在を把握できていたのか。そこが、いまだ謎として残っている」
「そう。村の人が『勇者の子孫』だと、中で暮らしている人々なら当たり前の情報も、王国の中央は把握していなかった。それぐらい隠匿され外には伝わっていない。そしてゲオルグさんに至っては本人も把握していない……」
「それを掴んでいた」
何かまだ見えてない者が、動いている。
ミレーナが言っていた『使徒』。
――もしや他にもいるのではないか?
「おそらく400年前からの事を知る者がいる。少なくともアルヴェルとベオルに関して」
私たちの告げる内容に、全員が恐怖に凍り付いたように沈黙していた。
「正直、なんで『世界の理』が……400年前の『魔王』と『勇者』の子孫をそこまで排除したがっているのか。私には分からないんだけど……」
私の言葉に、ララベルがはっとした顔をした。
「今回それが失敗した、ということは」
「おそらく又なにか仕掛けてくると思ってるの。この辺境に」
全員の顔が緊張に包まれていた。
北部領の解体・再編――それは、再びの襲撃に備え、当初予定していた規模から大幅にその姿を変えることになる。
王領を中心とした、密な連携が保てる防衛ラインの構築へと。
今は『世界の理』に触れないよう……静かに。
◇◇◇
「ララ」
中央の陣へと戻る馬車に乗り込もうとしたララベルに、ライヒベルクが声をかけた。
「少しだけ良いか?」
「はい」
二人はララベルの馬車に一緒に乗り込んだ。
「依頼した援軍は間に合わなかったが……明日到着予定の王国騎士団第一部隊は、騎士団長が率いているという報告が入った」
「騎士団長自らですか?」
「おそらくリアノーラ様が動かれたのだろう」
「勇者さまの為、ですね?」
「そうだ。騎士団長であれば勇者さまの敵にはならない」
そこでライヒベルクがやっと深い息を吐いた。
「お前が無事で良かった」
「辺境伯様……」
「おじ様とは呼んでくれないのか?」
懐かしむように目元を和らげ、ライヒベルクは微笑む。
その笑みを見つめたララベルは、少しだけ緊張を解いたように目尻を下げた。
「……しかし、剣聖の腕を奪うほどの相手。……魔王をどう報告するか――」
「戦いを見張り台から見ていましたが。人間の叶う相手には見えませんでした。第三部隊の壊滅も魔王のせいです。勇者様がいなければ、制することは出来なかったでしょう」
思案するように宙を見つめるライヒベルクに、ララベルはじっと返答を待った。
「……魔族と共闘したこと、スタンピードの事前情報を魔族がもたらしたこと、これは絶対に出さなくてはいけない事実だ」
「はい」
「……魔族が人類の味方をした――今までの常識が覆る。中央でこれを認めさせることは容易とは言えまい」
「……はい」
「勇者様は我々に対応を任せるつもりだ。失敗はできん」
ララベルは固く頷く。
そこから二人は明日に備えて詳細に話し合った。
◇◇◇
――翌日。
中央の防御壁の外が、にわかに騒がしくなった。
王国の旗を掲げた軍隊が、外からの侵入を拒む強固な掘の外側に陣取っていた。
「勇者さま!」
白を基調とした立派な作りの鎧に、王国軍の紋章。
軍馬から降りたその男は、私を視界にいれた途端、破顔した。
「お久しぶりでございます!!」
「あれ?援軍の指揮は騎士団長だったの?」
「これでも急いで参ったのですが……間に合わず申し訳ございません」
「ううん。随分早いよ」
「それにしても……一年あまりで随分髪が伸びましたな?それに何やら雰囲気が」
「ああ。うん。ちょっと変わったかも。その、色々あって」
「なるほど。勇者さまは相変わらず、我らの想像を超える力を秘めておりますな」
「……?うん?殿下への報告は騎士団長がしてくれるのかな?」
「はい。及ばぬ身ながら、承ります」
そのまま騎士団長と副官など数名を、中央広場に近い位置にある、二階建ての建物へ連れて行く。
騎士団長と副官以外は一階で待機してもらい、二人はすでにこちらの代表者が集っている二階へ案内した。
「久しぶりだな、騎士団長」旧知のライヒベルクと騎士団長が軽く握手を交わす。
騎士団長が隣のララベルに視線を移す。
「王領代官代理、ララベル・フォン・シュタインベルクです。現地の統治責任者として、辺境伯ライヒベルク閣下と共同で今回スタンピードの対処にあたりました」
「あなたがシュタインベルクの……リアノーラ様の元護衛の侍女ですな」
「はい」
「ご無事でよかった。リアノーラ様が大変心配しておりました」
ララベルは少しだけ目を見張ると、やや照れたように微笑んだ。
王国騎士団と向かい合うように、こちらが席につくと、
「では状況を」
騎士団長の問いに、ライヒベルクとララベルは視線を合わせ、報告を始めた。
「本件、スタンピードは鎮圧済みです。今回は魔王領東部の山岳地帯にあるダンジョンからの波状放出のスタンピードでした」
「規模は?二十年前と同等だろうか?」
「いえ。それよりも遥かに」
「!」
「今回は防衛ラインを三拠点とし、それぞれ左右から襲撃を削ぐ形で中央で迎え撃った」
「そして、三日目にダンジョンコアの破壊に成功し、何とか討伐を完了しています」
地図を指さしながら、ライヒベルクとララベルが説明を続ける。
「左陣、西側は辺境伯軍が。中央は私と同行していた第三部隊と勇者様一行、そして冒険者や有志の村人で対応しました」
「……東は?」
「今回のスタンピードの情報をもたらしてくれた方々が布陣を」
ララベルの説明に、副官が席を見回して、
「この場にいらっしゃらないようですが?」
「……我々が万全の準備ができたのは、彼らの命をかけた情報のおかげだった」
ライヒベルクが騎士団長の目を見つめながら、慎重に言葉を続ける。
「20年前もそうだった。そして今回も」
「どういうことですか?」
沈黙する騎士団長の変わりに、副官が質問を重ねる。
「我々を助けたのは魔族だ」
騎士団長の視線が、少しだけ険しくなった。
空気が一瞬、張りつめる。
「辺境伯ともあろう者が。何を」
「魔族が右陣を受け持った。今回のスタンピードは魔族と人間との共闘だった」
「本気で言っているのか?」
騎士団長は二人を見比べ、低く慎重な声で尋ねる。
「事実です。東側を魔族が抑えていたからこそ、三拠点での迎撃が機能したのです」
ララベルも騎士団長から視線を逸らさないまま、しっかりと言葉を返す。
騎士団長は思案するように、一度だけ私を見つめた。
私が何も反論しない様子を確認すると、深くため息を吐く。
「被害状況は?」
そこからは各陣の状況を、魔族の被害もあわせて数字を交えて報告する。
副官はその内容を控えながら、眉間に皺を寄せた。
「魔族側の損害が大きいのは配置人数の差で分かります。ですが中央のこの被害の大きさは?」
勇者パーティーもいて何故?という視線を感じた。
ライヒベルクはすぐに反論しなかった。
代わりに、布で包まれた物を騎士団長へ差し出した。
「これは?」
「殿下へお渡し頂きたい」
「殿下へ?どういうことだ?」
「これが中央が一時危機的状況に陥った証拠です」
騎士団長と副官が目を見開いた。
そっと布をめくる。
「これは……」
「400年前の魔王ベオルが復活しました。これはその彼の角です」
黒く光る角が、灯の下で静かに存在を主張していた。




