74話
――右陣防御壁内
スタンピードに備えて造られた防御壁の内側は、外の荒れた景色とは対照的に、整えられた区画が広がっていた。
木造の建物が多い中、区画の中央に石造りの建物が一棟建っている。
ケガ人の収容に使用されていたこの建物に、今は大きな長方形のテーブルが据えられ、その周囲に椅子が並べられていた。
高い天井の梁に吊るされた灯具が、室内を照らしている。
各陣営の代表者が、この場に顔を揃えていた。
左陣 辺境伯 ローデリック・フォン・ライヒベルク
右陣 魔族代表 ゲオルグ
中央 王領代官代理 ララベル・フォン・シュタインベルク
勇者パーティー、私と剣聖レオンハルト、戦士ドルガン、賢者ゼノス
そしてシオルもこの席に加わっていた。
「まず。スタンピードをこうして乗り越えたこと、前例のない作戦だったのに、みんな……協力してくれて本当にありがとう」
私はそっと頭を下げ、
「本来なら移動時間的に中央で集まるべきなんだろうけど……今はそれができません。中央では、右陣の魔族を安全に迎え入れられない。だから、ここに集まってもらいました」
そう言ってライヒベルクと次にゲオルグに視線を移す。
「それは……中央からの急報の矢と関係があるのですね?」
ゲオルグが眉を寄せ私に質問した。
「そう。何があったのか、ちゃんと説明するね。その前に各陣の状況を、王都からの援軍が到着する前に確認しよう。援軍が来れば、判断は中央に移る。今回は魔族との共闘という手段をとったことで、魔族側の損害が過小評価されたり、この協力関係が政治的に無かったことにされるかもしれない。それをなるべく防ぐために、その前に、ここで起きたことを全員で共有しておきたい」
私の言葉にライヒベルクとララベルが静かに頷いてくれた。
そこからは各陣から集められた報告書と、口頭の伝達が、次々と並べられていく。
右陣の負傷者は六十九。内、戦闘要員でない者が三十を超える。
今回のスタンピードによる死者はいない。
だが異変を察知し、ダンジョン内に探索に向かった魔族が行方不明のままだ。
圧倒的に元々の配置人数が少なく、非戦闘要員も一時的に戦闘に加わっていたため、負傷者数は魔族全体の約三分の二にのぼった。
対して兵力も装備も揃い、隙がなかった左陣は、兵の三割が負傷。
装備や武器の損耗が激しく、軍備を再び整えるのにはかなりの時間と、年間軍事予算の 3〜5 年分の資金を要するとのこと。
そして中央。
王国騎士団の第三部隊は軽傷・重傷あわせて負傷者は八割に。
剣聖レオンハルト重傷・戦士ドルガン負傷、賢者ゼノス魔力枯渇など、勇者パーティーが一時的に離脱せざるを得ない状況だったことを告げる。
ライヒベルクは勇者パーティーの強さを知っている。
だからこそ静かに戦慄していた。
剣聖の腕がなく……勇者は帯剣していない。
何があったのか――
私は一度、軽く息を整えた。
「……ここからは、何が起きていたのかを話すね」
自然と、全員の視線が私に集まる。
「まずダンジョンコア」
そこで、私は一度言葉を切る。
「ダンジョンコアを破壊するために到着した私たちの前に、ミレーナさんと400年前の勇者が立ち塞がりました」
ライヒベルクが驚愕に目を見開き、ララベルが小さく呑んだ。
同時に、レオンハルトたち勇者一行の表情には、ゆっくりと険しい影が落ちる。
私のケガの原因がこれだと――思い当たったようだった。
「ミレーナさんに何があったのか、それは今は割愛します。二人は『ダンジョンコアを破壊するために侵入してきた者の排除』を命じられてきたと、そこで私たちは戦闘になりました」
「ミレーナが……戦闘?」
低く、ライヒベルクが呟く。
私は、ゆっくりと頷いた。
「そう。彼女は魔術が使えるようになっていて、残念ながら生きている『人間』には見えませんでした。そして勇者アルヴェルは彼女の指示に従っていました」
「勇者アルヴェルが?400年前の勇者がなぜ?」
ララベルがあり得ないと、言葉を挟む。
「私には操られているように見えました。……故意に意思を封じられていたと思われます」
「一体誰に……ミレーナ嬢にでしょうか?」
「いえ……」
私はゆっくりと目線をあげた。
「『世界の理』が関わっています」
「「!!」」
「そうとれる発言をミレーナさんがしていました。彼女は、自分はそれに命じられた『使徒』だと明言していましたので」
その言葉が落ちた瞬間、空気がはっきりと変わった。
「『世界の理』がダンジョンコアの破壊を阻止するよう命じていたと……?」
ライヒベルクが怒りを滲ませる。
「私たちが到着した時には、すでにダンジョンコアに強力な防御魔術が処置されていて、私の剣では破壊できないようになっていました。だから、シオルにコアを、ゲオルグさんにミレーナさんの対処をしてもらい、私はアルヴェルさんと戦闘になりました」
「ナギ、まさか勇者の剣は……勇者アルヴェルに叩き折られたのか?」
レオンハルトが目を見開いたまま、ドルガンだけがちょっと眉間に皺を寄せている。
「そう。そのまま私も斬られちゃって」
「勇者様が……?」ライヒベルグは何の情報もないまま同席していたので、驚愕の展開についていけてないようだった。
「はい。死にかけまして」
「いや、勇者様。まってください。死にかけた?」
ララベルはある程度予想していたのだろう。ライヒベルグだけが戸惑っている。
「……400年前の勇者アルヴェルは、そこまで強いという事なんですね?勇者様の剣を折るほど」
「えっと。はい。そうですね」
ドルガンから温い視線が注がれる。剣の手入れ不備だったとは言えない雰囲気だ。
「シオルがコアを破壊したので、ダンジョンの崩壊が始まって。残りのスタンピードを対処するだけになったんですけど」
「中央で何かが起こった――」
ゲオルグの言葉に頷く。
「はい。400年前の魔王が中央を襲ってきました」
「あれは魔王だったのか」
ドルガンが目を見開いて呟く。ゼノスとレオンハルトも「どうりで…」という表情をしている。
400年前の勇者と魔王……が我々の敵?
あり得ない展開に、ライヒベルグの顔色が土気色になっていた。
「そして、彼も明らかに『世界の理』が関わっていました」
シオル以外の全員が一斉に息を呑んだ。
「中央の被害は殆ど彼によるものです。ゲオルグさんたちとは一切関係ない。でも一見魔族が中央を襲ったように見えていたことで……魔族に疑いの目を持っている人達がいる」
「だから我々が不用意に中央に近づくのは危険、ということなんですね?」
「そう、今は――」
シオルが私の横から、そっと布に包まれたものを机上に置いた。
「勇者様、これは?」
「共闘していた魔族と、襲撃してきた『魔王』を明らかに区別化するために。これを証明に使います」
ゆっくりと布をめくる。
「400年前の魔王の角です」
皆が椅子の背もたれからわずかに身を離した。
そして照明の光を受けて黒く光る、細く長いその角を見つめる。
「『世界の理』が関わっている以上、彼をそのままには出来ません。でも不用意に近づいて『世界の理』に触れる事も避けたい。勇者の剣がない以上、魔王は倒せません……今は極力関わらない方が良いという結論になりました。そのため、私とシオルは彼を一旦封印することにしました」
「魔王を封印……」
ライヒベルグの目の奥に何かが揺らめいた。驚きと不安を隠しきれていない。
「はい。これはその証拠として王国軍に、中央に提出します。その事とは別に、今回のスタンピード対応は魔族との共闘だったのだと、説明しなくてはいけない」
室内の空気が、糸のように張りつめていた。
誰も声を発しないのに、この説明がどれほど険しいか、言葉にしなくても分かった。
「魔族は人間の敵でした。難しいことも分かっている。でも、彼らの立場をこのままにしてもいけない」
私はゆっくりと、確認するようにシオルを見つめた。
「……『世界の理』は勇者の剣を通してこちらの動きを把握してました。その上で、ダンジョンコアではシオルとゲオルグさんの排除を命じていました。もしあの場で私がアルヴェルさんと戦闘にならなければ、彼は命令通りに対象者を殺害しようとしていたでしょう」
シオルが頷くのを確認すると、ゲオルグに視線をうつす。
「ナギ様?」
「ゲオルグさん、あなたは400年前の魔王、ベオルのたった一人の子孫なの」
「え?」
周囲に戸惑いが広がる中、私は言葉を続ける。
「『世界の理』はアルヴェルにベオルの子孫のゲオルグさんを殺させ、ベオルにアルヴェルさんの子孫が暮らす村を潰せと命令していました」




