70話
ウェブスターは一歩も動かぬまま戦場を俯瞰した。
片腕を失ったレオンハルト、額を切り裂かれているドルガン、酸にただれうつ伏せに倒れているティモ。
その姿を、一瞥し――
「フェリア」
核を突いていたフェリアがウェブスターに顔を向けると、
「そちらの方々を陣内へお連れしてください」
レオンハルトは息を呑んだ。
「まってくれ!俺たちはまだ……!!」
「いけません。ハイポーションで傷は癒えても、失われた血はそのままなのです。このままではレオンハルトさんは命にかかわります。フェリア、すぐに」
「はい。承知しました」
「トリア、道を切り開いていただけますか?」
「はい!」
ウェブスターの一声に、トリアは大槌を振るい、紫色の壁を次々と打ち砕いていく。
負傷者のための通り道が、強引にこじ開けられた。
「ウェブスターさん!」
その呼ぶ声にウェブスターが振り向くと、レオンハルトが押し殺したような、酷く泣きそうな顔をしていた。
剣聖のその表情に、ウェブスターは少しだけ目を見開くと、ゆっくりと眉を下げた。
言葉を選ぶように、わずかに間を置くと、
「……ナギ様のためにも。どうか」少しだけ微笑んだ。
その言葉にレオンハルトの顔が歪む。
勇者パーティーをここまで追い込んだ魔族。
マーニャが念を返す暇がない程の力をもち、イグナの片足を奪った男。
自分もおそらく無事ではすまない――
フェリアの先導でティモを抱えたドルガンを庇うように、レオンハルトたちが走り去ってゆく。
目の前の男は、美しさの奥に、形容しがたい怪しさを孕んでいた。
ウェブスターは、その顔を知っていた。
「マーニャ、まだ支配は続けられますか?」
「問題ありません」
「ではそちらはマーニャとトリアに任せます。イグナは安全な場所へ移動できますか?」
「ごめんなさい…。失敗しちゃったぁ」
イグナは自分の剣と右足を抱え、戦闘の邪魔にならない位置へ跳ねるように移動していく。
それを確認してから、ウェブスターは改めて目の前の男へ視線を戻し、
「さて……なぜこのような所に?400年前の魔王、ベオルさま」
「「!!」」
金色の目が、わずかに見開かれた。
「400年前の魔王?」
マーニャもその言葉に思わず呟く。
「驚いたなあ!俺のこと、知ってるヤツがいるとはなぁ~!!」
ベオルはとても嬉しそうに、両手を縛る糸に自身の魔力をゆったりと纏わせた。
ビクッ……!
糸が引き絞られる。
次の瞬間――
男の魔力の奔流に弾け飛ぶように、一斉に断ち切られた。
「おもしれえなあ!お前ら!」
金色の目を鋭く細め、ベオルは目の前に立ちふさがる者たちを見渡す。
メイド、メイド、メイド、メイド。極めつけは執事。
「何で戦場に使用人がいるんだぁ?」
面倒くさいことに、どいつもこいつも能力が違う。
「まあいいかぁ。せいぜい楽しませろよ?」
400年前の魔王、ベオルは無造作に肩を回しながら笑った。
細く光る糸が一本、するりと垂れ落ちる。
「いくぜぇ?」
男は剣を軽く傾け、紫の魔力を刃にまとわせた。
ウェブスターがわずかに肩に力をいれた瞬間――
両手から無数の糸が一斉に飛び出す。
シュッ! シュルルッ!
空気を裂く鋭い音。
糸は光を反射しながら、まるで生き物のようにベオルへ襲いかかる。
一歩踏み込み、剣を横に無造作に払った。
「ただの糸じゃねえなぁ!」
紫の軌跡が走り、迫る糸をまとめて弾き飛ばす。が、糸が切れない。
弾かれた瞬間、軌道を変えて再びベオルへ絡みつこうとする。
「おもしれぇ!」
後方へ跳び、一旦距離を取る。
その足元を、糸が蛇のように凄まじい速さで這い回った。
「おお!?」
糸が地面から跳ね上がり、一斉に男の足へ絡みつく。
バチィッ!
紫の魔力が炸裂し、糸の束へ向けて魔力を叩きつけた。糸が一瞬だけ後退する。
だが、ウェブスターはすぐに新たな糸を生み出し、さらに密度を増して襲わせた。
「どっから出してんだよ!その糸!!」
糸が一斉に収束し、魔剣士の剣を包み込むように幾重にも絡みつく。
「あなた様の戦い方は存じております」
ウェブスターの右手があがり、更に糸を引き絞った。
男が糸を無理やり引き裂こうと、魔力を流した瞬間、糸が身体にも巻きつき、動きを封じようと締め上げる。
キィィ……ッ
魔剣士の四肢が拘束される。
「俺の戦い方ぁ?」
だが――ベオルの目が怪しく光った。
「……お前、人間じゃねえな?」
紫の魔力がその身体中から噴き上がり、絡みついた糸を押し返すように震わせる。
ウェブスターの表情は変わらない。
「俺がちゃんと戦ったのなんか、400年前が最後だぜ?」
それを知っている?
「お前、何者だ?」
次の瞬間、ベオルの髪がフワリと空中に漂い――
一斉に紫の魔力が爆ぜ、拘束していた糸の束を一気に吹き飛ばした。
ウェブスターは一歩も動かず、さらに糸を生み出す。
「ただの執事でございます」
ベオルは剣を構え直し、紫の光をまとった刃をゆっくりと前へ向けた。
「……冗談だろぉ?」
二人の間に張りつめた空気が震え、次の瞬間、再び激突した。
紫の魔力をまとった剣が一直線に走る。空気ごと切り裂くような鋭さ。
次の瞬間――
ガァンッ!!
ベオルの斬撃は何か異質な抵抗に弾かれた。
火花が散り、その衝撃が地面を震わせる。
ウェブスターの左腕に一斉に巻きついた糸が瞬時に硬化し、金属のような光沢を放つ『盾』が出現していた。
わずかに金色の目を細め、
「ホントにそれ糸かぁ?」
剣を握り直し、ベオルは何度も魔力を込めた剣を叩きこむ。
「面倒なヤツだなぁ!」
外套が揺れ、紫の魔力が再び一気に立ち上る。
「……力ずくでいくぜぇ!!」
再び斬撃が振り下ろされ、糸の盾と激しくぶつかり合う。
刀を軽く滑らせ、 盾の表面を『流す』ように撫でて角度をずらした。
盾がわずかに傾く。
その瞬間を狙い、ベオルは踏み込んだ。
だが――
ウェブスターの右腕が反射的に動き、新たに出現した『第二の盾』がすぐさま男の前へ割り込んだ。
刃が盾に弾かれ、火花が散る。
「おいおい!!」
ベオルはすぐに体勢を変え、盾の下側へ滑り込むように動く。
速度で振り切ろうと……。
しかし――
ウェブスターの燕尾服の裾が、ふわりと揺らぎ、今度は片足に盾が出現して男の刃を受け止める。
出現自在な糸の盾。
斬撃を畳みかけるように振り下ろすも、それは男の動きに合わせ、まるで生き物のように追従し迎撃してくる。
ベオルは一瞬だけ足を止め、その異常な反応速度を見極めるように目を細めた。
「…ッざけんなよぉ?」
静かに息を吐き、紫の魔力を流した刃を激しく脈動させる。
膨大な魔力を惜しみなく全身に行き渡らせ、ウェブスターから一切目を離さない。
そのまま一気に接近すると、魔力をまとった刃がとてつもない重量で糸の盾へ叩きつけられた。
衝撃で盾が大きくたわみ、表面の糸が一瞬だけほころぶ。
その刹那、ウェブスターの目が光り、ほころんだ部分へ新たな糸が奔流のように流れ込み、瞬時に編み直される。
補強された糸が光を放ち、盾は再び硬度を取り戻した。
ベオルは構わず連撃を叩き込む。
ガンッ! ガガンッ!!
打ち込むたびに盾が揺れ、そのたびに糸が追加され、発光しながら補強される。
だが――
ベオルはふと違和感を覚えた。
……魔力の減りが早い
斬撃を重ねるほど、体内の魔力がどこかへ流れていく感覚が強まっていく。
金色の目が細くなる。
「……吸ってんのかぁ?」
刃が盾に叩きつけられるたび、糸は補強され、同時に自分から何かが抜けてゆく。
補強の時に光が出ているのではない――
光は目くらましだ。
糸に接した瞬間、魔力を吸うのが目的。
ベオルは一歩後ろへ跳び、呼吸を整えながら目の前の執事を見据えた。
ウェブスターは相変わらず静かに佇んでいる。
自分が出したあの『プロトタイプ』の個体は、だいぶメイドにその数を削られていた。
「はあ~~~」
だるそうに息を吐くと、徐に指を鳴らす。
パチン、パチン。
二度。
バキバキバキッッ!!
乾いた音とともに大地が裂け、そこから巨大な植物の“腕”のようなツタが一斉に飛び出した。
アバミネーションを叩き潰そうと、空中へ飛んでいたトリアに向かって。
――明確な殺意をもって。




