67話
右陣前線――
大地を揺らす咆哮は続いているものの、空を覆っていた黒い砂煙は少しずつ晴れ、押し寄せていた魔物の群れも、ようやくその最後尾が見え始めていた。
「ウェブスターさん!これで終わりそうな感じですかね!」
ロウランが叫ぶのと同時に、巨大な猪型魔獣が突進して来た。衝突の衝撃で地面が割れ、両足が土にめり込む。ロウランは下半身に力を込め深く体勢を傾けると、牙を剥いてゆっくり息を吐いた。
上半身に刻まれた白と黒の魔紋が光を放ち、そのまま銀色に輝く両手剣を横一文字に振り抜く。
周囲の魔物は血飛沫をあげ、まとめて倒れていった。
そのやや離れた位置で、ウェブスターが何本もの両手から糸を吐き出し、群れを次々と分断、縛り上げ貫いている。
「そうですね。おそらく」
「ナギ様がだいぶ減らしてくださったのです!これで終わりのはずです!」
ゲオルグが魔術を展開しながら、ウェブスターに向かって叫ぶ。
シオルが発つ前に自分に告げた言葉が何度も頭の中でこだましていた。
『ナギが戻るまで――ここで踏みとどまってみせよ』
……必ず、ナギ様のため、ここを死守してみせる。
空気が裂け、巨大な氷の槍が群れの中心へと突き刺さり、爆ぜる氷柱に魔物たちが弾け飛んでいく。
その時――
「中央の陣から急報です!!」
物見の魔族からの叫び声が響いた。
「「!!」」
それは各陣がそれぞれ危機的な状況になった時に合図としていた火矢。
それが中央の陣の方角から、幾本も段階的に飛んでいた。
「……中央?」
ゲオルグが思わず、火矢が舞う空を見上げる。
魔物の数は確実に減っている。
それなのに?
違和感を覚えたロウランとバルトが、足早にウェブスターへ近づいた。
「マーニャたちは?念は通じますか?」
バルトが冷静にウェブスターに尋ねると、
「……いいえ」
額に指を当てしばらく静止していたウェブスターがかぶりを振った。
「私が見てきましょう。各自はここで残りの魔物を駆逐して下さい」
一瞬の逡巡もなくそう告げると、即座に人間の姿に戻り、中央に向かって駆け出していった。
その一刻前――中央の陣
「右陣側でだいぶ魔物を間引いてくれているみたいだな!」
「だいぶ疎らになってきてますよね!」
ティモが横のドルガンに叫ぶように答える。
横では風の刃を上空から幾つも降らせながら、ゼノスが魔術を展開していた。
前線のメイド達も少し余裕があるのか、時折休憩しているようにも見える。
王国騎士団の第三部隊の面々が、メイド達と交代するため陣内から飛び出し、ドルガン達の横を駆け抜けていった。
「ナギが戻って来た時に、……笑顔は見れるだろうか」
レオンハルトが小さく呟く。
まだ弟子を気遣い少し気弱なレオンハルトに、ドルガンが眉を下げ、後ろから軽く肩を叩いた。
「大丈夫だ!全員大きな怪我もないし、何とか無事だしな!」
「……ナギがきっと一番大きな怪我をした」
「そうだな」
「女の子なのに……」
その言葉にドルガンとゼノスが顔を見合わせ、少しだけ微笑んだ。
「レオンハルトにとってナギは『出会った頃』のままなんですね」
「ナギは……剣なんか握ったこともなくて、体術だって俺が一から教えたんだ。なんでか蹴り技を酷く気に入ってしまったが」
「ああ…」
二人は在りし日のナギを思い浮かべた。そうだった。蹴り技を教えた後。
なぜかボールを用意して、嬉々として蹴り飛ばすようになって――投げたボールを跳び上がって横から蹴り抜くまでになった。受け止められる者は、誰もいなかった……。
危険すぎると判断して、ボール遊びは止めさせたのだが。
「まあ、ナギの規格外は……いつもの事だしな」
「スキルだって誰にも真似できる技じゃなかったですしね」
「あのシオルの旦那が『連れて帰ってくる』って約束したんだ」
「きっと大丈夫でしょう」
二人は交互に剣聖を慰める。
どうしてだかこの男はナギに昔から過保護で。
勇者をまるで自分の娘のような感覚で世話する癖がある。
「ケガが残らないと良いんだが……」
まだウジウジしている。
ドルガンがその背中を励ますように叩こうとした時――
前線の第三部隊がはじけ飛んだ。
「「!!」」
三人はその衝撃に振り返る。
「何だ?」
「!まずいぞ、何人か倒れている!ティモ、メイド達を呼び戻してくれ!」
「異様な魔術の気配がします!」
目をこらす。第三部隊の中央に何かがいた。
(何だあれは?)
紫の濁った魔力が奔っていた。
その中心に立つのは、黒い外套をまとった剣士。剣身には魔力の紋様が浮かび、まるで生き物のように脈動している。
(剣士?だが)
倒れている第三部隊の兵士の傷は、爆発に巻き込まれたかのように焼け爛れていた。
(何だ?この気配は?)
レオンハルトはゆっくりと剣を構え、ドルガンと目をあわせ、残った兵士たちと半円を描くようにその正体不明の剣士を囲んだ。
だが相手の放つ圧で、ひどく空気が重い。
「お前、魔族か?」
レオンハルトの視線が、深く被った外套のフードの奥に覗く角を捉えていた。
全員が息を呑んだ。なぜなら彼らは今右陣で自分たちと共闘しているはず。
だが、この男は――レオンハルト達が接した魔族とは何かが異様に違った。
「ハハッ!」
何が可笑しいのか、突然その男が牙を見せて笑った。
乱暴にフードを外す。
「ちょっとは面白そうなヤツがいるじゃねえか!!」
その男は、一目で『人間ではない』とわかる存在感を放っていた。
肌は赤黒く、まるで灼けた鉄が冷えた直後のような深い色合いで。
肩まで流れる髪は、夜空を思わせる深い紫。瞳は鋭く、金色に輝く。額からは黒曜石のような質感の角が二本、後ろへ流れるように伸びている。
そして何より――顔立ちが驚くほど整っていた。
高い鼻梁、鋭い輪郭、薄く笑だけで相手を黙らせるような余裕のある表情。
ただ立っているだけで、周囲の空気が変わる。圧倒的な存在感だった。
「なぜ魔族が?」
ここにいる?という意味を込めて、レオンハルトが静かに問うと、
「命じられちまったからさ!この村を潰せってな」
何でもないようにその男は答えた。
一同に緊張が走る。何だ?この魔族は?
「ただの人間相手なんてつまらねえと思ってたが。ちょっとは手応えがありそうなヤツ、いるじゃねえか!」
とても楽しそうに無邪気に笑う。
その笑い声につられるように、地面に突如魔方陣が出現し、紫色の不気味な物体がにじみ出るように現れた。
「!!」
人の丈を超えるその謎の物体に対して、ゼノスがすかさず水球を放つと、それは一度柔らかく受け止め、凄まじい勢いで弾き返した。
「ゼノス!」
ドルガンが斧を構えカバーに入る。
「何だ!?こいつは!?」
正体不明の男に、その男が召喚した見たこともない物体。
遠くからマーニャたちが駆け寄ってくるのが見える。
「怪我人を頼む!!」
レオンハルトはそれだけ叫ぶと、地を蹴り、一直線に踏み込んだ。
「はああッ!」
鋭い斬撃が男の肩口を狙う――が。
「遅えなッツ!!」
牙を見せながら笑った瞬間、男の剣が紫の軌跡を描き、レオンハルトの剣を弾き飛ばした。
続けざまに、兵士たちが横から斬りかかる。
だが男は一歩も動かず、ただ指を軽く鳴らした。
パァンッ
空気が震え、魔力の衝撃波が放たれる。
兵士たちはまとめて吹き飛ばされ、地面に転がった。
「……魔術の発動が速すぎる……!」
詠唱を始めようとした瞬間、男の視線がゼノスに向いた。
「遅えッ!!遅えッツ!!」
男の剣が淡く光り、そのまま勢いよく薙いだ。
噴き上がる炎柱が、ゼノスを飲み込もうと迫る。
「いかん!」
ドルガンがゼノスの前で盾を抱える。炎が爆ぜ、熱風が二人の頬を焼いた。
息を整える暇もなく、男がゆったり歩み寄ってくる。
とても楽しくて仕方がないと言わんばかりに。その笑顔は逃げ場を奪うような圧迫感があった。
「剣と魔術!良いねぇ~~」
レオンハルトは剣を構え直す。呼吸を整える。
圧倒的な力の差が、肌でわかる。
それでも――退くわけにはいかない。
男の剣身が眩い光を放ち、周囲の魔力が渦を巻き始める。
「魔術も使える剣士?」ティモが茫然と呟いた。
それを聞いた男が嬉しそうに笑う。
「おう!俺は魔剣士だ!!楽しませろよ~~!」
魔剣士?
レオンハルトの背筋に汗が流れる。相手にしたことはない――
男の目がレオンハルトを捉え、その目がゆっくりと細められた。
レオンハルトはそれに答えるように、両手に力を込め、地を蹴る。
一言も発しないまま、その男に肉薄し息つく間もなく連撃を叩き込む。
剣先が男の外套を切り裂くと思われた、その瞬間――魔剣士の姿がかき消えた。
と同時に、背後から風を裂く音。
「後ろだ!」
レオンハルトが振り返りざまに剣を構えるが、魔剣士の一撃は重すぎた。
火花が散り、思わず歯を食いしばる。
「速すぎる……!」
横から援護に入ったドルガンが斧で斬りかかる。
だが魔剣士は軽く跳躍し、空中で指を弾いた。
パチン
その小さな音と同時に、正体不明の紫色の物体から謎の液体が放たれる。
「くっ……何だ!?」
ジュッ!!シューーッ!!
異様な音が響いた。土煙が舞い、視界が奪われる。
その隙を逃すはずもなく、男が突っ込んできた。
「ハッハーーーッ!」
魔剣士の剣が横薙ぎに振るわれる。
地面が砕け、紫の閃光が一直線に走る。
「!」
それを受け止めようと構えたレオンハルトの右腕が
高くはじけ飛んでいた――。




