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婚約破棄した元勇者、辺境でスローライフ…のはずが元魔王に押しかけられて慌ただしい!  作者: cfmoka


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61話

ナギ達がダンジョンの五十階へまもなく到達する頃、中央の陣ではスタンピードの波が途切れた隙を狙い、戦闘要員たちの応急処置が進められていた。


「エリカ?何か落ちたぞ?」

手当の済んだティモが、ポーション箱を抱えるエリカの足元に落ちていた小さなものを拾い上げる。


「え?あ!大変!ありがとう、ティモ!」

「うん。紐が切れたのかな?」

「そうみたい」


二人がそれを確かめていると、横から子どもの声が飛び込んでくる。


「それ……!!どうしたの!?」

包帯を抱えていた少年、カイルが、目を大きく見開いていた。


「カイル君?これ?今ね紐が切れちゃったみたいで……」


エリカが手のひらにのせて、カイルと隣のリルに見せた瞬間――


「……ゃっ……ゃぁぁっ……!ぃやぁああああ!!」


リルが火がついたような叫び声で泣き出した。


「!?」

「リルちゃん!?どうしたの!?どこか痛いの!?」

ティモとエリカは唐突な事態にうろたえる。


「なんで……エリカお姉ちゃんがそれを……その『ソラス』を持ってるの……!」

カイルは震える手でエリカの手に乗った『ソラス』を握りしめる。


「え? これは――」

エリカが説明しようとしたその時、リルの激しい泣き声に気づいたライエルが人混みをかき分けて飛び込んできた。

「カイル!リル!どうした!?」

リルのそばに慌てて屈み込む。


カイルはエリカから受け取った『ソラス』を震える手でライエルに差し出す。

そのまま、ぽろぽろと涙をこぼし始めた。


「カイル……?」

「僕の編んだ紐が……切れてる……」


「!!」

ライエルの目が大きく見開かれる。


何が起こったのか分からないエリカは、戸惑いつつも、この綺麗な石はナギがダンジョンコアに向かう前に、『少しの間、離れなくてはいけないから、その間だけお守り代わりに持っててほしい』と、預かっていたことを告げる。


「ナギさんのソラスで間違いないのか?」

ライエルがカイルに問いかける。

胸元を握りしめ、カイルはようやく言葉を絞り出す。


「……青と黒……あの時、シオル兄ちゃんと選んだ色……」


そのまま喉がひきつるように動き――小さく声が漏れた。


「ナギ姉ちゃんが……『死ぬ』」


ナギのソラスに通されていた紐を握ったまま、カイルはその場に膝をつく。

見開いた瞳は焦点を失い、ぽたぽたと静かに涙が落ちていく。


カイルのその言葉は――その一言は、周囲の村人たちに電撃のような衝撃となって走った。

スタンピードの応援で来ている外部の者たちだけが、状況を理解できず戸惑っている。


「ま、待って……どういう……?」

「ライエル! 何があった!?」

村長とララベルが血相を変えて駆け込んでくる。


「カイルの編んだ、ナギさんの――勇者さまの紐が切れました」

ライエルは泣き続けるリルを抱えながら、カイルの側に屈み込み、慎重に告げた。


「……!」

村長の細い目がカッと見開かれる。


「ダンジョンコアか!?シオルさんが一緒にいるはずだ!」


周囲を激しく見渡し、シオルの屋敷の関係者を探す。


「この付近にいるのは――」

「トリアさんとリュミエルさんが、防御壁の近くに居ます!」


いち早く察したララベルが即座に二人の元へ駆け出した。

その後を、泣き叫ぶリルと、涙が止まらないカイルを抱き上げたライエルが追っていく。


エリカとティモは状況が飲み込めなかったが、周囲の異様な気配に押されるように急いで後を追った。


「トリアさん!!」

ララベルの声にトリアが振り向き、傍にいたリュミエルも顔を上げる。


「シオルさんと連絡は取れますか!?」

ライエルたちの切迫した表情。抱えられた泣き続ける二人の子。その異常さに、トリアもリュミエルも息を呑んだ。


「一体何が?どうされました?」

「勇者さまが死んでしまう!!」

「!?」


あまりに突然の言葉に、二人は声を失った。


「この子は、カイルは……400年前の勇者の直系なんです。『悟り』のスキルを持っています。この子の編む紐は運命を紡ぐ。このソラスに通された紐は、カイルが編み、勇者さまの為にシオルさんと一緒に選んだものなんです!その紐が!」


一拍置き、ライエルは声を震わせて続けた。


「その紐が――切れました。これは……運命が断たれた証なんです」


「!!」


沈黙が走る中、カイルが淡々と告げる。


「父さんも、その紐が切れた日に死んだんだ。母さんも。叔父さんも。みんな……死んでしまった」


カイルの静かな告白に、リルの泣き声だけが響く。


最後尾でその声を聞いていたエリカは、足が止まった。

目の前が真っ暗になって、声が出ない。


(……勇者さまが……死ぬ?)




◇◇◇




斬られた瞬間だけが妙にゆっくりで、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

あまりの痛みに意識が一瞬飛ぶ。


「ナギッッ!!!」

シオルの魔力が一気に膨れ上がったのが分かった。


私を斬ったアルヴェルは、今までの猛攻は何だったのかと言わんばかりに、両手をダラリと下げ沈黙している。


「ッごほッ……」

何かがせりあがって来て、口の中に血の味が広がった。


ぬぐおうと左手をそろそろと掲げると、手のひらの真っ赤な鮮血が目に入る。

真っ赤な……。


(また……一緒にトマトケチャップ作るって……言ってたのに……)


場違いな考えが浮かんだ時、視界一杯に魔王の姿に戻ったシオルが映った。


(シオル?)


「ナギ!!ハイポーションだ……飲めるか……!?」


何かが口元を伝っていった。

だけど――。


「くそっ!!!」

その言葉と同時に、シオルの顔が近づいて、口移しで何かを飲ませてきた。

むせないようにゆっくりと、でも焦った様子で。


「クッッ、ッごほッ……ッごほッ!」

少しづつ口に広がったそれは、何かにつかえて鮮血と一緒に吐き出してしまう。


「ナギッ――!!」

シオルが今にも泣きそうな、辛そうな顔をしている。


その時、シオルの変身が解けていることに気付いたゲオルグが、こちらに駆け寄って来た。

「……!!ナギさまッ!?」

足元に広がる血だまりを見て、みるみる蒼くなる。


「どうしてっ、なぜソラスが起動しなかった!?」

私を抱きかかえながら、ハイポーションを躊躇いなく、傷の上から何本もかけ続けるシオル。

その言葉に『ごめんなさい』と、思わず笑みを浮かべてしまう。


(多分……笑えてる、はず……)


それを見たシオルが察したように叫んだ。

「⋯!!あの薬師の小娘に渡したのか!」


さすがシオルだ。

私の事よく分かってる。


「ヒューッ、、ッヒュー、⋯」息がしずらい。

「っ!!ナギッ!どうして!」

ゆっくりと右手をシオルの左手に重ねる。



エリンは私が討伐に向かった隙に殺された。

だからエリカには大事なお守りの守護石を渡した。

私が居ないその時に、何が起こるか分からなかったから。



「ヒューッ⋯」

シオルが私の右手を痛いほど強く握る。


「フフ……フフフ、あははははッ!!」

その時、甲高いミレーナの笑い声が響いた。

「コアは破壊されてしまいましたが⋯⋯。予定外ですがひとつ使命は達せられました!!これで勇者さまは何とか神様の元へ送られますわね!!」


シオルの身体が淡く光る。ミレーナの言葉に怒りが抑えきれていない。


「アルヴェル!その勇者の剣でそのままっ!!」


突如ミレーナの身体が地面に激しくめり込んだ。土埃をあげ、凄まじい勢いで骨ごと砕きながら地面の中へ吞み込まれてゆく。


「ひッ!!!ひぃっ!!!!!」

ミレーナの恐怖の叫び声が反響する。

必死に手を伸ばしながら、「あ、アルヴェル!!わたくしをっ助けなさい!!!は、早く!!!!」

その命令に、私を斬ってから今まで全く微動だにしなかったアルヴェルが、ゆっくりと起動する。


顔を上げたその瞬間、空っぽだった瞳に、ふっと色が差した気がした。


(アルヴェルさん?)


私の身体の側に落ちている、砕けた勇者の剣を見て、その青い目を優しく細める。


それはまるで――もう安心して良い、と言わんばかりに。

その心から安らぐ色は、いつも村で見ていた少年と同じ色を纏っていて。


(……カイルと同じ色)


だが瞬きをした瞬間、その瞳はまた空虚な色に戻ってしまった。


(アルヴェルさん……創造主に縛られてる……?)


唐突にその事実に気づくと、それは間もなく自分にも起こることだと思い出した。

このままではいけない。

創造主に絡めとられてしまう。


「……!!」

気力を振り絞って《界域(エーテル・バウンダリ)》で傷口を覆うように、これ以上出血しないように空間を圧迫してせき止める。


「ナギ…!?」

その魔力の揺らぎにシオルが気が付いたようだった。こちらに意識を向けたシオルの隙をついて、アルヴェルが高く跳躍し、殆ど埋もれていたミレーナを救い出す。


その瞬間――、

ゴゴゴッ――!!

突如、足元を揺さぶるような地響きが私たちを襲った。


「いけません!コアを破壊した影響で、ダンジョンが崩れようとしています!!」

ゲオルグの叫び声が広間に響き渡る。


私はゲオルグの顔を見た後、ゆっくり首を傾けシオルに視線を移した。


(ゲオルグさんを連れて……出て?)


「何を…!何を言っている!!!ナギもッ!!」

私は震える右手で自身の左手首に触れ、そっと魔力を流す。


「ナギ?」

青く輝きだしたブレスレットを、渾身の力を込めて起動させる。


「!!、そうか!分かった!!大丈夫だ、ゲオルグを送ったら、すぐさま後を追う!!」


その言葉に、私は身体中から力が抜けていくようにほっとして、シオルにゆっくり微笑んだ。


創造主の手の届かない所へ――

白く発光する波の間にシオルの優しい顔が見える。


もう一度、何かを確かめるように手を伸ばした私は……。

私の意識は、そこでプツリと切れてしまった――。

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