60話
金属が弾ける鋭い衝撃音が、空間を裂いた。
振り向くより早く、400年前の勇者――アルヴェルの大剣がシオルへ叩きつけられていた。
シオルはすでに防御魔方を展開していて、刃は直前で弾かれる。激しい火花が散り、床石が砕けた。
「っ……!」
「シオル!」
「大丈夫だ!」
アルヴェルは一言も発さない。ただ、シオルだけを⋯⋯、魔王だけを正確に『敵』として認識しているかのように、圧倒的な力で大剣を振り下ろし続ける。
対照的に、ミレーナは一歩も動かない。
胸の前で手を組み、焦点の合わない瞳で、天井の一点を見つめながら恍惚に微笑んでいる。
「ゲオルグさん、コアを!」
私が叫ぶ。ゲオルグは頷き、一気にコアへ駆けた――その瞬間。
「いけませんわ?」
指先を払っただけで放たれた衝撃波は――まるで通りすがりの虫を払うような何気ない仕草だった。
ゲオルグの足元の床が爆ぜ、咄嗟に身を翻して衝撃を避ける。
「魔術!?」
そのままゲオルグはミレーナと戦闘が始まってしまった。
私は剣を握り、コアへと向かう。
だが踏み込み、一太刀浴びせた瞬間――。
ガキンッッ!!
「……え?」
剣が、コアに触れられない。
ほんの数ミリ手前で、硬質な何かに阻まれている。
透明な壁。だがただの防御障壁ではない。
まるで魔王城で魔王シオルが使っていた絶対防御魔法のような――。
「シオル!!コアの周囲に魔術が構築されてる!」
私は焦って振り返り叫んだ。
シオルがこちらに視線をやるも、勇者の剣の猛攻が激しく、すぐにはこちらに近寄れない。
「フフフ、あなた方がコアを破壊に来ることは分かっておりました」
ゲオルグの風の刃を華麗なステップでかわしながら、ミレーナが微笑む。
「神様はいつも、勇者さまのお手元にある剣から、あなたさまを常にじっと見ておられたようです」
背筋に悪寒が走った。
本当に創造主は、激しく身体の芯底から気持ち悪い。
「時々全く見えなくなったり、謎のノイズが入ったようですが……。いつも剣を通してその熱い思いを吐露していたと。神様は勇者さまの事をそれはそれは愛していらっしゃいます」
いや、本当にやめて欲しい。それこそノイズだ。誰か消去してほしい。
「今日こちらにお越しになるのを、とても楽しみにしていらっしゃいました」
「そう!こっちは全然楽しみじゃないけどね!」
思いっきり剣で切り付けてみるも、何も変化が起きない。息が詰まる。
「勇者さま以外は、好きにいたぶってよいとのご神託でございましたので⋯まず殿方お二人を排除いたしますわ。そして、そちらの美しい方はわたくしと同じように人間の肉体を捨てた後、神様にお願いして同胞にしていただきましょう……!そしてアルヴェルと一緒にわたくしに侍らせるの!」
その微笑は喜びに震えているように見えた。
とんでもない執着だ。
「だいぶ狂ってるね……。ほんと、関わりたくないタイプ」
「ナギ、コアは私が見る」
ミレーナの雑音を華麗に無視して、シオルがアルヴェルの剣圧を受け流しながら横から入ってきた。
「シオル、どう?いけそう?」
「大丈夫だ。解析できる。解除も問題ない」
シオルは一瞬で、足元に何種類もの複雑な魔方陣を展開し始めた。
「なら勇者は私が!シオル交代して!」
両足に体重をかけ弾みをつけると、勢いよくシオルの横を通り過ぎ、そのまま一方的に『魔王』を追うアルヴェルの剣と、下からすくい上げるように切り結ぶ。
激しい剣戟が響き、青白い火花が空中に散る。
戦況は瞬く間に三方向へ分かれた。
「風華、咲き狂え!!」
ゲオルグが右腕を払うと同時に、風の刃が連続してミレーナへ放たれる。
鋭い斬撃が地面を這いながら、一直線にミレーナへと迫る。
だが彼女は令嬢とは思えぬ軽やかな身のこなしで、攻撃をひとつ残らず回避した。
「いやですわ。足元を狙うなんて。魔族は、少し……お行儀が悪いのですね?」
恍惚とした微笑みを浮かべたまま、今度はミレーナの足元に淡い光の輪が展開し、その身体が浮いた。
その不自然な浮遊を目にした瞬間、ゲオルグの直感が警鐘を鳴らす。
「下か――!」
床を突き破って巨大なツタが杭のように突き上がってくる。
咄嗟に横へ跳躍し、辛うじて回避するゲオルグ。
(詠唱なしだと……!?)
驚愕しつつも、すぐに次の魔術式へ意識を走らせる。
「こちらも本気でいかせてもらう」
「まあ……怖い方」
ミレーナは口元こそ微笑んでいるが、足元は不自然に浮いたままだ。
ゲオルグが両手を前へ突き出す。
「炎花よ、燃え狂え !!」
魔方陣から、とぐろを巻く炎が爆ぜる勢いで解き放たれた。
一直線にミレーナを貫く軌道を描いて。
だが彼女は逃げる様子もなく、ただ指を一本、胸の高さで横に払う。
その刹那――。
先ほど床下から伸びていたツタが、燃え上がる炎の中心へ突っ込んだ。
追加で伸びた数本のツタが、炎に焼かれながらも後退せず、まるで『飲み込む』ように押し潰しにいく。
ミレーナは祈るように胸元で指を組んだ。
その姿は、まるで教会で真摯に祈る一人の信者――ただ、狂気に染まったその目さえなければ……。
ゲオルグは歯を噛み締め、距離を保ちながら再び最大火力で何度も炎花を放つ。
だがミレーナの巨大なツタは業炎を纏っているにも関わらず燃え落ちない。
「そこまででしょうか?」
優雅に微笑みながら、更に指を一本、弾くように伸ばす。
「ぐッ!!!」
新たに出現した漆黒の巨大なツタが、ゲオルグの両足へ食らいついた。それは今にもゲオルグ本人を飲み込もうとするかのように、這い上がってくる。ギシギシと軋む身体の音。やがて口元までそれは覆い始め、視界が闇に染まってゆく――、
(これでは魔術が……!)
その時――突如、シオルの声が頭に響いた。
『ゲオルグ!氷だ!灼せたなら冷却して砕け!』
「!」
ツタに締め上げられながらも、必死に魔方陣をイメージし、無意識に心の中で叫ぶ。
(氷華、咲き狂え!)
バキィィィンッ!!!
轟音とともに柱のような巨大な氷刃が発生し、ツタを一気に串刺しにした。
その攻撃した箇所から瞬く間に白く凍結し、ミレーナの方へ一斉に伝播していく。
その一瞬で身動きがとれなくなった自分の半身に、ミレーナはわずかに目を見開いた。
「え……?」
その隙を見逃さず、「風華、咲き狂え!!」と力の限り叫ぶと、凍りついたツタ全体が、一気に粉々へと砕け散った。
ゲオルグは息を吐き、構えたまま睨みつける。
「終わりだ」
ミレーナの下半身は、彼女から伸びるツタと共に砕け散っていた。
シオルは、ゲオルグが巨大なツタに呑まれかけているその最中、ついに解析を終えた。
展開されている防御術式――魔力層の『循環式』という基礎構造は、自身が扱う系統と構造が近い。その循環の根幹に、外部供給の魔力が隠れるように一筋だけ混入していることに気づいた瞬間、シオルは確信する。
供給源はミレーナ。
(……ならば、あれを断つ)
苦戦しているゲオルグを把握したシオルは、最適解だけを無理やり押し込む念を送っていた。
アルヴェルとの戦闘に比べれば、この解析作業は時間がかからなかった。
アルヴェルの持っている剣――、あれはおそらく勇者の剣だ。
なぜ二本も今存在しているのか不明だが、はっきりと分かったのは、あれは私を殺すことができる剣だという事。
恐らくナギもそれに感づいた。
バキィィィンッ!!!
激しい音を立てて防御魔法にヒビが入る。
「あともう少しだ」
ダンジョンコア破壊は、もう目前だった――。
火花が散る。
私は勇者の剣を構え、400年前の勇者と正面からぶつかっていた。
アルヴェルの踏み込みは今まで経験した事がない程重く、地面が抉れるほどの重圧が私の足元にのしかかってくる。
斬撃の軌道も無駄がなく、振り上げから着地までが一連の『流れ』として完成していた。
(乱れがない……!)
隙を誘うために放った私の一閃を、アルヴェルは肩をわずかに傾けただけで受け流した。
その動きの余韻すら利用するように、彼の刃が即座に反転し、逆に私の『隙間』を砕くように切り込んでくる。
――そのたびに、私の剣身が硬く軋む。
まるで勇者の剣が悲鳴をあげているかのような……
軋む音に合わせるように、ふと昨晩のドルガンの声が脳裏に蘇った。
『ナギ、勇者の剣はちゃんと鍛冶屋で手入れしてもらっているのか?』
『!』
『してないな?仕方ないヤツだな⋯⋯。明日戻ったらするからな』
アルヴェルの剣圧は、押し返すたびに質量を増すかのようだった。つば元がきしみ、互いの一振り一振りが激しく衝突して、腕の骨まで響く。一撃の連続に、勇者の剣が纏う空気の層までわずかに震えている。
それはまるで「許容量を超えている」と告げられているかのように。
「はっ……くっ!」
躱したと思った瞬間、次の斬撃がすでに迫っている。
息をつく余裕もなく、反撃しようと踏み込んだところへ、アルヴェルの刃が斜め下からすくい上げられた。
危うく首を飛ばされかけ、私は地面を滑るように後退する。
(剣筋が、まるでお手本みたいに狂いがない)
アルヴェルの表情は変わらない。
呼吸の乱れすらない。
重い。
速い。
「アルヴェルさんっ……!」
呼びかけても全く反応はない。
その時、
パリンッ!!
「ナギ、コアを破壊した!」シオルの声が飛んだ。
同時に──。
高い金属音が響いた。
受けようと構えた私の勇者の剣が──
アルヴェルの大剣が、まるで紙を裂くかのように私の剣を断ち切っていた。
「っ……!」
避けきれない!
まるでスローモーションのように、ゆっくりと銀の剣に私の顔が映り込み――
肩から胸元に、焼けるような激痛が走った。
「ナギ!!」
シオルの叫びが、遠くで聞こえていた。




