53話
森でライエル達が魔族と最初に遭遇した時、緊急事態だったため、ナギとシオルは十分な説明をする間もなく、皆の前から転移で姿を消した。
その時のゼノスは唖然としたまま、暫く固まっていたのだが。
実はその後、大変うざ……うるさかった。
『あれは……!!!あれは転移ではないですか!?遠くはるか昔の古代魔術!!!なんと!これを生きている内に、自らの眼で見る事ができるとは……!!!』
レオンハルトとドルガンは知っている。
賢者等と言われて普段は老紳士ぶっているが、ゼノスはただの魔術バカだと。
「ゼノス戻ってこい。オーガ達をナギ無しでやらねばならんぞ」
ドルガンがゼノスを振り向きもせずに声をかける。
「とりあえず、オーガジェネラルを俺とドルガンでやるか。ゼノスはそれ以外のオーガをその間、足止めでも良いから相手しておいてもらえるか?」
レオンハルトが興奮しきりのゼノスに視線をやると、
「良いのですか!?」
なぜかゼノスに興奮気味に返された。
「……嬉しそうだな?」
「ナギのあの魔術!あれほど大きいのは無理ですが結界なら私も使えます!試してみたいですね!」
「……そうか……いきなりオーガに使うのか?大丈夫か?練習しなくて平気か?」
レオンハルトが心配そうな声で何度も尋ねる。
「まず一体、試してみましょう!!」
ゼノスは杖の先を一体のオーガにむける。
そのまま深く集中すると、
「円蓋、顕現せよ!」
詠唱を開始すると同時に、先端から光が迸った。
狙いを定めた、一体のオーガの足元に光の膜が一気に広がり、半球状の膜が空間を覆う。
「一旦これで足止めはできましたが……」
ゼノスはここから更にナギの展開した多重結界の理論を考える。
「ナギの結界はおそらく中心点を定めて、そこに最小単位の結界をもう一つ構築している……」
試しに、結界の中のオーガの足元を中心点とし、再度膜を展開しようと「円蓋、顕現せよ」と、同じ呪文を詠唱したのだが。
「小さい結界を構築することができない?」
⋯⋯同じ大きさのドームが出現し、二重の膜が出来上がってしまった。
ゼノスが目に見えて落胆している。
「だから練習いらないか?って聞いただろうに……」
レオンハルトが残念そうな目でゼノスを見ていると
「剣聖さま?あの……?」
自分たちも!と加勢にきた冒険者一団が、この場にオーガジェネラルが居るとは思えない三人の雰囲気に、ちょっとだけ後ずさっていた。
「おお!ティモ達もきたのか!助かる!」
ゼノスが今ちょっと微妙なので、思わぬ助太刀に本気で喜ぶドルガン。
「はい!あの、オーガの相手をと言うか、援護をどうかなと思って来たんですが⋯⋯いえ、頑張ってみます!」
「⋯⋯ただですね?できれば一体、いや⋯え〜と、二体ぐらいずつで倒したいのですが……」
「そうか!俺とレオンハルトでオーガジェネラルを相手するから、ゼノスにもう一体、結界で囲ってもらおう!」
「「はい!」」
「おい、ゼノス!」
「はい……」
落ち込みながらゼノスは杖を構え、もう一体のオーガに向かって、ぎりぎり聞こえるぐらいの小さな声で詠唱する。
若干背が丸くなってしまったようだが……ゼノスはそのまま集中を切らさず、二体分の結界を維持し始めた。
その隙に、ティモや冒険者たちは残る二体のオーガに慎重に迫った。
ブロードソードを握るティモが先陣に立ち、短剣を握った一人の冒険者が右側から回り込み威嚇をする。
もう一体のオーガには、盾とロングソードを持つ冒険者が正面に立ち、後方から魔術師が支援魔法をかけた。
「力よ、漲れ!」
「肉体よ、堅牢たれ!」
味方からのバフに、冒険者たちの身体が淡く光る。
ティモはブロードソードを大きく振りかぶり、オーガの右腕めがけて振り下ろした。
レオンハルトとドルガンはその様子を視界に収めると、
「よし、俺たちも行くか!」
「やっとだがな」
「俺が一旦正面から攻める、後は頼むぞ」
「了解だ」
二人は息を合わせ、その巨体に突進して行った。
オーガジェネラルはゆっくりと構えを取り、黄色い瞳で二人を捉える――
「まずは一太刀――!」
レオンハルトが叫び、剣を一閃。
オーガジェネラルがその巨大な身体からは想像がつかない俊敏さで、レオンハルトの剣を回避した。
「ッ!!速い!」
返しがてらもう一閃し、オーガジェネラルの体勢を崩す。
その隙にドルガンがその巨大な斧を、オーガジェネラルの下半身に打ち込んだ。
だが、屈強な肉体にダメージはあまり無い。
ドルガンを睨みつけたオーガジェネラルが、その右腕を大きく振りかぶって、頭上めがけて振り下ろした。
ドルガンは盾を頭上に構え、その暴力的な威力を受け止める。衝撃が身体を貫き、地面の土が跳ね上がった。
「……くっ!」
レオンハルトは再び剣を構えると踏み切りと同時に勢いよく跳び上がり、宙を大きく舞い上がった。その勢いのままオーガジェネラルの背後から肩口に斬りかかる。
背後からの衝撃に、オーガジェネラルが黄色い瞳を剥き、凄まじい咆哮をあげながら剣を横殴りに振り抜いた。
「これは凄い!!」
レオンハルトが興奮しながら渾身の力で打ち返し、剣の軌道をわずかに変化させる。
「楽しんでる場合じゃないぞ!」
オーガジェネラルに斧を袈裟懸けに見舞うと、ドルガンが思わずレオンハルトに小言を飛ばした。
「すまんすまん!だがこれだけの戦士はなかなか居ないぞ!」
「それはそうだがな!」
二人はニヤリと笑いながらオーガジェネラルを少しずつ切り刻んでゆく。
ゼノスの結界も依然光を放っており、足止めされたオーガは苛立つように抵抗を強めていた。
落ち込んでいても賢者は賢者。しっかり仕事はする。
集中しながら、まったく微動だにしない結界を維持し続けていた。
「二人も相当なんですけどね……」
レオンハルトとドルガンを見ながら思わず苦笑する。
そう。残念なことに剣聖と戦士も戦闘バカだった。
だが、幸いにもここにいる冒険者たちは、全幅の信頼を剣聖、賢者、戦士に寄せており、自分達の役割を果たすべく、全力でオーガと戦っていた。
じわりじわりとオーガの体力を確実に奪ってゆく。
ティモが一体のオーガを斜めに叩き切った時、ゼノスは思わず杖を持つ手に力が入った。
かつて小さい村の少年だったティモが、今では立派に冒険者となって活躍している姿に、感慨深いものがあった。
幼馴染がナギにべったりだった事にヤキモチを焼いて、思わずその少女にいたずらをしていた少年にナギの怒りが爆発し、しつけと称してレオンハルトが冬ごもりの間鍛える事になったのだが。まさかそのまま冒険者となるとは。
「立派になりましたね…沢山努力したでしょうに」
ゼノスは思った。勇者や剣聖や戦士に鍛えられてしまったが為に、ティモも若干規格外の気配がしているが、そこに至るまでとてつもない研鑽を積んだだろう事を。
もう一体のオーガも無事に冒険者たちが倒した所で、ゼノスは一体分の結界を解除する。
「さあ。あと二体ですよ?頑張ってください」
笑顔で告げるゼノスに、四人はげっそりしていた。
その頃、レオンハルトとドルガンは、頑強な上に、その巨体に似合わぬ俊敏さを備えるオーガジェネラルに、決定打を与えられずにいた。
レオンハルトが小さく息を吐く。
「ドルガン、”全霊力尽”で行く」
「おう。分かった」
下半身を沈め、剣を斜めに構えたまま静かに集中するレオンハルトのために、ドルガンは盾と斧でオーガジェネラルからの凄まじい攻撃を捌いてゆく。
オーガジェネラルは、その太い片足をやや沈め重心を傾けると、巨腕を下から振りかぶった。
その瞬間、ドルガンは目を細めながら盾を地面に叩きつけるように構え、衝撃を全身で受け止める。板金が軋み、腕に伝わる振動が全身に響いた。
続けざまに上段からの攻撃を受け、その衝撃を逃がすとすぐさま斧を振り上げ、オーガジェネラルへ攻撃を叩き込む。土埃が舞い、振動で周囲の小石まで跳ね飛んだ。
「ドルガン!待たせた!」
「おう!!!」
「”全霊力尽”――!」
レオンハルトが叫ぶと同時に、金色の光が刀身を覆い、空気を切り裂く音が辺りに響く。
その残響が消えないまま、突如レオンハルトの姿が消えた。
オーガジェネラルは獲物を見失い、黄色い目を見開き辺りを伺う。だがその姿は見当たらない。
不自然な静寂が訪れ、時間が止まったかのような緊張が辺りを包む。
何かを裂くような、つんざくような音を耳が拾った瞬間――突如目の前に刃が迫った。
オーガジェネラルを捉えた剣撃は、まるで空間をも断ち割るかのように、その巨体を真っ二つに貫いていた。
衝撃波が森を揺らし、地面に積もった土埃が舞い上がる。ドルガンは盾を構えたまま、思わず息を吐く。
「……決まったか」
オーガジェネラルが音を立てて崩れ落ちる中、レオンハルトの剣にはまだ熱を帯びた光が残っていた。
だが――ナギの多重結界の後方から、低く唸るような声が響いた。
二人の視界に巨体が映り込む。
二本の足で大地を踏みしめ、重厚な動きで迫るオーガジェネラル。その黄色い瞳は、仲間の惨状に、怒りと憎悪で燃えていた。




