51話
スタンピード発生から二日目――
「グリフォンの希少種だ!!!!」
魔族の叫び声にシオルは振り返る。空から突風が舞い、甲高い鳴き声が響き渡る。
グリフォンの群れ。その中に、翼が漆黒で、胸部に青白い紋様を刻む“稀少種”が紛れていた。
他の個体よりも、はるかに大きく動きが速い。
魔族の小隊は、何とか魔法で撃破しようと火炎弾を空へ撃ち上げる。だが取り囲むようなグリフォンの群れに当たって、希少種には届かない。
「……当たらない!?」
誰かが息を呑む声が、戦場の轟音の中にかすかに混じる。
怒り狂ったグリフォンの群れが、魔族たちに襲い掛かる。
浮遊していた稀少種が、己を目がけて攻撃を放ったその魔族を標的に、凄まじい勢いで滑空した。
その巨体の鋭い爪が、魔族を捉えようとした、その瞬間――
バリッッ……ガアアアンッ!!!!!!
空を裂く轟音とともに世界が瞬時に白光へ塗りつぶされる。
シオルは金色の魔方陣を一瞬で展開すると、凄まじい稲妻を天からその稀少種に連続で打ち込んでいた。
黒い巨体が焦げ、空から崩れ落ちる。
シオルはさらに連続して稲妻を撃ち出す。翼を広げて逃げ惑うグリフォンの群れも、閃光に追われるまま、瞬く間に黒焦げになり、空中で羽の残骸が散乱していった。
戦場全体に轟くその稲光と雷鳴に、ウェブスター、ロウラン、バルトは息を呑んだ。
「ご主人様?」
「おお……なんて派手な。でもまだ全力じゃないよな」
「多分三割くらいか?…」
空中で飛来する魔物を、息を突く間もなく次々と雷を操り駆逐するシオルに、三人は目を合わせた。
「まだ本来のお姿ではないですからね……」
シオルの姿を見上げながら、ウェブスターは迫りくるラプトルを纏めて糸で切り刻む。
その傍らで、「俺たちもまだ第一形態だし。まだまだ!」ロウランがホーンベアを一刀両断にしていた。
「ご主人様が苛立っている……」
標的の獲物よりはるかに大きい斧を的確に振り回しながら、バルトが呟く。
((奥様が側にいないからだな⋯⋯))
三人の意見は見事に揃っていた。
シオルにとって、ナギと村で暮らし始めてから、こんなに長い間離れていることは今までなかった(まだ2日目だが)。
そしてあちらのナギの周囲には、自分ではない異性がそばに居るだろう事も、とてつもなく苛立ちを加速させていた。
そのイライラを思いっきり獲物にぶつけているんだろうなぁと、三人は少しだけ遠い目をして主の背中を生暖かく見つめ⋯。
((爆発する前に早く終わらせないと……))
あらためて静かに決意していたのだった。
魔族側が配置されている地上では、戦況がさらに激しさを増していた。
今まで地上の魔物をまとめて間引きしていたシオルが、空中のグリフォン対処に回っていたからだ。
群れ単位で押し寄せる魔物を前に、魔族たちは互いに声を掛け合い、必死に陣を守る。
だが、その時。グリフォンの群れとは反対側の、薄暗い雲の合間を縫って飛来するものがあった――
「ゲオルグ!!あれは!?」
以前ナギに斬られ、魔族側の代表としてシオル達と会話をしたその男は、仲間の声に空を見上げた。
「ッ!ワイバーンの群れだ!!!」
ゲオルグはすかさず魔術を展開する。
「風華、咲き狂え!!」
空中に無数の風の刃が出現し、そのままワイバーンを切り裂くも致命傷にはならず……。
何度も詠唱し、魔方陣から魔術を放出する。
逆に獲物と定めたワイバーンが、魔族たちの上空を円を描きながら飛翔し始めた。
「来るぞ!!!」
その瞬間――、地鳴りのような凄まじい轟音が防壁を揺らす。
シオルが巨大な魔方陣を上空に展開、空中にいる魔物をその凄まじい炎の渦で焼き切ったのだ。
炎の竜巻が巻き上げる煙と光の奔流が空を染める。
深紅に染まった空を背景に、浮遊するその姿はまるで――
「魔王陛下……」
ゲオルグは、詠唱なしに巨大な魔方陣を一瞬で展開し、圧倒的な魔力量で放出するシオルの姿が、完全に在りし日の魔王そのままであると気が付いた。
「そうか……ご無事でいらっしゃったのか……」
ゲオルグは戦場で静かに涙していた。
◇◇◇
中央では、防壁の上から弓で魔物を射っていたララベルが、最初にソレに気がついた。
「何かがゆっくり近づいてくる……あれは、ゴブリンの群れ?」
横にいたエリカが、樹々が押し倒されすっかり魔物一色になってしまった山肌に視線を送る。
「オークの姿も見えます……!!オーガもいるわ!!」
その声をうけて見張り台の兵士が、その方角を確認すると
「隊長!!北北東です!その数把握できません!!!」
王国騎士団、第三部隊の隊長は、すかさず弓隊にその方角に向かって火矢を放つ指示を出す。
火矢は三本。
それは魔物の注意すべき、大規模な集団襲来を意味する。
「ナギ!!」
レオンハルトが私に近づきながら声をあげる。
「スキルで把握できるか!?」
「やってみる!」
迫ってくるその群れに対して《空識》を発動する。
しかし規模が大きいらしく、全体像を把握できない。
「……!!」
焦りに眼に力がこもる。
更に空中に意識を集中する。
天からの視点――それはまるで人工衛星のように……上空から覗き込むようなイメージ。
はるか彼方へ上へ、上へ…ゆっくりと視界を引き上げる。
地面は遠く下方に小さく縮まり、森も川も防壁で囲まれた村も。
《千里眼》――
衛星写真のような図が幾重もウインドウのように目の前に表示され、魔力の流れが目に見えて把握できた。
群れの動きも、今なら識別できる。何ならそのウインドウの右端に小さく数字が書いてある。
(なんて便利!)
「見えた!!!」
「数は分かるか!?」
ドルガンが私を振り返りながら、斧を振り下ろす。
「数は多分2000!」右端の数字を読み上げる。
「2000⁉」
近くで戦っていたティモが叫んだ。
杖を翳し魔術を放出していたゼノスも、私を振り向き声を荒げる。
「勢いはないかもしれませんが、数が多すぎます!」
その時、浮遊していたマーニャが側に降り立った。
「我々が5名が前線に出ます」
「あれぐらい余裕だよ~」
イグナが太刀を魔物に突き刺す。
「皆さんは一度回復を。ずっと戦っていらっしゃいますから」
状況を察したリュミエルが防壁から前線に出てきた。
「ありがと!でもリュミエルとトリアは、防壁前と堀を維持しててほしい」
私は皆の言葉を聞きながら、何とか軍団を分断できないかと考えていた。
そう、大量のイノシシの群れを狩った時みたいに。
でもここにはシオルもウェブスターもいない。
分断する何か――軍団を隔てられるもの……
(!!)
シオルの声を思い出す。地形操作?
そうだ。
《界域》あれば空間操作の技だった。
地形ごと操作して分断する?
「ごめん、皆。ちょっとだけ私集中する!!」
私の言葉に全員がこちらを振り向いた。
《千里眼》で視点を次々と絞り込みながら《界域》を発動する。
2000を1000に――1000を500に。
空間を圧迫して地形を隆起させ、群れを物理的に分断していく。
その異常な空気の動きを、オーガ数体が気づいたようだった。
だが私はひたすら細かく分断する作業を続ける。
正六面体に区切られたゴブリンとオークの軍団は、思うように進めなくなり戸惑っていた。
こちらに向かって、思いっきり武器を振り上げている。
「ナギ!あれは……?」
レオンハルトが遠くを見つめながら、初めてみた光景に驚きの声を上げる。
「とりあえず分断したんだけど……数が多すぎる上に、そこからこぼれた魔物もいるの」
「分断?どうなってるんだ?」
ドルガンが私に向かってきていたコボルトの群れを、次々と一閃していく。
「あれは魔術ですか?特殊スキルですか?ナギ?」
ゼノスが目を輝かせながら、襲い掛かって来たホーンベアを杖で殴っていた。
「ゼノス……お前さんは魔術を使え」
そのホーンベアを両断しながら、ドルガンが呆れた声を出す。
「あれを一塊ごとに倒していく感じですか?」
ティモがレオンハルトに質問している。
「いや……どうだろうか?ナギあれは我々の攻撃は通るのか?」
「攻撃を通すなら、あれを一旦解除しないと無理かも。空間を隔ててるので」
「なるほど」
「他の魔物も対処しながら、あの量を人海戦術でやるか……」
「うむ…」
「う~~ん」
周りで皆が魔物を狩る中、何とかこの遮断した状態で処理できないか考える。
シオルは言っていた。
『ナギの場合、物理的に《界域》の外側と内側で隔たりがある。もし生物に対して内側が安全地帯なら、これは結界になる』
『結界が多様できれば、多重結界なども作れるようになるかもしれない』
いま、魔物は自由に暴れているから内側は安全地帯なんだ。
もし多様できれば?
多重結界――?
「出来るかわからないけど……」
私は更にイメージする。
自分の《界域》の中に更に空間を生成する事は可能だろうか?
別の空間が重ねられ、中から押し広げ物理的に圧迫する。
試しに《千里眼》で視点を絞り込んだ一点の《界域》の中に、更に小さい《界域》をイメージする。それを大きく広げていくと……
中のゴブリンが暴れ出した。
その様子にレオンハルト達も気づく。
「ナギ?何を?」
「全て押し潰す」――そう。多重結界で物理的にゴブリン達を全て圧迫死させようとしていた。




