49話
作業は急ピッチで進められた。
設計図を手にドルガンが中央拠点の構造を村人達へ指示すると、ゼノスは魔術を使い、スタンピードを阻むための深く幅広い堀を掘り上げていった。
レオンハルトは第三部隊と共に必要な物資を運搬し、次々と陣地の基盤を整えていく。
シオルは屋敷からメイドたちを呼び寄せ、リュミエルにハイポーションの量産を指示、中央の拠点ではトリアに城壁のように厚い防壁を掘の内側に作らせた。
そのまま自身は右陣の拠点を魔術で猛スピードで作り上げていく。
シオルの魔術を纏うその姿は、まるで魔王と同じ色彩で……
魔族たちは「そんなはずはない」と思いながらも、自然と魔王の影を重ねるようになっていた。
そのせいか……右陣の作業はシオルの采配に従い、着々と進められていった。
「ナギ」
右陣の様子を見に来た私に、シオルが声をかけてきた。
「どう?拠点の様子は。武器とか食糧とか足りてる?」
振り返りつつ、シオルに調子を尋ねる。
「フェリアとイグナが調達してきた。魔族の中には魔術を使用する者もいるが……やはり人数的に戦力は低い」
「やっぱり……」
「こちらは予定通り、私とウェブスター、ロウラン、バルトで担当する」
「わかった。マーニャさん達は中央の配置で良いの?大丈夫?」
「問題ない。むしろ中央が心配だ」
「こっちは助かるけど……」
「ナギがケガしないか心配過ぎて、本当は嫌だ」
「あ~うん。ケガしないように気を付けます」
「周りが男ばっかりだから、必ずメイド達と一緒に居るように」
「え」
「メイド達と一緒にいるように」
二度言われた……。
「……戦闘になったら難しいよ……?」
「大丈夫だ。マーニャが側に必ずつくようにする」
「そう……」
「無事に終わったら、また屋敷で二人でゆっくりしたい」
「うん。そうだね」
「ここは色々と男が周りに居て、落ち着かないからな」
完全にシオルが苛立っている。
「怒ってる……?」
「……怒ってはいない。ただ、ナギには私だけ見ていて欲しいだけだ」
「スタンピードだからしょうがないよ?」
「分かっている。右陣に私が配置も、戦力的に仕方がないと理解している」
(おお……)
その様子に、思わずシオルをじっと見つめてしまった。
憮然としたまま前方に視線を送っている。
何だろうか……
この感じ。
「頑張ったらさ」
「?」
シオルがこちらに視線を向けた。
「お互いにご褒美を贈り合うってどう?」
「ご褒美?」
「そう」
私が微笑みながら提案すると、シオルが目をしばたいて考え込んだ。
「それは……何でも良いのか?私が望む物を?」
「そうだね。私があげられる物なら何でも」
「そうか……!」
目に見えて機嫌が良くなってきた。
「約束だぞ!ナギ」
シオルの嬉しそうな声に私も嬉しくなる。
そのまま二人で手を繋ぎながら、右陣の様子を見て回った。
「ダンジョンコア?」
それは私たちに情報をもたらした、魔族の一体からの報告だった。
そう言えば、”ダンジョンコア”についてララベルが質問していたと思い出す。
「そうだ。ダンジョンコアが魔物を生成、統括しているため、ここを壊さないと追加で沸いて出る」
「破壊しても一度沸いて出た魔物は消え去らないが……ある段階で壊しにいくのは有りかもしれないな」
シオルが同意する。
「隙を見て、それを壊しに行ってくる」
魔族が自ら申し出てきた。
「お前が?辿りつけるのか?」
「一度見たことがある。ダンジョン内の道なら大丈夫だ」
「……」
「ちょっと良い?」
シオルと魔族の会話に、気になった事を尋ねる。
「壊さない限り沸いて出るんだよね?」
「そうだ」
「ダンジョン魔物だらけ、って事じゃないの?」
「……そうだ」
「あなただけでは無理じゃないかな?他にも行ける人、いるの?」
「いや……道を知っている者はもう自分だけだ」
「一人?」
「そうだ……」
「それなら私も行くよ」
「ナギ!!」
シオルが私の手を引く。
「誰かが行かないといけないんでしょ?」
「ナギが行く必要はない!」
「でも壊さないと沸いてでるんでしょ?」
「だが!」
「じゃあ一緒に来てくれる?」
「当たり前だ!」
「なら、大丈夫じゃないかな?」
「……ナギ……」
「一緒に来てくれるなら、絶対大丈夫でしょ?」
シオルが私の手を固く握ったまま溜息を吐いた。
「そうだな。絶対大丈夫だ」
それを聞いて、私は微笑むと魔族を見つめる。
「一緒に行くから。道案内だけしてくれる?」
そこには私たちの顔を交互にみながら、困惑する魔族が居た。
怖くないわけじゃない。でも……シオルが一緒なら大丈夫。
心からシオルを信じている。
だから、きっとスタンピードも乗り越えてみせる。
皆一緒に。
使者として行ったララベルから、ライヒベルク卿よりスタンピードに三方向から対処する作戦に応じる回答があり、本格的な作戦実行に向け、私たちは猛スピードで作業を進めていった。
スタンピード発生が、もう目の前だった。




