46話
「……話がそれましたが。もう一つ、お伝えしなければいけない事が。リアノーラ様とエドワード殿下より、ナギ様とシオル様へお言伝をお預かりしております」
ララベルは一度言葉を区切り、慎重に続けた。
「第一王子エドワード殿下の立太子の儀と婚姻の儀に勇者ナギ様をお招きする件、――そして、シオル様のご同行についてですが」
「シオルの同行、まずかったかな?リアノーラさん、招待状を送るって言ってたけど……」
質問した私に、ララベルはゆっくりと頷いた。
「同行は問題ございません。今回、招待状もお持ちしております。ただ……」
ララベルは少し言い淀み、視線を伏せた。
「先日、リアノーラ様がシオル様の正式なお名前を伺われた際、その“お名”――、一族の名が、王家の正式な文書に記すにはあまりに重く、憚られるとのことで……」
「憚られる?」
「わたくしも詳細は聞き及んでおりません。シオル様の一族の名、それは王族の教育課程でしか語られぬ、古の神話に登場する尊き御名だそうです。真偽もそうですが、真実であるなら尚更、王家としても軽々に扱うことはできぬとのことで……。今回は、あくまで“勇者ナギ様のご夫君”として、式にご招待したいとのことでした」
古の神話に登場する尊き御名…?
思わずシオルを見つめる。
「……」
シオルは私の視線に気が付くと、軽く頷き、
「名を伏せるという事だな?承知した。ナギと一緒なら問題ない」
私の右手を更に強く握った。
ララベルはその返事に軽く一礼すると、改めて私に視線を移し、
「なお、式典の際は、ナギ様には王家の一員として列席していただきたい、とのご要望もございました」
「王家の一員?」
「はい。ナギ様、以前エドワード殿下より指輪を下賜されていらっしゃいますか?」
「指輪……」
シオルが私の右手の甲を親指でなぞりだした。
「……(シオル?)」
「……」
無言でスリスリと薬指のあたりを意味深に触っている。
「ナギ様?」
「あ、えっと頂いてます」
ちょっと挙動不審な私に、ララベルが心配そうに見つめる。
「そちらを付けて頂き、おいで頂きたいとの事でした」
「え」
「男物の指輪だそうですので、少々調整が必要かもしれない、とのお仰せでした」
「つけるの?」
「?はい。王家の一員としてつけて頂きたいのですが…」
シオルの指が止まらない。
「右手の……人差し指か中指でも良いかな?」
「はい?」
「いや、その、」
「?どちらの指でも大丈夫かと」
「そうなんだ!良かった!」
安心した私は、思わず左手でシオルの手を止めた。
これ以上、変に私の指の付け根を撫でないでほしい……
横を見ると、ジトっとした目でシオルがこちらを見ていた。
「右手に!み・ぎ・て、にするから!」
宣言するようにもう一度念を押す。
やっとシオルの左手の動きが止まった。
だが……多分まだ不機嫌だ。
私たちの変な攻防に、ララベルは怪訝な顔をしていたが、
レオンハルト達には気づかれなかったようだ。
「俺たちも招待されてるんだ。また全員揃うな!」
レオンハルトが笑顔で両腕を組んだ。
「今回、エリシアは来れなかったから、なおさら楽しみだ」
穏やかにゼノスが頷き、
「こうして定期的に、皆が揃うのは喜ばしいことです」
年長者らしい落ち着いた口調で言った。
ドルガンは目を輝かせ、
「お酒も楽しみだ!前回は量がちょっと足りなかったからな」
すると、村長が笑いながら付け加える。
「お酒といえば、ララベル様は下戸でしたな」
軽く肩をすくめたララベルが、少し赤くなりながら、
「どうも私の一族は皆、お酒に弱かったようで……私もあまり強くありません」
「ララベルさん、お酒飲めないの?村長良くご存じですね」
私がふと疑問に思って尋ねると、村長は優しく目を細め優しく頷き、
「収穫祭の夜、ララベル様がこちらへお越しになった時、ここでライエルと酒盛りしておりましてな。ライエルとララベル様は、かつて辺境伯軍で共に過ごした仲間でして。久しぶりに再会されたのもあって、せっかくだからとお祝いを…。ララベルさまが飲めないとは全く気付かず、勧めすぎてしまいました」
「え!二人は知り合いだったんだ!」
意外な接点に驚く。
ララベルの目が一瞬柔らかくなり、思い出すように微笑んだ。
「ライエル隊長には昔、本当にお世話になりました。久しぶりに顔を合わせ、夜遅くまで語り明かしてしまいました」
村長は穏やかな表情で目を細め、
「あの夜は、本当に楽しそうでしたね。二人とも、時が経っても変わらないようでした」
ララベルと村長の穏やかな会話が続く中、シオルが急に立ち上がり、窓に身体を近づけた。
青い目が細められ、鋭く森の方角を捉える。
その突然の行動に全員の視線がシオルに向けられた。
「シオル?どうしたの?」
「ナギ。森の方角からソラスの微弱な発動を感じた」
「!?」
私も慌てて彼の側に近寄った。
シオルが発した”ソラス”の言葉に、村長の顔色も変わる。
「なんと……」
「森って、まさかライエルさんたちじゃ……!」
焦ってシオルの見つめる方角に視線を送るが、森は静かなままだ。
「ナギ?どうした?」
「何事だ?」
レオンハルトとドルガンが口を開く。
「この村の皆に配っている守護石が発動したみたいなの!」
「守護石?」
聞きなれない言葉に、ゼノスが思わずつぶやく。
ララベルが不安そうな顔で私の側に寄った。
「ナギさま、ライエル隊長が何か……?」
「ライエルさんが森で、カイルとリルと狩りの練習をしているはず……!多分三人に何かあったんだと思う」
「!!」
シオルは森の方角を見つめたまま、何か魔術を発動しているようだった。
「シオル?場所って分かる?」
「ウェブスターの子飼いの虫を使い、発動地点の座標を特定している」
「走っていった方が早い?」
「いや、今特定した。転移する」
「分かった!」
「ナギ?どういうことだ?森のどこだ?」
レオンハルトとドルガンが立ち上がる。
「緊急事態なんだな?」
「今は急ぐから。私たちだけですぐ移動します!ごめんなさい!」
「飛ぶぞナギ」
シオルが右手をかざすと私たちの足元に魔方陣が出現した。
鮮烈な輝きが身体を包み込む。
次の瞬間、私たちは光とともに皆の前から消え去った。




