45話
「まずはこちらの通達につきまして、ご報告させて頂きます」
ララベルは丁寧に頭を下げ、リアノーラからの手紙を私とシオルに差し出した。
「本件は、リアノーラ様が議会へ提案し、エドワード殿下を中心とした評議員にて議決されました」
私たちはゆっくりと手紙に目を通す。
「北部領に関して、王家より正式な指示がありました。北部を治める貴族の横暴がここ数年、目に余るものとなったことを受け、一度北部領を解体するとのことです」
すでに用意していた地図で、ララベルが該当地域を指し示す。
「ライヒベルク家は、管理する領地の規模を南に縮小。あわせて北部の五つの貴族領も土地を縮小され、また二つの領地は王都寄りの南方へ配置換えが行われます。更に一つは貴族籍を剝奪されることに。残された北部の土地はすべて王領として管理されることになりました」
地図で確認すると、王領とする地域はこの村を含み、今回併合した領土はほぼライヒベルク家と同等の広さになるようだった。
ララベルさらに続ける。
「貴族籍を剝奪されるモンテ家ですが、ライヒベルク家で幽閉されていたミレーナ嬢に勝手に面会し、連れ出そうとした上、それを阻まれるも一向に反省の様子が見られず……。情状を考慮する価値もないほどの行為と判断され、満場一致で貴族籍を剝奪されることとなりました。その資産は、今回の見舞金という名の慰謝料としてこの村に与えられることになっております」
「え!そうなの!?あの令嬢の家ってやばかったんだね……」
ありえない。あんな暴挙をしておいて……。
どれだけ身勝手なんだ。
結局、親も親だったということか。
「はい。何よりライヒベルク卿がこの件でかなりお怒りでして…実の妹御の婚家でしたが。決定に異を唱える事はありませんでした」
ライヒベルク卿が気の毒になってきた。
「今回王領とするにあたって、いずれ正式な王領代官が配置されますが、その前に一度この辺りの領地を整理しなくてはならず、私と王国騎士団の第三部隊が派遣されました。私にとっても所縁のある土地がありましたので……」
「ララベルさんが?」
「かつてこの辺り一帯を治めていたのは、我がシュタインベルクでした」
そう言って地図をそっと指でたどる。
この村を含むやや東よりの土地から南方、ライヒベルク家の治める一部の地域に至る部分。
「それとこの辺りも」
魔王領のはずれを、指先で丸で囲む。
「シュタインベルクは滅んでしまいましたが……まさか、かつての領地に再び関われるとは……」
北部辺境にはかつて魔王領を左右から挟むべく、二家の辺境伯家が存在した。
王国を支える二翼の伯爵家。
右翼のシュタインベルク
左翼のライヒベルク
だが、右翼のシュタインベルク家は、二十年前突如スタンピードに襲われる。
襲来した魔物の大群に対し、シュタインベルク家と直属の辺境伯軍、また領民も全力で応戦し、家族とそして王国を守るため必死に戦いに挑んだ。
下手をすれば国一つを滅ぼしかねない災害を、ここで食い止めようと昼夜戦い抜いた。
だが――、戦いの果てに辺境伯家の者たちは消え去り、家の旗も城も、築き上げた領地の痕跡も大半の領民も失われてしまう。
わずかに数か所の村落だけが残り、戦力を大きく失った王国は、これらを左翼のライヒベルク家の領地に併合し、新たな北部辺境伯領として再編せざるを得なかった。
そこからライヒベルク家の一派と、残された北部貴族らは、魔族から王国を守る要として力を増し、魔王が勇者によって討伐されると、権力と武力を盾に、横暴さを露わにしてさらに増長する一途を辿る。
ララベル・フォン・シュタインベルク。
彼女はこのシュタインベルク辺境伯の次女であった。
あの日、幼いララベルはまだ戦う力を持たず、家族の決断によって若干の護衛の兵士と共に領外へと逃げのび、ライヒベルク家へ保護されていた。
生き延びたララベルは自らの意思で伯爵令嬢としての身分を捨て、ライヒベルク家の庇護の下、一兵士として剣や戦術を学び、訓練を積む日々を過ごしていく。
やがて成長した彼女は、北部を視察に訪れたエドワード王子の目に留まる。王子の婚約者候補だったリアノーラの護衛兼侍女として抜擢され、今に至るまでグレイヴンホルム家に仕えていたのだった。
「王領代官が正式に任命されるまでの間、代理としてその任を拝命いたしました。リアノーラ様も正式に皇太子妃となられることが決まり、王宮へとその身を移されましたので、護衛の任を解かれることになりまして」
「……つまり、ここを暫くララベル様が管理されるのですな?」
村長がララベルをじっと見つめ、ほっとしたように呟いた。
その声色に喜びが混じっている。
「はい。まずは北部の再編に伴う土地の整理と、領地を配置変えする貴族家の資産・記録の確認を行います。魔族領との境もできれば明確にし、防壁の修繕をしたいところですが……」
かつてこの地を失い、今再び戻ってくる事ができた……
ララベルの声は淡々としていたが、その眼差しの奥には覚悟の光が宿っていた。
「ララベルさん、私も手伝わせて」
「ナギ様……」
「私の召喚がもっと早ければ……シュタインベルク領は無事だったのかもしれないよね」
思わず声を落とした私に、シオルが言葉を挟む。
「スタンピードは規模にもよるが、間違えば国一つ滅ぶ魔物の暴走だ。ナギの召喚がたとえ早かったとしても、この辺りの土地は危うかっただろう」
「……」
「むしろ、右翼の領家が全力で守ったからこそ、この辺りの村々は今も残っているのではないか?」
「そうですな……」
長老がお茶を飲みながら続ける。
「我々も戦う術はありますが。スタンピードとなると、きっと大量の村人が犠牲になったでしょう」
「戦う術?」
思わぬ村長の言葉に私が質問すると、
「……この村は、かつての勇者アルヴェル様と従者アリエル様が約束を交わされ、別れた場所なのです」
「えっ!」
私が村長の言葉に驚いてシオルを見上げると、珍しくシオルも目を見開いていた。
「アルヴェル様の戦闘スキルや特殊スキル《悟り》と、アリエル様がお持ちだった魔術や索敵スキルを使える者が、村人の中にかなりおります」
「かつて400年前、アルヴェル様とアリエル様がこの場所まで北上した際、アリエル様が妊娠されている事がわかりまして。アルヴェル様は、この森に住んでいた炭焼き小屋の夫婦に、アリエル様をお預けになりました」
ララベルが私たちに説明する。
「その時に、”自分は勇者である事”、”魔王を倒し必ずこの場所に戻ってくる事”を約束され、アルヴェル様は一人魔王城に向かわれたそうです」
村長がそっとララベルにもお茶を差し出す。
ララベルはお礼を言い、ゆっくりとお茶を口に含み――、
「……けれど、アルヴェル様はお戻りにはなりませんでした」
目を伏せて言葉を続ける。
「アリエル様はこの土地で双子のお子様を出産されました。いつまでも……いつか勇者さまが帰ってくると信じて。ひたすら待つために、この場所を約束の場所とされたのです」
「約束の場所……」
「アルヴェル様は出発される際、言葉を残されたそうです。人が増え、森を切り開き、村として大きくなるとその言葉が……”キャラッ レ アリエル”が村名となりました」
Gealladh le Ariel――アリエルとの約束
私がこの村に初めて訪れた時の事を思い出す。
夜なのに子供のカイルが私を見つけ出した事を。リルは私を「待っていた」と言っていた……。
「この村の人々の中に、400年前の勇者の血を引いている者がいるのか?」
レオンハルトが驚愕し、ドルガンも余りの事に言葉を発せずにいる。
「驚きましたね……」
ゼノスが嘆息しながら、手元のお茶を見つめた。
「ララベルさんの一族はそれを知っていたの?」
私の質問に、
「はい。シュタインベルク家は、一族に連なる者なら幼き頃より教えられます」
「ライヒベルク卿は?」
「辺境伯様はご存じでしたでしょう。ただしそれ以外の一族の方は……」
「知っていたら、この村で、あの令嬢のような騒ぎは起こさなかったよね……」
「左様でございますね」
あまりにも愚かな……。
「王家の皆さんは知っているのかな?」
「…どうでしょうか。従者様、アリエル様のお名前が、教会などを含め後世に伝わっていないことから、なんとも判断ができかねるのですが…」
「そうだね……」
「400年前の勇者か……」
シオルが珍しくため息をこぼした。
「その血脈が続いていたとは、驚いたな」
その青い目がどこか遠くを見つめている。
「この村から出ていった者も居るんだろう?」
ドルガンが村長に尋ねた。
「はい。もちろん結婚や商いなどで出て行った者もおります。今回薬師の家を訪ねてきた夫婦の女性もおそらく、祖先はこの村出身でしょう」
「え?」
「血が呼ぶのですよ」
村長が嬉しそうに笑う。
「理屈ではなく、その血が。分かるのです」
不思議な話だった。でも何となくそんな気もした。
勇者の血を引いている……だからエリンはあの時、魔族相手に勇敢に戦ったのだと。
村長の言葉に納得してしまう自分がいた。




