43話
「エリカちゃんは昨晩どこに泊まったの?」
「ひとまず村長さんの家に泊めてもらったよ。荷物は昨日の夜の内に薬師のおばあちゃんの家に預けておいたの」
「そっか。じゃあ村長の家から直接ここへ来たの?」
「そうなの。だからまた薬の整理をしに、これから薬師のおばあちゃんの家に行こうと思って」
私の右腕にエリカがしがみつくと、すかさず空いていた左手はシオルにしっかりと握られてしまった。
ちょっと窮屈なまま、三人でゆっくりと丘を下っていると、徐々に不穏な空気が左側から漂ってきた。
「シオル?心配かけてごめんね」
「……ナギが無事なら良い」
「うん」――少しだけ息を吐いてから続ける。
「エリカちゃんは、私の大切な友人の妹なの」
「友人?以前温泉で言っていた人物か?」
「そう。もうだいぶ前に亡くなったんだけど……ここよりも、もっと南東に下った所にある村の薬師だったんだよ」
「そうか。その小娘はその妹ということか」
「小娘?」
右側からも怪しい気配が。
「シオル……小娘”じゃなくて、“エリカちゃん”って名前が」
「小娘、いいかげんナギから離れろ」
「何ですって?」
シオル…と呼びかける私の声は右からの圧力に消えていった。
「ナギが歩きづらいだろうが」
「勇者さま?歩きづらい?私、邪魔?」
「いや……大丈夫だよ。エリカちゃん」
「勇者さまはこう言ってますが?」
いや、エリカちゃんも煽らないで……と声をかけるも、左からの冷気に尻すぼみになる。
「ナギ?その小娘、黙らせてもよいか?うるさいだろう?」
シオルの左手から魔方陣が渦巻く。
「いやいやいや」
左右から剣呑な空気が漂う。
何でか、この二人相性が悪い……。
頭を抱えながら丘を降りきると、荷馬車が見えた。
軒先に薬草を干した家の戸口で、木箱を抱えている背中がちらりと目に入る。
「あ!ティモ!!」
エリカの声に、私はそちらに視線を向けた。
木箱を運ぶ青年が振り向く。琥珀色のくせ毛が軽やかに跳ねた。
ティモはにこっと笑って木箱をその場に下ろすと、
「エリカ、おかえり。花は見れたか?」
「うん、沢山咲いてたよ!」
私の右腕にしっかりしがみついたまま、エリカがティモに微笑む。
その二人の様子をシオルが少しだけ不思議そうに見つめていた。
ティモの視線が私へ移る。
こちらをじっと見据えたまま、律儀に会釈した。
「勇者さま、お久しぶりです。ティモです」
「……」
そこには、かつて村でエリカを追いかけまわしては、いたずらを繰り返していた少年の面影があった。
エリカが言っているように、冒険者として頑張ってきた努力の証だろう。
マントの影からシルバーランクのバッジがキラリと光っている。
私は思わず穏やかに笑って――右手でゆっくりと勇者の剣を掴み、ティモに剣先を向けた。
「ちょうど良かった」
「え?」戸惑うティモと
「勇者さま!?」焦るエリカ。
「ん?ナギ?」何故かちょっと楽しそうなシオル。
「エリカちゃんと結婚したんだって?へぇ~……そうなんだ」
「え?エリカ?勇者さま怒ってない?」
「全力で逃げてティモ!!」
「え。」
「エリカちゃんは大事な妹だからさ。認められないんだよね。私より弱い男は」
「え!」
「勇者さま!無理だから!勇者さまより強い人なんていないから!」
「大丈夫だよ。エリカちゃん。ちょっと腕の二本や三本やるだけだから」
「「せめて一本にして!」」
「ナギ?」
さっきよりも楽しそうなシオルが、横から加勢してきた。
「手伝おう。消し炭にしたらよいか?」
「「ちょっと!!!!」」
物騒な内容に、又しても二人からのツッコミがきれいにはもる。
私は相変わらず穏やかに微笑み(目は笑っていない)、剣をゆっくり自分の肩にトントンと動かしながら、
「どうしたの?そんなんでエリカちゃんを守れるのかな?」
「「!」」
「ナギがやるのか?私がやってもよいのだが」
「そうだね~シオルがやると本当に消し炭にしちゃうでしょう?」
「駄目なのか?」
私たちのやり取りに二人の顔色はどんどん悪くなっていく。
エリカが私の袖を両手で握りしめ、早口で言った。
「勇者さま……ティモ、昔はちょっと……いや、だいぶ悪かったけど、今は多分違うんです!」
「エリカ……」
フォローがフォローになりきっていない事にエリカは気づいていない。
「ティモ君?ちょうどいい空き地がソコにあるね」
相変わらず、うっすらと笑う私が怖いのか、ティモは観念したように天を仰いだ。
「まじかぁぁぁ……」
「勇者さま!?お手柔らかにしてね!?」
「大丈夫大丈夫。実力見るだけだから」
「本当だよね!?」
三人で空き地に移動する横で、シオルは薬師のおばあちゃんから温かいお茶の差し入れを貰っていた。
そのまま薬の整理を手伝うようだ。
屋根の雪解け水の落ちる音が響く中、私はティモに向かって鞘に納めたままの剣を振り上げていた。
◇◇◇
「ナギさん?ここに居たんですね」
ティモを散々しばき倒し、薬師のおばあちゃんの家で薬草茶を飲んでいると、猟師のライエルが尋ねてきた。
「ライエルさん?どうしました?」
「ナギさんもシオルさんも家に居なかったので、探しました……」
ちょっとくたびれている。
「それはすみません…!何か御用でしたか?」
私がライエルと話していると、またシオルの機嫌が悪くなった。
最近シオルの機嫌スイッチが、何となく分かるようになってきた気がする……。
「実は今、村長の家に来客がいらっしゃってまして」
「ん?エリカちゃん達では?」
「え?いや……実は薬師さんとご一緒に」
「あ!そうだった!」
エリカが突然大声をあげる。
「辺境伯領から、ご一緒させて頂いてたの!」
「ん?」
再び、ライエルに視線を向ける。
「王都からの使者がいらっしゃっています」
「王都から?」
「はい。収穫祭の時の見舞金と、例の子爵家の処置など報告があるとの事で」
「村長が聞いてくれて、大丈夫なら良いよ?」
「いや、その使者の用件もそれだけでなく…更にその使者の随行で……」
「随行……?」
「あのね!剣聖さまと賢者さま、戦士さまがご一緒だったの!」
「え……?」
突然の勇者パーティとの再会が待っていた。




