40話
中央の泉の水面がほのかな風をうけて揺れる中、私達はゆっくりと東屋のテーブルに腰をかけた。
そこには色とりどりの料理がテーブル一杯に並ぶ。やや厚めにスライスされたローストビーフの様な肉の塊は、中心が淡いピンク色で、赤いソースが艶やかに滴っている。
皮目をカリッと香ばしく焼かれた魚の切り身、一口サイズのパイは外がサクサク、中からはとろけるような具が顔を出し、表面が香ばしく焼き上がったミニ・タルトには、クリームとロベルのジャムがたっぷりと乗り、光を受けてきらきらと輝いていた。
大きめのお皿には、焼き菓子がこれでもかと盛られていて、それぞれ味も食感も違って、口に運ぶたびに小さな驚きだった。
ひとつひとつ、何の食材かイマイチ分からないながらも、見ても美しいそれらがとても楽しくて。
一口食べるたび、口に広がる美味しさに目を細めて夢中で食べていた。
私が選びながら食べる中、シオルは横から甲斐甲斐しく世話をしていて。
手ずから食べさせるか、皿が空くたびに新しい品を差し出してきて、飲み物の減り具合を確認しては注ぎ足す。
私のお気に入りが分かると、すかさず部屋の外にいる使用人に念を飛ばしていたので、食事の好みを細かく記録させているようだった。
その念の入り方にちょっと引きつつも……。
きっと私の為なんだと分かっているので、そのさりげない気遣いに気が付かないふりをした。
美しい泉が見える東屋で。とびっきりのオシャレをして、とても美味しい料理に囲まれて、見たこともないほど美しい花束までもらって。
私が喜ぶと、シオルもとろけるような微笑みを浮かべてくれて。
私の初めてのデートは一生忘れられない思い出になった。
◇◇◇
シオルの屋敷での充実した日々を終えて、私たちは村へと戻って来た。
とはいえ、まだ北部は真冬で吹雪が酷く、迂闊に外には出られない。
早速とりかかったのは、屋敷でもらったレシピ(記録)に日本の食材をあてはめる作業だった。
たとえば、”カブの味がするポタージュ”で使われていた野菜を図鑑から探し出し、そこに”カブ風”とメモをする。
ローストビーフ風だった肉や塩漬けされていた魚料理も、料理の本に味と食感、日本で言うところの”牛肉風”、魚なら”ます?風”とメモをしていった。
同様に薬草図鑑にも、今回料理で使われた香草をメモする。ホットワインに使われた香草なら、そのページに”シナモン風”と。
ページをめくり、ペンを走らせながら、楽しそうに少し笑みを浮かべてメモを続けていた。
「どうだ?あちらでとった記録は役に立ちそうか?」
シオルが後ろから覗き込んできた。
「うんうん。大分充実してきたよ。これが埋まって行けば、食材で困ったり味でびっくりすることが減りそうだよ!」
「それは良かった」
「沢山食材も貰って来たしね!色々料理ができるかもね」
「そうだな」
「畑用のタネも貰って来たから、今年はトマト以外に挑戦したいね」
「”けちゃっぷ”も又食べたいのだが……」
「そう?じゃあトマトと他の野菜かな~?」
「うむ」
単純な作業だけど、これからの事を考えたら少し楽しみだった。
「そういえば、ナギ」
温かいお茶を入れてくれたシオルが、手渡しながら声をかける。
「ん?」
「”指輪”の件なのだが」
「んん」
いきなり何だか恥ずかしい感じの話題をぶっこんで来た。
「ん、婚約指輪とか結婚指輪の話?」
ふと思い出す。
「あ。それとも殿下からもらった指輪の方?」
「殿下?」
シオルの周りの温度が下がった。違ったらしい。
「……婚約指輪と結婚指輪の事かな?」
「いや、それよりも今聞き捨てならない話がでた。殿下からもらった指輪とはなんだ?」
絶対零度のシオルがいる。
「えっと。婚約破棄した話はしたよね?」
「うむ」
「魔王討伐の後、王都から出る時に”旅の加護”になればって王家の紋章入りの指輪を貰ったんだよ。それだけだよ」
「……」
絶対零度が溶けない。
「クルクル」
そっとクルクルを呼んで、アイテムボックスにしまっていたその指輪を摘まみだす。
「ほら。これ」
シオルに手渡してもシオルの眉間の皺が取れない。
めんどくさい……。
「男物の指輪でしょう?勇者としてではなく冒険者として生きていく、って宣言したから、後ろ盾の意味でくれたんだよ」
「……」
「今まで忘れてたくらいだよ」
「……」
「……」
めんどくさい。
「私がもらうなら綺麗な青か、白く輝く魔石の指輪が良いな」
「!!!」
ちょっと浮上した。
「それでね、左手の薬指にするの」
「薬指?」
お。食いついた。
「そうそう。あちらでは大事な指輪は左手の薬指にするの」
「そうなのか?」
よし。絶対零度もいい感じに溶けてきた。
「だからこの指にはまる指輪が欲しいな」
「うむ」
「それでね、一つで良いの」
「?婚約と結婚と二つでは?」
「う~~~ん。それもそうなんだけど。私剣握るから二つはどうだろう?握りづらくならないかな?」
「なるほど?」
「だから貰うなら”世界でたった一つ”が良い」
「!!」
「それもシオルとお揃いが良い」
「……そうか……」
よし完璧に溶け切った。むしろ熱いぐらいかも。
「お揃いか……」
シオルがほんわかと嬉しそうなので、危機は乗り切ったみたいだ。良かった。
「宝石ではなく、魔石が良いのか?」
お茶を飲みながらちょっとだけ考える。
「うん。ブレスレットの時みたいに何かシオルに魔術を組んでもらえないかな?と思って。魔石の裏に」
「……そうか。考えてみよう。魔術の希望はあるのか?」
「ううん。今の所はないよ。何が良いかな?」
「そうだな。ナギは時間に作用する特殊スキルがなかったと記憶しているが」
「うん。アイテムボックスは時間停止してるけど」
「クルクルか……ナギの特殊スキルはちょっと独特だからな」
「そうだね……」
規格外の筋力と体力は常備で。
更にがっちり身体強化する《神鋼躯》、動体視力を強化して物体の動きを空間で把握する《空識》、力業で連続で鋭い斬撃を放つ《蒼刃連舞》……どれも勇者特有と言えばそうだが……なんだか体育会系ばかりの特殊スキルなのだ。
そして極め付きは感情を持つクルクル。
『ごしゅじんさま~どうしたの?』
「ん?何でもないよ。これまた入れておいてくれる?」
『はぁ~~~い』
真っ黒な口を開けて指輪を吸い込むクルクル。可愛い。
「勇者の特殊スキルは、ギフトと呼ばれている」
「ギフト?」
「そうだ。召喚される際に、元の異世界の神々が幸多かれとギフトを付与すると言われているが…」
「へえ~~」
「だからクルクルは”勇者の剣”を飲み込めないのだろう」
「え?そうなの?」
思わずクルクルを見る。
『うん。それ、すごくおいしくない』
「前も言ってたね、ソレ」
『あのね、かみさまたちがね、あいつ、きらいって』
「「!!」」
『だから、ごしゅじんさまには、いっぱい”かご”つけたる!っていってたよ〜』
「”かごつけたる”?」
『いっぱい、いっぱい つけたるって』
「おお~~?」
どういうことだろうか?
「ナギ、もしかすると、まだ見つけていない特殊スキルがあるんじゃないのか?」
シオルがちょっとワクワクした顔をしてこちらを見てきた。
ええ……そんな顔をされても私には分からない。
「クルクル?どうしたらその”いっぱい”は分かるの?」
『???』
クルクルもこれは分からないようだ。これは困った。
「ナギの魔力に何が反応するのか、一度検証してもよいかもしれないな。特殊スキルはスキルツリーに準ずるから、おそらく発動条件のような物があるのだろう。せっかくだからこの冬の間にちょっと実験しよう」
シオルがちょっと楽しそうだ。さっきの絶対零度から無事逃げ切ったようで私も一安心だった。
「勇者の剣といえば…あれ何度かヒビ入ったんだよね」
私が思い出しながら言うと、シオルが目を見開いた。
「ヒビ?勇者の剣が?」
「うん」
何故だろう…ちょっとだけシオルが引いてる気がした。




