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婚約破棄した元勇者、辺境でスローライフ…のはずが元魔王に押しかけられて慌ただしい!  作者: cfmoka


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27話

第一王子エドワードはその日、北の辺境伯から届いた公文と、子飼いの商人を経由して送られてきたリアノーラからの私信を手にしていた。

重ねて置かれた二通の書簡を前に、エドワードの視線はしばし止まる。


辺境伯からは、勇者ナギに対して身内が犯した罪の報告が。

一方、リアノーラからの私信には、その騒動やナギの様子が記されており、さらに商人から一枚の金貨が同封されていた。



「リアノーラ様からは何と?」

侍従が書類を手に、執務室へ入ってきた。


「ナギは相変わらずだ。元気にやっていると。それに……相手についても、あのリアノーラがひとまず認めるほどの人物らしい」

エドワードは思わず微笑んだ。


「それはようございました」

侍従は恭しく一礼し、主のために茶を用意する。


「とてつもない美貌らしいぞ」

「それはそれは…勇者様は面食いでしたか?」

侍従は冗談めかして笑い、そっと茶器を机上に置いた。


エドワードは礼を言って一口含むと、

「相手の方が、ナギに夢中らしい」

そう言って、リラノーラからの内容をもう一度見返した。





親愛なるバラ


いかがお過ごしでしょうか。


光の尊き御方が滞在している、北部辺境村における一件について、簡単にご報告いたします。


辺境伯の親戚である、モンテ子爵家の令嬢がこちらでも騒動を起こしました。

御方の夫に対し身分を傘に強要、その際にご夫君が展開した魔術による妨害を受け、村人を人質に取ろうとする事態が発生いたしました。

駆けつけた御方によってモンテ子爵家による横暴は早々に鎮圧されましたが、王都の学園でも問題を起こしている令嬢と同一人物の為、早急に対処が必要と判断いたします。

ひとまず、こちらでの騒動については辺境伯に処断をお任せいたしました。


今回の件を受け、以前より懸案していた、今回の騒動の原因である子爵家などが治める北部領の一部を王領とし、軍の一部を派遣・駐在する案を早急に進める必要があると愚考いたします。

御方が滞在しておりましたので、大事には至りませんでしたが…。


辺境より戻りましたら議会へ提案するべく対応を進めます。



尚、御方とそのご夫君については、とても仲睦まじく微笑ましいご様子でした。

以前伺っていた通り、王都でも見たことがない、とんでもない美丈夫でございます。

ただ、御方しか目に入っておらず、とても……いえ、かなり執着しております。

心から想っていらっしゃる事が見てとれました。


また、見たことがない魔術を使用しておりました。

一度賢者様にご相談した方が宜しいかもしれません。

得体が知れない人物でございました。


かの際に王都にお招きする予定ですので

その際に為人をお確かめ頂きたく存じます。


急ぎしたためましたので、乱筆乱文お許しくださいませ。



御加護が天の如く永くあらんことを願い

末永くバラに寄り添う者より






エドワードはそっとリアノーラからの手紙から目を離すと、側にあった金貨を手にする。

それはシオルが商人に払った一枚の金貨。


今はもう使用されていない、”神話級の遺物”――。


「得体が知れない……か」


ふと零れた言葉に、侍従がそっと視線を向ける。

「どうされましたか?」


「この金貨を、信頼のおける者に鑑定させることはできるか?」

そう言ってエドワードは金貨を侍従にそっと渡した。


「承知いたしました」

侍従は恭しくハンカチにつつむと、一礼して執務室から退室した。




エドワードは侍従の後ろ姿を見送り、執務室の机に再び目を落とした。

手元の二通の手紙――辺境伯からは身内に対する厳しい処断が記されていた。

問題を起こした令嬢は現在幽閉され、貴族籍から除籍の上、身内が住まう地域から遠く離れた、更に僻地にある修道院へ送る予定とのことだった。


そして――、

「ナギの夫とは一体、何者なのか……」

あのリアノーラが見たことがない魔術。


“神話級の遺物”――王族でさえ滅多に見る事はできない、失われた一族が使用していた金貨。

その冷たい質感、光を受けてわずかに揺れる様子が、脳裏に焼き付く。


頭の片隅に不安な予感が芽生える。


エドワードは額に手をあて、ゆっくりと息をつき、

取り急ぎ、辺境に対する今後の対応をどう進めるか――

そちらに意識を集中するのだった。




◇◇◇




「ナギ」

シオルが預けていたブレスレットを持ってきた。


「あ!鍵の設定できたの?」

「ああ。これには転移の魔方陣も組み込んである。」

「転移も?」


私はブレスレットを受け取りながらシオルを見上げる。


「私の屋敷は外部からの侵入者は決して入れないよう、強力な防御魔方陣が引かれている。訪れようと思ってもたどり着けないよう隠蔽も施されている」

「え……」

「私は問題ないが、ナギでもたどり着けない領域だ」

「すごいね。そんな場所があるんだ」

「そうだ。その屋敷の前に飛べる転移と、防御魔方陣を突破して屋敷内に入れるカギを、魔石に施した。いざという時に使用してほしい」


「ありがとう!!……いざという時?」

「私が居る以上、ないとは思うが。念のためだ」


シオルが私の左手にはめた青い魔石のブレスレットをそっと撫でた。


「何か心配ごとがあるの?シオル?」


その手に、私はそっと触れる。


「……起動するときはナギの魔力を流すだけで良い」

私の質問には答えず、シオルは優しい目で私を見つめた。


どうしてだか分からない。でもシオルが泣きそうに見えた。

「うん。わかった。ありがと。何があるか分からないからね!その時は使うね!」



「ああ。その時は決して迷わずに。すぐ使え」



思わぬ力強い言葉に、私は目を見開く。


「……ねぇ、シオル」

思わず声が震む。胸の奥で、何か淀んだものが生まれた気がした。


「何だ?」

彼の声は低く、柔らかくて、体の奥まで静かに響く。


「……ありがとう、私のこと、考えてくれて……」

言いながら、指先をシオルの手から離した。


「当たり前だ。ナギは私の唯一だ。絶対に守ると決めている」

その言葉と同時に、彼の手が私の手を追った。

触れる指先の熱に、先ほど淀んだものがゆっくり霧散していく。



あの感覚は覚えがある。それは――正体の分からない『恐れ』。



「……ナギ」

その声に、私の心臓はまるで捕まえられたかのように跳ねた。

「……うん?」


彼の瞳が真剣で、優しくて、でもどこか……ただならぬ光を帯びていて。


「私は絶対にナギを守ると決めている。()()からもだ」

「うん……」

「何があってもそれだけは信じて欲しい」

「……何か、起こるのね?」


私の疑問にシオルはまた何も返さない。

いや……返せないように見えた。

殿下やリアノーラ、神殿の神官たちも…時々こんな顔をしていた。


「分かった。大丈夫!シオルを信じてる」

「ナギ……」

シオルがほっとしたように、私の手を握る指先から力を抜いた。

思わずその指先を追いかけて握る。


「ナギ?」

「あのね……」


リアノーラと交わした言葉が蘇る。

『ナギ、その気持ちを大切に。ナギにとっての“この世界の唯一”なのだから』


シオルの青い目を見つめながら私は、私の心に生まれた”ソレ”を思い切って吐き出した。

「私にとっても、シオルは()()なの」


深く澄んだ青い目が、驚き見開かれる。

その表情を前に、私はもう一度シオルの手を両手で握った。


「忘れないで。シオルはもう、私にとって大切な人なの」


シオルの顔が思わず歪む。


「シオル?どうしたの?」

手を離し、両手でシオルの顔をそっと包んだ。


「ナギ……私はずっと一人だった。これからも一人で……いつか滅んでいくんだと思っていた」

「シオル」

「ナギを初めて見たとき、心の隙間が一気に満たされた。気づけば、視線を外せなくなっていた。ナギだけは、絶対に失えない。──たとえ、この命すら差し出すことになっても」

「!」

「でも今は……」


シオルの顔を包んでいた私の両手を、シオルが痛いほど握る。

指先の力に込められた痛みが胸に響き、思わず息が詰まった。


「一緒にいたい。たとえこの身が滅び、魂だけになっても、ナギのそばにいたい」

「シオル……」

「そばにいたいんだ、ナギ」


シオルは硬く目をつむり、額に皺を寄せ、まるで見えない何かと必死に戦っているかのようだ。

私はゆっくりと深呼吸し、静かに……そっと背伸びしてシオルの耳元で囁く。


「……嬉しい。私も同じだよ」

私の心に生まれたその想いを。


「ナギ……?」

シオルは青い目をこれでもかと見開いて至近距離にある私の顔を見つめていた。


「私も、何があっても…心も身体も全てシオルの側がいい」

「!!」

二人の視線が絡み合う。


「ナギ…!」

シオルが私を抱きしめた。強く、固く、まるで二度と離すまいとするかのように──。


「……私の手を離さないでね、シオル」

ゆっくりとシオルの背中に手をまわして抱きしめる。


「離すなど、ありえない」

胸の鼓動が互いに響き合う。


「ナギ。私は……ナギを縛り付けてしまう。きっと」


そのまま、堪えられないというように頬を私の頭に擦り付けた。



「……ナギ、私の唯一……。絶対に誰にも渡さない」



低く呟かれた言葉に、痛いほど胸が締めつけられた。



触れ合っている部分から、ゆっくりと鼓動が重なっていく感覚が不思議で。

まるで魂まで溶け合ってしまうかのように――

目に見えない何かが二人を包み込みはじめていた。


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