24話
私は広場を見回して、小さなため息をついた。
砂埃は落ち着いたものの、村人たちはまだ若干遠巻きにこちらを見つめている。
「ナギ、だいぶ怒ってたわね?」
リアノーラが静かにそばに寄り、優しく微笑んだ。
「久しぶりね、元気そうで安心したわ」
「リアノーラさん、いつ辺境に?知らせてくれたら迎えに行ったのに」
思わず拗ねたような視線をむける。
「驚かそうと思って」
いたずらが成功したような顔をして、私の手を握った。
「相変わらず強いみたいで、そこも安心したわ」
「それは…、あの人達が弱すぎたの」
苦笑いしながら握られた手をそっと握り返す。
久しぶりの温もりに自然と顔がほころんだ。
「ナギ、あの者たちの処分は辺境伯へ任せても良いかしら?」
リアノーラは微笑みつつ、目だけは真剣で。
思わず頷いていた。
後ろを振り返り、壊れた屋台や倒れた人々が居ないか確認する。
「長老にも聞くけど…もし被害があったら後日報告でも良い?」
「もちろんよ。わたくし宛に頂戴」
「わかった」
二人は手を握り合ったまましばらく目をみつめあう。
リアノーラにとってナギは妹同然の特別な少女だった。魔王討伐から帰ってきてすぐに旅立ってしまったが、今もその気持ちに変わりはなく。
そのまま静かに抱きしめる。
「ナギが元気に暮らしていると知れて本当に良かったわ」
そうリアノーラは呟いた。
「ナギ」
後ろからシオルに呼びかけられる。
リアノーラはゆっくりと離れると、その姿に若干目を見開いた。
「さきほど長老が説明していた”ナギの連れ”ってあなたかしら?」
そうシオルに尋ねる。
「あの、訳がわからん事を叫んでいた娘が絡んできた相手なら私だ」
シオルの何となく無礼な言葉に若干焦る。
「リアノーラさん、あのね」
「ナギ、一緒に暮らしている男性が居ると聞いたわ」
「は!!!!え、っとそうだけど。そうなんだけど」
何だか誤解を与えるような問いかけだった気がする。思わずどもると
「そうなのね…お揃いのブレスレットまでして…」
リアノーラが頬に手をあて、二人の左手首を交互に見た。
「あ!これは、さっき…」
何故か恥ずかしくなって顔に血がのぼったのを感じる。
「ナギ、あなたったら何故手紙で教えてくれなかったの?お祝いしたかったわ」
「……ん?」
(お祝い?)
「遅れてしまったけど、色々贈り物を持ってきたの。ナギの住まいへ行っても良いかしら?」
「もちろん!大歓迎だよ!」
笑顔でリアノーラの手を握った。
こころの中では(贈り物?)と「?」が浮かんでいたが…
リアノーラの後ろでは辺境伯の一団がミレーナとメイドを子爵家の馬車へ押しこみ、護衛達をひきたてていった。
その様子を厳しい顔で辺境伯が見送る。私は思わず声をかけていた。
「辺境伯…いえ、ライヒベルク卿」
「勇者様…」
ライヒベルクは、はっとした顔を一瞬したが、すぐに深く頭を下げた。
「この度は…大変申し訳なかった」
「この村に滞在すると決めた時、私、約束しましたよね。」
「ああ」
「まだ残っている魔族からも、魔獣からも、それ以外からも。…この村を脅かす、全てからこの村を守ると。その為なら私は自分の力の行使を厭わないと」
「その通りだ」
「人間が…それもあなたの身内がこのような事をするとは、とても残念です」
「……勇者様の怒りは最もだ。本当に申し訳なかった」
「リアノーラさんから頼まれましたから、処分はあなたにお任せします」
「わかった。必ず厳しく処断する」
「このような事が二度とないように、お願いします」
「承知した」
「それと、リアノーラさんをちょっとの間お借りします。私が借りている家に招待しても良いですか?」
「もちろんだ。王都からの護衛の兵たちも一緒でも問題ないか?」
「大丈夫ですよ。王国騎士団の第三部隊の方々ですよね。皆よく知った顔なので」
そう言って笑うと、やっとライヒベルクの顔が優しく和らいだ。
広場にいた長老にも一声かけ、リアノーラ一の一行を村のはずれにある私の家へ案内した。
◇◇◇
「……ここ?」
辿り着いた家を前に、リアノーラは少し目を丸くした。彼女が想像していた“住まい”とは違ったのだろう。
改修を重ねた今は素朴で温もりのある木造の家だが、思っていた以上に小さかったようだ。
「……手入れの行き届いた家ね」
リアノーラが周囲を見回し、柔らかな笑みを浮かべる。
「意外と暮らしやすそうだわ」
第三部隊の面々は中に案内できないため、西側の空き地に自由に座って待ってもらうことにした。
一行が乗ってきた馬車をその空き地に運び入れると、ちょうど奥からウェブスターが顔を出した。
「お帰りなさいませ、ご主人様、ナギ様。お客様もご一緒ですか?」
老執事然とした所作で、心得たように給仕の準備を始める。
ダイニングのテーブルに腰かけると、魔王城から持ち帰った茶器セットが並べられた。銀縁の白磁が光を受けてきらめく。
リアノーラは目を見張った。
「まあ……王都でも滅多に見ない品ね」
私は言いよどむ。魔王城から持ってきたとは言えない。
「それに、この家具も…年代物だわ」
それも魔王城から持ってきた物だ。
「あら、よく見たらこの本、見事な装丁ね」
………料理用に図書館から持ってきた図鑑である。
「……あ、あのね、それは……」
私が慌てて説明しようとするより早く、リアノーラの視線がシオルへと移る。
「ところで、いつからナギと暮らしていらっしゃるの?」
貴族の令嬢らしい笑みを静かに浮かべていた。
シオルは少し考えて、
「一か月以上前ぐらいからだ」
私は思わずシオルを肘でつつく。
「(違う!ルームシェアを始めたのは小屋を壊した時からでしょ)」
「(そうだったか?殆ど一緒に居たではないか)」
「(そうかもだけど……)」
「(最近は一緒に寝てただろう?)」
「(そっ、それは!!!)」
思わず赤面する。
「本当に仲良いのね…」
私たちのやり取りを見たリアノーラが、心から驚いた声を上げた。
ひとしきりお茶を楽しんだあと、リアノーラは目録を差し出してきた。
「これは、ささやかだけれど……受け取ってちょうだい」
中には贈り物の一覧がびっしりと記されていた。新調されたドレスや宝飾品、実用的な品、さらには王都でしか手に入らない高価な調度品まで。
「馬車の荷台に一部載せてきたのだけれど、残りは辺境伯の所に預けてあるから。明日届けさせるわね」
隣ではシオルとウェブスターがちらりと目を合わせ、何も言わずに口をつぐんでいた。
(彼らには分かっているのだろう。リアノーラの贈り物が「結婚祝い」だということを…)
「えっと……ありがとうございます。わざわざ、こんな……」
私は戸惑いながら受け取ったのだった。
◇◇◇
夕暮れどき、村の広場では昼間の騒動に興奮した村人たちが酒盛りをしていた。
「勇者のナギさんがいてくれて、本当に助かったな」
「おかげで子らも無事だった。ありがたいことだ」
笑い声が絶えず響く。年に一度の大事な収穫祭が台無しになるところだったのだ。
皆が心から喜んでいた。
一方、長老の家では、この家の主とライエルが静かにお酒を飲んでいた。
「思いもかげず辺境伯の一族と対峙してしまったな……」
「辺境伯でしたら身内に甘いことはありません。大丈夫でしょう」
「これ以上、騒ぎにならないと良いが…」
「もしご心配でしたら、かつての部下が辺境伯軍におりますので、探らせます」
ライエルはそっと自分の太ももに手を置いた。そこには古い傷が残っている。
かつて辺境伯軍で第二隊長だった男は、魔族との戦闘で負った傷が元で退役し、この村で狩人として暮らしていた。
ナギが魔王を討伐して以来、魔族に脅かされることはなくなったが、最近はアイアンボアの群れ討伐や、大量のイノシシの発見など、少々心配な事象が続いている。
この日は収穫祭に何かあってはいけないと、朝から森を巡回していたため、今回の騒動を知ったのは辺境伯一行が去った後だった。
「長老が心配することは何もないと思いますよ」
そう、何とってもこの村にはナギとシオルが居る。(最近はウェブスターという、二人とおそらく同じ人種が増えたので尚更…)
ライエルは笑顔で長老とお酒を酌み交わしていた。
◇◇◇
ちょうどその頃、ナギの家の前では、王都から随行してきた兵士たちが、リアノーラからの贈り物を馬車から降ろしていた。
「勇者殿、元気そうだったな」
「広場での立ち回り、見たか?相変わらずめちゃくちゃだった」
笑いながら作業を進めている。
彼らは皆、かつてナギが魔王討伐に向かう前、戦闘訓練に参加させてもらっていた王国騎士団の第三部隊だ。剣も体術も叩き込んでくれた、心強い仲間たち。
夜風がそよぎ、村に温かい灯がともる。
その日、辺境の村は思い出に残る収穫祭を終えたのだった。
ここまで読んでくださって有難うございます!
コメントやブクマ、評価をいただけると励みになります!




