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婚約破棄した元勇者、辺境でスローライフ…のはずが元魔王に押しかけられて慌ただしい!  作者: cfmoka


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23話

ミレーナは混乱していた。

王都では自分はいつも輪の中心にいた。


自身は子爵家の令嬢にすぎない。だが、学園に入学して間もなく、高位貴族の令息たちの目に留まり、常に数人の男子生徒に囲まれる日々を過ごしていた。


困ったように見つめれば、どんな望みも叶えてくれる――まるで自分がどこかの姫にでもなったかのように。


さらに、辺境伯である叔父が長年、魔族や魔獣の脅威が絶えない最前線を守り抜き、王都でも揺るぎない地位を築いていることも、実はミレーナの後ろ盾になっていた。

辺境伯の姪という血筋は、王都の令息たちにも軽々しく扱えない威光の象徴だったのだ。


こうして、下位貴族の令嬢でありながら、雲の上の令息達が自分を見つけると声をかけてくれるという自信――いや、慢心がミレーナの性格を捻じ曲げていた。


目の前の世界が、まるで自分を中心に回っているかのように。


しかし、その自信が――あまりにも痛快に、そして容赦なく打ち砕かれる。




王都にもいないほどの美しい男が目の前にいる…!!!


それが――全くこちらを見向きもしない。

信じられなかった。ミレーナ自ら声をかけたのに、招いたのに。

一切無視をされたのだ。

そのうえ自分を無視したのにも関わらず、男が着るような冒険者の服をまとった女性と話しをしていた。


女性は柔らかな黒髪が風に揺れ、動きやすそうな服に身を包んでいる。

膝をつきあわせ男は笑顔すら浮かべているように見える。

その親し気な様子に苛立ち。


早く男を捕まえたくても、子爵領から連れて来た護衛達は男の魔術らしき物に阻まれ、全く役にたっていないようだった。


こうなったら…

人質をとってでも、あの男を自分の下に…!


「適当な村人を捕まえなさい」

「お嬢様?何を?」側のメイドが驚き尋ねる。

「人質をとればあの男も大人しくなるでしょ。子供がいいわ」


シオルの側にいる子供に目を留める。おそらく子供相手ならあの男もこちらを無視などしないだろう。


「お嬢様、いけません」

メイドが慌てて止めるも、


「いいから早く!その村人達を捕らえなさい!!人質にするのよ!!!」

ミレーナの声が広場に響き渡った。


その瞬間、空気が変わる。

ざわめきが広がり、村人たちの顔に恐怖と戸惑いが浮かんだ。


(当然だわ。この場で一番地位の高い私に誰も逆らえるはずがない。)


――そう、思っていた。




「……は?」


ミレーナが声の聞こえた方に目を向けると、黒髪の女性――ナギがいつの間にか人質の子供を奪っていた。


(何をしているの……!?)


驚くことに護衛の剣を素手で掴み、そのまま子供を抱き寄せ――次の瞬間、護衛を宙へと投げ飛ばした。


「ぐがぁ……!!」

地面に叩きつけられた護衛の呻きが広場を震わせる。

舞い上がった砂埃の中、護衛がミレーナの足元に転がり込んできた。思わず叫び声をあげてしまう。


(嘘。ありえない。護衛を投げ飛ばした……?)


「何をしているの!早く止めなさい!」

ミレーナの声は裏返っていた。


だが、ナギは怯むことなく、子供を安全な場所へ連れて行くと、目にもとまらぬ速さで次の護衛へ。

蹴り一発で、またも宙を舞わせ、狙ったようにミレーナの足元へと叩きつけた。


「ひっ……!」

息が詰まり、声にならない。


次々と護衛が挑むが、…ことごとく目の前で倒されてしまう。


「や、やめなさい!無礼者!!っ早くあの女を止めなさい!!」

彼女の叫びは、もはや虚空に溶けるだけだった。


広場には砂埃と、倒れ伏している護衛のかすかなうめき声。


村人たちは固唾を呑み、シオルは無表情のまま。

そして、ナギだけが――すべてを圧倒して静かにミレーナを見つめて立っていた。


――どうして。

どうして、……こんな目に……!


足が震えるのを必死に堪えながら、唇を噛む。




その時――、


「これは何の騒ぎだ!」


鋭い声が広場を貫いた。

砂埃の向こうから、重厚な鎧を纏った兵たちが列をなし一台の馬車を守るように広場の入り口に姿を現した。


その中心にいるのは、立派な黒毛の軍馬に騎乗した辺境伯。


突然の権威ある声に、村人たちの間から長老が進み出て腰を折る。ただならぬ雰囲気にミレーナの護衛たちですら呻き声を止めて辺境伯を仰ぎ見た。


ミレーナは突然の味方の登場に喜色を浮かべた。


「叔父様!!」


だが、辺境伯は彼女の土にまみれた姿と倒れ伏している子爵家の護衛達を一瞥すると、視線を長老に向けた。


「長老、何があった?」

「はっ…」

長老が口を開く瞬間、


「叔父様!この無礼な女を処刑して!私をこんな目にあわせたの!」

ミレーナの口から飛び出した言葉に辺境伯は目を見開く。


そしてゆっくりと彼女に


「黙れ」


一言告げた。


「え…?」

「ミレーナ。今、私はこの村の村長に聞いている」

「え、でも、護衛もその女にひどい目にあって!」

「黙れと言っている。聞こえないのか!」


間髪いれず厳しい目をした辺境伯からの追撃に思わず息を呑む。

こんな厳しい顔の叔父は初めて見た。

踏ん張っていた足が再び震え始める。


「長老、何があった?」

辺境伯の低い声が、静まり返った広場に再び響く。


長老は深く腰を折り、口を開いた。

「はっ……こちらのご令嬢が、ナギ様のお連れに強引に接しようとし……思わぬ魔術の妨害に遭った為、ご令嬢の護衛の方々が村の子らを人質に取ろうと……。それを、ナギ様が止めてくださったのです」


「な……!」

辺境伯の顔に、烈火のごとき怒気が走る。


「貴様、ミレーナ……!」

その叱責の声は、これまで聞いたどんな言葉よりも鋭く、周囲の空気を一瞬で凍らせた。


「な、なぜ私が叱られるの!?叔父様、この女が――」

「愚か者め!」

辺境伯の声が雷鳴のように響き渡り、ミレーナは驚愕に目を見開き涙を浮かべた。

その瞳に映ったのは、一族を窮地に陥れるほどの愚かな振る舞いをした血縁者に向けられた、叔父の激しい怒り。


誰も息を飲む中、ゆっくりと馬車から扉を開ける合図が響いた。

光沢ある布地をまとった侍女がまず姿を現し、その後ろから――


馬車の側で護衛していた兵に手を取られて一人の女性が降り立った。

絹の裾を揺らし、王都の空気をそのまま纏ってきたような気品を放つ姿。



「辺境伯」


声をかけられた辺境伯が下馬し、その女性に近づいて深く頭を垂れた。

「リアノーラ様、申し訳ございません」


突然の高貴な女性の登場に、ミレーナを含め村人達が一斉に息を呑む。


「辺境伯の身内ですか?」


リアノーラは真っ直ぐにミレーナを見据えたまま、辺境伯に問う。


「……妹の子で、モンテ子爵家の者でございます」

「ああ、あの……」

辺境伯は下を向いたまま押し黙った。


「王都の学園に通う生徒の家々から、苦情が寄せられていた女子生徒ですね」

低く澄んだリアノーラの声が響き渡る。

辺境伯の激情とは対照的に、研ぎ澄まされた刃のような冷徹さを帯びていた。


「つっ……!?」

ミレーナは驚愕に目を見開いた。


「学生の本分を忘れ、随分と遊び歩いている子爵令嬢がいると聞いています」

「そんなっ…!!」


ミレーナは立場もマナーも忘れ、思わず縋りつくように近づく。

そこをリアノーラの護衛をしていた兵が取り押さえた。

令嬢として初めて乱暴に触れられ――彼女は恐怖と驚きで悲鳴をあげた。


「無礼者!公爵令嬢の許しなく近づくとは!」


「申し訳ございません!」

辺境伯は急いで自ら姪の背中を抑え、地面に押し付けた。



リアノーラの声は冷ややかに響き渡る。


「護衛を暴れさせ、村の子供を人質に取ろうとし、そのうえ――あの方を処刑などと。これ以上の無礼がありますか?」


「な、何を……!私は、ただ……!」

ミレーナの声は震えていた。


「己の無知と傲慢を恥じなさい、そこの娘。――彼女は…ナギこそ、今世の唯一の勇者です。この世界を救った、最強の勇者なのです」


「勇者様……?」

ミレーナは驚愕の眼差しで自分を冷たく見下ろすナギを見上げた。

その漆黒の瞳は、抑えきれぬ怒りを静かに秘めていた。


「う、嘘……そんな……勇者様だなんて……!」

ミレーナは顔色を失い、思わず身体をゆすり後ずさった。ドレスの裾は泥にまみれ、髪飾りが外れて土に落ちる。誇り高く飾っていたはずの姿が、無様に崩れ落ちていく。その背中を更に辺境伯が強く押す。

「っ……!」


その様子を静かに見つめ…

リアノーラは久々に会うナギに視線をうつす。

相変わらず冒険者の恰好をしているが…髪も少し伸び、少女から女性らしさへの変化が垣間見えた。


その視線に気づいてナギがリアノーラを見つめた。その一瞬、二人はわずかに微笑む。1年ぶりの再会だったが、変わりない絆を雄弁に物語っていた。


リアノーラは一歩進み出て、広場に集う人々へと視線を巡らせる。

「皆さん、ケガはありませんか?ナギが居る以上被害は少なかったとは思いますが…何かあればグレイヴンホルム家あてに尋ねなさい」


村人たちの間にどよめきが広がる。

「ナギさんの知り合いなのかい?」

「こんなお姫様みたいな人と話せないよ…」

「ケガしたのはあの人達だけだと思うけどね…」


そこかしこで小さな声のつぶやきが響く。

広場に安堵の空気が広がると、リアノーラは辺境伯に視線を移した。


「ナギを、勇者を侮辱することが、どれほどの罪か。随分と教育を間違えたようですね、辺境伯の一族ともあろう者が」


静かな叱責に、辺境伯は硬く目を閉じ、地に頭を垂れた。


ここまで読んでくださって有難うございます!

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