22話
「え、ど、どういうこと…?」
私はリルの目線にかがんで問いかける。
「きれいなドレス来た女の人が、シオル兄ちゃんにちょっかい出してて…!今、広場の向こうで大変なことになってるの!」
リルは息を切らせながら必死に説明する。
私は思わず顔を上げる。
「ちょっと待って…今すぐ行かないと、まずい…?」
息が切れ切れなリルを抱き上げ、商人へ振り返った。
「すみません、またあとで代金を払いに戻ってきますね!」
「大丈夫ですよ、ナギ様。気をつけてくださいね」
商人の声に軽く礼をしながら、私は全速力でリルの指さす方向へ向かう。
遠くに、煙のように舞う土埃と、緊張した村人たちの姿が見えた。
「一体何が…ちょっかいって何?」
「ナ、ナ、ナギネエ…!」
リルが私の耳の横で必死に説明しようとするが、移動の速さに舌をかみそうになっているので、着くまで黙っておくように口を閉じさせた。
広場に近づくにつれ、聞こえるのは怒号や剣のぶつかる音、魔法の弾ける火花。大人たちは子供を後ろに庇い後退している。
――まずは状況を把握しないと。
騒動の中心にいたのは、魔法の防御壁の中に立つシオルと
「あ!やっと来た!」その側に立つカイル。
カイルの声に反応して回りの村人から一斉に歓声があがった。
「ん?なぜ歓声?」
私は慎重に近づきながら、カイルに向かって声をかけた。
「カイル、何があったの?」
その瞬間、シオルがふと私の方を見た。
ちょっとの間離れただけだったとは思えないほどの笑顔を見せる。
「ナギ!調整は終わったのか?」
「シオル兄ちゃん………本当にぶれないね…」
カイルの疲れた顔が気になりつつ、リルを抱いたままシオルの発動している魔方陣の中に進む。
「終わったよ。それよりもどうしたの?これ」
「シオル兄ちゃんの魔法が発動したんだ!」
カイルが背伸びしながら説明を始めた。
「ん?」
「あの人達が剣でシオル兄ちゃんに襲い掛かってきて」とカイル。
「あの女の人がシオル兄ちゃんにちょっかいかけてきて!」
と耳の横からリルの声が。
「ん~。カイル、リル、まず順番に教えてもらって良い?」
「あのね~」リルが一生懸命話そうとするので、抱き上げたままカイルの側に膝をつく。
シオルは大人しく側で待っていた。
まず、この魔方陣は何だろう?
私が入っても、カイルやリル、周りの村人が中に居ても何にも起こらないのに、あの護衛の人達は弾かれているようだった。
「シオル兄ちゃんが一人で広場をうろついてたから、リルと二人で声かけたんだよ」
「そうそう!シオル兄ちゃん寂しそうだったの!」
「う、うん」
私は頷きながら、ちらりとシオルを見やる。
「ナギ姉ちゃんに買い物頼まれた、って。ウェブスターさん?って執事さんへのお土産を探してるって言うからさ」
「うん」
「すぐ食べられるパンとか果物とか、おかずとかどうかと思って」
「あとお菓子も!」リルが元気に付け加える。
「うん」
「パン屋さんの屋台で、炙ったイノシシ肉と野菜を挟んだの売ってるって教えたんだ」
「え。美味しそう」
「だろ?ナギ姉ちゃんの分も買ってあるから安心してよ」
「本当!ありがと!」
「リルのおすすめだよ!」
「そうなんだ!」
「それで、パン屋さんの屋台に並んでたら、あのお姉ちゃんがシオル兄ちゃんに声かけてきて…」
そう言ってカイルがシオルの向こうに視線を向けた。
「あのお姉ちゃん?リルが言ってた人?」
「そうそう!シオル兄ちゃんにこっちに来い!って」
「え。」
「それで、シオル兄ちゃんがずっと無視してたら、この村がどうなっても良いのかって言いだして」
「は?」
思わず声が低くなる。
「何か嫌な予感がしたから、リルをナギ姉ちゃん探しに行かせたんだよ」
「そう…それで?」
周りでは護衛らしき人達がシオルの防御壁を破ろうと剣をたたきつけ、おそらくリルの言う女の人…身なりからして貴族の令嬢が金切り声をあげていた。
「早く、早くあの男を連れてきなさい!!!」
「………あの女の人?」
「そう!それでシオル兄ちゃんを掴もうとしたら、これが出て」
そう言ってカイルが防御壁を指さす。
「あの女の人、向こうまで吹っ飛んだんだ」
「吹っ飛んだ?」
貴族の令嬢が吹っ飛んだ……?
思わず目が点になった。
「そしたら、あの女の人の周りの人とかが『無礼な!』とか言い出して」
「いや、まあ多分無礼ではある…」
「女の人が叔父さんが辺境伯だからこの村ぐらいどうとでもする、って言いだして」
「は?」
またしても低い声がでた。
「シオル兄ちゃんは全然相手にしてないよ。ただ、魔法が出て、勝手にあの人達がケンカ始めたんだよ。シオル兄ちゃんは一言もケンカうってないもん…多分悪くない…多分」
だんだんとカイルの声が小さくなる。
「よくわかった。ありがと。カイル、リル」
「「うん!!」」
私はそっとリルを地面に下ろし、膝をついたまま二人の頭を順番に撫でた。
「で。シオル?」
シオルを見上げて尋ねる。
「何だ?」
「この防御壁は?何の魔法?」
「ナギに関係ないものが接した時点で発動する」
なるほど……
「まぁ…シオル兄ちゃんに声をかけちゃうのは分かるよね!かっこいいもんね!」
リルの言葉に思わず頷く。
「そうだよね~」
何気ない私の言葉にシオルが食いついた。
「ナギ?」
「ん?」
「ナギから見て、私はかっこいいのか?この顔は好みか?」
「へ!!!!?」
思わぬシオルの攻撃に一気に顔が真っ赤に染まる。
「どうなんだ?」
シオルが私の前に膝をつく。思いっきり顔が接近して真剣な顔で聞いてきた。
「えっ……と」
なんだか思いもかけない攻撃を受けている気がする…。
……と、その瞬間。
「いいから早く!その村人達を捕らえなさい!!!人質にするのよ!!!」
耳をつんざくような令嬢の声が、広場の空気を一変させた。
「……は?」
思わず声がした方に視線を向ける。
護衛たちが周囲の村人達を捕まえようとしていた。ざわめきが広がる。
「な、何言ってんだあの人……」
カイルが小声でつぶやき、リルが私の服をぎゅっと握りしめる。
今この場だけは、広場の空気が嘘みたいに冷え切っていた。
逃げようとした子供を剣を構えた護衛が捕まえようとしたのを視界にとらえた時、
身体が動いてた。
疾風のように駆け抜け、子供を抱き寄せる。
鋭い切っ先が迫るのを、素手で掴み止めた。
「ッ……!?」
護衛の目が見開かれた。
「何だ貴様は!邪魔をするな!!」
怒号と同時に蹴りが飛んできた。
だが私は剣を握ったまま、護衛ごと豪快に振り回す。
地面に叩きつけられた瞬間、土煙と衝撃が広場に響きわたり、周囲の村人が思わず息を呑んだ。
「ぐがぁ……!!」
「きゃあっ!!」
吹き飛ばされた護衛が令嬢の足元に転がり込み、悲鳴が上がった。
だが、私は一切振り返らない。
まだ村人を捕まえようとしていた他の護衛達を視界に収めると、抱いていた子供を、一旦シオルの防御壁の内側へ連れて行った。
風を切るような速さで護衛に肉薄し、全身の力を込めて蹴り上げる。
「ぐはっ!!」
護衛の身体が宙を舞い、砂煙の中を弧を描いて令嬢のすぐ脇へ叩きつけられた。
「ひぃっ……!」
令嬢の顔が青ざめ、肩を震わせる。
それでも残った護衛たちは剣を構えなおし、恐怖に顔を歪めながらも向かってくる。
私は迷わず、その一人ひとりを的確に蹴り飛ばし、倒すたびに砂埃が広場を覆っていった。
令嬢は恐怖で顔を真っ青にし、声を震わせて叫んだ。
「やめなさい!!私を誰だと思って……!」
構わずまだこちらに向かって来ようとする護衛達を勢いよく片っ端から蹴り飛ばしていく。
「や、やめなさい!無礼者!早くあの女を止めなさい!!」
令嬢の叫びは虚しく響く…
だが、すでに立ち上がれる護衛は誰一人として残っていなかった。
広場に残ったのは、うめき声と舞い上がる砂埃、そして固唾をのむ村人たちの気配だけだった。




