21話
収穫祭当日――
広場には色とりどりの屋台が並び、肉の焼ける匂いや新鮮な野菜、果物の香りがふわりと漂っていた。
木漏れ日が差し込む中、子どもたちは笑い声を響かせながら駆け回っている。
私はシオルの隣を歩きながら、屋台を一つひとつ眺めた。
「わぁ、あそこのジュース、綺麗な色だね!」
思わず声が弾む。
シオルは私をちらりと見て、優しく微笑んだ。
「買うか?」
「そうだね!シオルも飲む?」
二人で話していると、
「ナギさん、いらっしゃい!何か飲む?」
果物屋の奥さんに声をかけられた。
「こんにちは!このジュースは甘い?」
「甘酸っぱい感じよ。さっぱりするわね」
「じゃあ二つください」
「はい!有難うね!」
私が二つ分のお金を取り出した横で、シオルがジュースを受け取っていた。
「何か食べる物も欲しいね」
ジュースを手にしたまま屋台を後にすると、次は肉屋の屋台の前で立ち止まる。肉厚なイノシシの肉にたっぷりとソースがかかり、テラテラと光っている。
「この串焼き…やばい。美味しそうすぎる」
思わずヨダレが出そうになる。肉の香ばしい匂いが、もうたまらない。
「シオルも食べる?」
シオルはにこりと笑った。
「ナギが食べるなら食べる」
私は串焼きを二本注文すると、肉屋のおじさんが手際よく焼きたてを差し出してくれた。
「ナギさん、焼き加減はこれで大丈夫かい?」
「ありがとうございます!わぁ、すごく美味しそう!」
おじさんはにっこり笑って、串を差し出す手を少し誇らしげに動かした。
「そうだろう?すごく柔らかいぞ。食べるときは火傷に気をつけてな」
「はい、気をつけます!」
かぶりつくと、肉の旨味が口いっぱいに広がり、思わず目を閉じて味わった。シオルも隣で同じようにかじっている。こうして一緒に食べ物を楽しんでいる姿を見ると、なんだかほっとする。
「ナギ、顔にソースがついてるぞ」
シオルがふと笑って指摘する。思わず私も笑い返しながら
「これはこうやって食べる物だよ」
そっと拭った。
子どもたちが走り回る広場の向こうから、収穫祭の活気がさらに伝わってくる。
「ウェブスターさんにも何かお土産かっていかなきゃね!」
私達は次々と屋台を見て回って行った。
周囲の村人たちも、自然と声をかけてくる。私は軽く頭を下げて応え、シオルの横顔をちらりと見る。どんなに人が多くても、彼の視線はいつも私に向けられていた。
「あ!ナギ様!」
声をかけられて振り向く。
「あ!旅商人の!」
「お久しぶりでございます。お二人で見て回られているのですか?」
以前ケチャップのレシピを買いたいと言っていた商人だった。
彼は私たちを眩しいものでもみるかのように、目を細めて穏やかな眼差しを向けていた。
「そうなんです!村の収穫祭は初めてなので!」
私が笑顔で返すと、
「せっかくだから自分の商品もちょっと見ていってほしい」と商人は笑った。
私はちらりとシオルを見る。
「見ていい?」
「いいぞ、ナギが見たいなら」
シオルのいつも通りのぶれない肯定に、ふっと頬が緩む。
屋台を覗くと、商人が奥の荷馬車から一つの箱を取り出してきた。
「お二人にぴったりの物が見つかりまして…」
そう言って蓋をあける。
そこには二種類のブレスレットが収まっていた。
「これ…魔石?」
「はい。これだけの大きさの魔石はなかなか流れて来ないのですが…運よく手に入りまして」
「すごい大きさですね!」
「そうなんです。是非手に取ってみて下さい」
商人の言葉に隣のシオルを見る。
珍しくシオルもその魔石をまじまじと見つめていた。
ちょっと興味もあって、指先で軽くなぞってみる。冷たく、でもどこか力を宿しているような感触。
一つは漆黒で透明感のある黒い魔石を中央に据えたブレスレット。石の奥深くで光が微かに踊り、まるで内側から漆黒の炎が揺らめくかのような重厚な輝きを放っている。白銀色に輝く台座がその漆黒を際立たせ、指先に触れるたびにひんやりとした冷たさを感じた。
もう一つは光沢が強く、澄んだ深い青の魔石をあしらったブレスレット。光を受けるたびに透明な蒼色がゆらゆらと反射し、まるで手元で小さな湖面が揺れるように煌めいた。見る角度ごとに表情を変えている。
「お二人の目の色にぴったりだと思いまして」
商人の言葉に思わず目を見張る。胸の奥で小さく鼓動が跳ねた。
確かに…
「買おう」
シオルが即答していた。
「え?シオル?」
「丁度良い、このまま着けていこう」
「え?」
「有難うございます」
「え?」
私の戸惑いをよそに、シオルと商人の間で話が進んでいく。
シオルが漆黒のブレスレットを当然のようにはめたのを見て、私はシオルの瞳の色のブレスレットを手首に通してみた。
ちょっとぶかぶかだった。
「ナギ様のブレスレット、金具をちょっと修正しましょう。少しだけお時間を頂いても?」
商人の言葉にシオルが頷く。
「じゃあ。その間にウェブスターさんへのお土産をシオルに買っておいてもらおうかな?」
「ナギの側は離れたくないのだが…」
「私はここにいるから…」
「うむ。そうか…」
シオルは少し渋そうに、しかし仕方なく商人の屋台から出て行った。その背中に、ちょっとだけ拗ねたような感情が見える。
ふと広場の入り口に目をやると、派手な馬車の到着を告げる足音と声が聞こえてきた――。
◇◇◇
ミレーナ・モンテは北部の一部を治める子爵家の令嬢である。
王都の学園が休みの期間、叔父である辺境伯の領地に遊びに来ていた。
辺境の中でも最北に位置する村が丁度今収穫祭で盛り上がっていると聞き、せっかくだからと足を延ばしてこの村に到着した所だった。
祭り見物に叔父も誘ってみたが、多忙を理由にやんわり断られてしまったのは、少しだけ面白くなかった。
「叔父様の仰ってた通り、たしかに北部の村の中でも、みんな活き活きとしているわね…」
「さようでございますね」
側に控えるメイドも辺りを見回す。
子どもたちの笑い声と屋台のにおいが混ざり合い、思ったよりも賑やかである。
ふと、パン屋の屋台の前で立ち止まる一人の青年…シオルの姿が目に入った。
子どもたちに手を引かれて、無表情にパンを見ているその姿――王都でも見かけたことのない、美しい顔立ち。肩幅が広く、背筋もすっとしている。学園で美形には免疫があるミレーナでも、思わず息をのんだ。
「――美しい人…」
小さくつぶやく。目を奪われたまま、ミレーナは足を進めた。自然と視線はシオルに吸い寄せられていた。
「そこのあなた?」
シオルはちらりと声の方を見たが、そのまままたパンに目を移した。
隣の子供たちがミレーナの方を見て驚いた顔をする。
「ちょっと、私の声が聞こえないの?」
ミレーナが少し横柄に命じる。
――視線すら返さないなんて。
王都の学園では、上位貴族の令息達から声をかけられる事が多く、自分の容姿にはちょっと自信がある。更に相手は平民なのだ――自然と態度にもそれが出ていた。
「――あなた!こっちに来なさいっ」
――シオルの姿を見て、王都でも、こうして視線を奪われるほどの美形には滅多に出会えない。ミレーナの胸の奥で、知らず知らず鼓動が速くなるのを感じる。
だが、シオルはもはや視線すら返さず、パン屋の夫婦に声をかけていた。
全く無関心で動かぬ態度が、ミレーナには面白くなかった。
「シオル兄ちゃん…相手は貴族だよ?」
シオルの隣にいたカイルが心配そうに見上げてくる。
「問題ない。それよりもナギに頼まれた事の方が大事だ」
「ぶれないね…シオル兄ちゃん…」
ミレーナは眉をひそめ、令嬢らしからぬ声をあげた。
「こちらに来なさいってば!」
胸の奥で鼓動が更に速くなる。
――平民のくせにっ…
ミレーナは更に数歩足を踏み出した。視線の先で、シオルはまだパン屋の夫婦と話している。動かぬその背中に、ますます苛立った。
「――平民がわたくしを無視するなんて、この村がどうなっても良いのかしら?!」
声を張り上げると、周囲の村人達から小さなざわめきが起きた。だが、シオルは依然として振り返らず、平然とパンの袋を受け取る。
カイルがそっとリルに囁いた。「分かった」と叫びながらリルが広場を駆けていく。
――なんなの!!
ミレーナは少し顔を赤くして、拳を握りしめた。
「そこの平民、お嬢様に対して無礼ですよ!」
ミレーナの側に控えていたメイドや護衛がシオルに詰め寄った。
「私の叔父様は辺境伯なのよ!この村ぐらい簡単にどうとでも!」
そう言ってミレーナがシオルの腕に手をかけた瞬間、シオルの周りに防御魔法が発動し彼女を弾き飛ばした。豪快に。
これは単純にシオルがナギに関する者以外は敵と認識する魔術を組み込んでいた為、自動で発動してミレーナを弾き飛ばしただけなのだが…
周囲の村人達はシオルの規格外の魔法を良く知っている…。こんな時はナギが居ないとマズイ事も重々分かっていた。
いま、そのナギが居ない。
なぜかシオルが一人でお使いをしている。
まずい……と全員が思った。
「貴様、お嬢様に何たる無礼を!」
護衛が剣を抜き、シオルに突進した。鋭い刃先が振り下ろされる――だが、シオルは動かず、周囲に張り巡らされた魔力の結界が護衛の剣を止めた。鋭い火花が散り、護衛は思わず後退する。
「なっ……!?」
村人たちも思わず息をのむ。
ミレーナは土埃の中でメイドに助けてもらいながら何とか立ちあがった。
顔は赤い。身体もあちこち痛くて、怒りも悔しさも、初めて感じるこの胸の高鳴りも、すべてが混ざり合っていた。
「……この私に、」
息を整えながらも、彼女は再び前に出ようとする。だが、シオルは再び一歩も動かず、まるで存在を認めていないかのようだ。
――なんて無礼なっ……!
ミレーナの心の中で、苛立ちと焦燥が膨らむ。
周囲の村人は冷や汗をかいて見守っている。その中でカイルだけが広場の奥を何度も覗き込んでいた。
◇◇◇
私はブレスレットの金具の調整を待ちながら、
「この魔石、すごく希少ですよね」
商人と話をしていた。
「ええ、ここまで大きな魔石はそうそう手に入りません。ちょっと伝手がありまして…お二人にお渡しできて本当に良かったです」
「やっぱり青い石は光を受けるとさらに鮮やかになりますね。綺麗…」
商人はにこりと笑う。
「お二人の雰囲気に合わせて選びました。お揃いで着けて頂けるように」
私は調整中の青い魔石のついたブレスレットに視線を向け、ふとシオルのことを思い浮かべた。
――シオルの瞳の色と同じ……
今頃シオルの腕にはまっているだろう漆黒のブレスレット。
少し胸の奥がざわつくのを感じて、ちょっと落ち着かない。
そんな自分に戸惑っていた。
「終わりました。一度着けてみて頂けますか?」
私は頷くと、商人からブレスレットを受け取って左手にはめる。
少し遊ぶ余裕はあるが先ほどよりもしっくりときた。
「有難うございます!これで大丈夫です!」
「良かったです」
商人と二人でブレスレットを見ながら微笑んでいると
「ナギ姉ちゃん!大変!大変!」
リルが駆け込んできて息を切らしながら叫ぶ。
「え、どうしたの…?」
「シオル兄ちゃんが、暴れるかも!!!」
「は?」
一年に一度の大事な収穫祭の日、広場では事件が起きていた――。
ここまで読んでくださって有難うございます!




