19話
あくる日、以前アイアンボアの群れを一緒に討伐した、村の猟師ライエルがナギとシオルの家を訪ねてきた。
「ナギさん」
柔和な笑顔を浮かべ、背にはいつもの弓を担いでいる。
「村の収穫祭について、もう聞いていますか?」
「収穫祭?」
「ええ。この時期は森で獲れた獣や、麦・豆・果実を収穫して保存食を作り始めるんですが……その始まりに、村のみんなで感謝を込めて収穫祭を開くんです。今年は三日後に広場でやる予定で。もしよければ、ナギさんとシオルさんもぜひ参加しませんか?」
突然の誘いに、ナギは思わず瞬きをした。
「え……参加していいんですか?」
「もちろんです」
後ろに立つシオルを振り返ると、優しい眼差しで私を見ていた。
「じゃあ、せっかくなので、是非参加させてください」
「よかった。実は村長から言伝を預かっていて」
「村長さんからですか?」
「はい。収穫祭の前に、保存食づくりのための肉を確保したいそうで。森で大きな獲物を狩るには、腕の立つ人が必要なんです。もし良ければ、ナギさんにも手伝っていただけませんか?」
「分かりました!喜んで!」
笑顔でライエルに返事を返すと、低く、冷たい声がすぐ後ろから響いた。
「……私も行く」
私は思わず固まった。
「シオルさんもですか……?」
ライエルがちょっと困ったような感じでシオルを見る。
「当然だ。ナギが行くのなら私も行く」
相変わらず固い声だ。
ライエルが苦笑しながら、
「そうですか……じゃあ、お願いします」
と言いつつ、私とシオルを交互に見た。
「うむ」
シオルは腕を組んだまま、ライエルから視線を外さずに答える。
ウェブスターは三人から少し離れた所に立ち、静かに自分も同行すると控えめに申し出た。
ライエルは初めて見る顔に少し驚いたが、ウェブスターの服装からシオルの従者だと察した。
「では、準備が整い次第、皆で森へ向かいましょう」
ライエルの掛け声で、私たちはそれぞれ準備を整え、家を出た。
シオルは今までは私の後ろについてくることが多かったが、今日は横に並んで歩いている。
ウェブスターも少し離れた後ろから、私たちを見守るように静かに歩いていた。
「ナギさん、今日はホーンラビットやイノシシ、グリズリーフォックスをメインに狙おうと思っています」
ライエルが手短に獲物について説明してくれる。
葉の隙間から差し込む光が足元を照らし、小鳥のさえずりが心地よく響く。
足音を忍ばせて暫く森の中を散策すると、ライエルが木陰に身をひそめた。
「ナギさん」
ライエルが指差した先に、ふわりと毛並みの白い小動物の影が揺れた。
ホーンラビットの群れだ。
ライエルと視線を合わせて、自分も手ごろな木陰に身をひそめる。
獲物まで50メートルほど。
するとシオルがゆっくりとナギに近づいた。
「ナギ、私がやろう」
耳元でそっとささやくように呟く。
思わぬ至近距離、そして耳元にかすかに感じるシオルの吐息に、頬がほんのり赤くなった。
「シオル?」
「あれを狩れば良いのだな?」
「うん…」
「承知した」
ウェブスターは少し後ろから静かに見守る。
(……ご主人様がやりすぎないように……)
とりあえず何かあればすぐに対応できるよう、気配を消した。
「シオルさん……?」
ライエルが小さく声をかけようとするが、シオルは視線を軽く向けてから獲物に手をかざす。そして、足元に静かに魔方陣を展開した。
シオルの手がわずかに動くと、魔方陣の光がほんの少し揺れ、風のような振動が森の地面を伝った。
その瞬間、群れが固まる。重力魔法で逃げるタイミングを完全に封じられたのだ。
「ナギ、あの獲物は傷をつけない方が良いのか?」
シオルが手をかざしたまま質問してきた。
思わずライエルに視線をうつす。
ホーンラビットが動けなくなったことに気づいたライエルが、木陰からそっと身体を出し、シオルに近づいた。
「すごいですね…どんな魔法であんな…」
目の前で、シオルの力があまりにも静かに、しかし確実に働いている。
「傷は?」
短くシオルが問う。
「小さな傷でしたら大丈夫です。すぐ血抜きと内臓処理をすれば」
不自然に動かなくなったホーンラビットを見ながらライエルが緊張しながら答えた。
「承知した」
そういうと、シオルは気配をけしていたウェブスターに視線をうつす。
心得たようにウェブスターはシオルの側に寄った。
「ウェブスター、内臓を避け、血液の流出を最小限に抑えろ。胸部・肩・ももだけ狙え。できるな」
「かしこまりました」
そう言うと、ウェブスターの手から無数の細い糸が伸び、シオルに指示された部位を次々と正確に貫いた。
「おお……!」
ライエルから感嘆の声が漏れる。
私はそっと完全に動かなくなっているホーンラビットの群れに近づいた。
そのまま全てアイテムボックスにしまうと、
「保存食用の肉はどれぐらい狩る予定ですか?」
とライエルに尋ねた。
「今回はホーンラビットが20匹ぐらいでしょうか?もしイノシシが見つかれば、そちらをメインに5~6匹狩りたい所です。グリズリーフォックスも4~5匹でしょうか」
森の奥を見つめながらライエルが答える。
ふと、以前狩ったアイアンボアの肉がまだアイテムボックスに残っていることを思い出した。
「以前狩ったアイアンボアの肉もまだありますよ?」
「あれは、ナギさんへの報酬分です。分配した分でしょう?」
「でもまだ沢山あるし…」
「それはそれなので」
ライエルは受け取れない、とほほ笑みながら言った。
そっか…と思わずしょんぼりする。
糸をしまったウェブスターが
「それでは森の中を探して参りましょうか?」
とシオルに尋ねた。
「そうだな。ナギ、ウェブスターの虫に探してもらうから私達はここで待っていよう」
「虫…」
思わず小さくつぶやく。
ライエルは、思いもかけないシオルの言葉に、少し目を見張った。
「では…見つかりましたらご報告いたします」
そう言うと、ウェブスターはゆっくりと森の中へ消えていった。
「ナギの前では虫は出させないから安心しろ」
そう言うとシオルは私の頭をそっと撫でる。
ちょっと照れくさくて、でも嬉しくて…シオルを見つめてしまった。
「あの、シオルさん?虫とは?」
ライエルが控えめにシオルに尋ねる。
「ウェブスターが使役している虫たちのことだ。今森の中に放たれているから時期に獲物を見つけるだろう」
まだ私の頭を撫でながら視線だけライエルに向けてシオルが答えた。
「すごいですね…」
ライエルが呟く。
そう、シオルも規格外だが、ウェブスターも規格外なのだ。
「ナギさんのお知り合いは皆さん…」
「私……?」と思って、私はライエルに視線を向けた。
ライエルは苦笑しながら遠くを見つめていた。
少したったころ、シオルがそっと私の手を握った。
「ナギ」
「ん?」
「イノシシの群れだ」
そう言うとシオルは私の手を引きながらゆっくりと森の中へ進み始める。
「え?シオルさん?」
慌ててライエルが私たちの後を追ってきたのが目に入る。
「シオル?」
私が見上げながら問うと、シオルが目線を森の奥に向けながら答える。
「ウェブスターが見つけた。そちらへ向かおう」
「もう見つけたの?すごいね!」
私の声に、ライエルは小さく「え?え?」と驚く。
私たちは慎重に森の奥、イノシシの群れへと距離を詰めた。
「ナギ、あの辺りだ」
シオル指差した先、茂みの影が微かに揺れる。
ウェブスターが気配を消しながらそっと姿を現した。
「イノシシの群れです。60頭ほどおります。全て狩りますか?」
「え!60頭…」
思わずライエルの声が上ずった。
私達は息をひそめ茂みの影に身を潜めた。群れの気配が静かに伝わってくる。
ライエルによると、この時期はイノシシの食料確保や冬支度のために群れがやや大きくなる傾向そうだ。それでも、この群れの数はやはり異常だと小声で教えてくれた。
「どう狩ります?」
私がライエルに質問する。
「ナギさんのアイテムボックスに先ほどのようにしまえるなら…もう傷がつく部位は気にせずに倒しましょうか。これだけ多いと…」
「でも、さっきと同じ傷は最小限の方が良いんでしょう?」
「そうですね……アイアンボアは倒すことがメインでしたが、イノシシは食料としてだけでなく、皮も加工して活用したいところではあるので…」
シオルとウェブスターに向き合って、私は二人に尋ねた。
「イノシシの群れがこう逃げ出さないように動きを封じる事ってできる?今回規模が大きいけど」
私の問いにシオルがちょっと目を瞬かせた。
「ふむ…。全て傷を最小限で狩りたい、という事か?」
「そうそう。できればこう格子状に群れを分断しておいて、それ以上分散しないようにしたいの。そこを端から中央に向かって順番に倒していく感じ」
私は地面に棒を使って簡単に図を描く。
「なるほど」
ライエルがちょっと感心したように私を見た。
「それなら矢での貫通でも倒せますね」
「はい。ライエルさんの矢で肩を、私の剣で胸部と足の部位を狙う、って感じなんですけど。シオル、どうかな?」
「承知した。では先ほどと同じように私が動きを制限して、ウェブスターには包囲から逃げそうな単体を引き戻す担当をしてもらおう」
「じゃあまず群れを10体ぐらいずつで分断してもらって…」
私達のイノシシ狩りが始まった。
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