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婚約破棄した元勇者、辺境でスローライフ…のはずが元魔王に押しかけられて慌ただしい!  作者: cfmoka


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17話

家に戻るとすぐ、シオルはナギを自分の部屋に運び入れた。


抱きかかえたまま、足元に小さな魔法陣を展開する。

風魔法と火魔法を融合させて、濡れた布地をふわりと乾かしていく。


ナギの肩口からは、ほんのり温かな蒸気が立ちのぼった。

魔力の温かな風が髪を優しく撫で、しっとりとしていた黒髪が徐々に元の柔らかさを取り戻していく。


「……ナギ」


シオルは呟きながら、胸の中で安らぐナギを見下ろした。

あまりに無防備で――だからこそ、腕の中のナギを手放したくなかった。


心地よい温もりに包まれていたせいか――

ナギは小さく身じろぎ、シオルの胸へとすり寄るように顔をくっつけた。

その無意識の仕草に、シオルの心臓が強く跳ねる。


ふと心地良い感触に安心したように、ナギは幼子のような笑みを浮かべた。


――こんな顔を見せてくれるのなら、

その無垢な表情に、思わずシオルも柔らかな微笑を返していた。


ナギを抱きかかえ、ゆっくりベッドに腰を下ろす。

胸の中で小さな体を抱きしめ、柔らかな鼓動と微かな温もりにひどく安心した。


戦いの中で見せる表情も、極めて美しい。だが、温泉を作っているときの無邪気さも、傷ついて静かに流す涙も……すべてを守りたいと思う。


これから進む未来を、少しでも安心できるものにしてやりたい――

誰よりもナギのすぐそばにいて、ナギが心から安心できる“たったひとつの存在”でありたい。


そんな、静かで揺るぎない決意が、胸の奥で熱く満ちていった。




◇◇◇




目を覚ますと、目の前にはシオルの咽喉ぼとけがあった。


「………?」

身体はしっかりと何かに抱きかかえられている。


「……??」

ふと視線を上に向けると、至近距離にシオルの美しい寝顔があった。

ちょっと驚いて…心臓の音が激しく耳の奥で響く。


頬に熱が集まっていくのを感じながら、私ははそっと目だけで辺りを見回した。


水着のままベッドに横になっていた。

シオルの右腕が枕代わりになり、左腕でしっかりと自分を抱きかかえている。

身体が密着する距離の近さに、顔の熱はさらに増していった。


身じろぎしたら、シオルを起こしてしまうかもしれない――それほど密着していた。

もう一度シオルの顔を見つめてみる。


エリンとの思い出で心が決壊してしまった私を、優しく抱きしめてくれたあの温もりを思い出す。

今も変わらない、その安心する心地よさにひどくほっとしている自分に気が付いた。


(何だろう…この、たまらない感じは…)


少し照れくさい、でも心地よい――この感情は、初めてだった。

急に何か恥ずかしくなって目線をシオルの胸元に向ける。

ゆっくり動くその胸にそっと顔を近づけて、シオルの鼓動を聞いた。

トクトク…、ドクンドクン…二つのリズムが混ざって聞こえる。


「……?」

もう一度、しっかりと耳をくっつける。

やっぱり、二種類の鼓動があった。


「え?」


「ん……ナギ?」


寝ぼけているかのような、ちょっと舌足らずなシオルの声が頭上から響いた。


思わず心臓が跳ね上がる。顔が熱くなり、胸の奥がキュッと締め付けられた。

シオルの声が、こんなに近くから聞こえるだけで、身体の奥から小さな震えが走った。

「……し、シオル……」

目をゆっくり上に向けると優しい眼差しのシオルと目があった。


思わず息を呑む。


「身体は大丈夫か?」

「…っ」


いたわる様な気遣う柔らかな問いに、私の心は何かに満たされていく。


シオルが村に来たときは警戒していた。

その心配がなくなっていっても、規格外の力に振り回されて、いつも目が離せなかった。


そして今は――

とても…こんなにも気持ち良い温もりを与えてくれる。




その事がとても嬉しくて…


まるで、雪解けの雫をまとったスノードロップの花弁がほのかに揺れるように、

胸の奥で固く凍ってしまっていたものがじんわりと溶けていく。


そっと――私は瞬きをしながら

胸の奥からそよぐように広がった何かを感じて

その心地良さに、微笑みが自然とこぼれてしまった。



「大丈夫。シオル、ありがとう」




シオルが、まるで眩しいものを見るかのように目を細め、左腕に力を込めた。

さらに顔を近づける。額がそっと触れ合うほどの距離で――


「それなら良かった」


とても安心したかのように、かすれた声で呟いた。


一瞬で頬に血が上る。

同時に、体の奥にじんわりと温かさが広がり、心がほぐされるような安心感に包まれた。


「……シオル……」

そっと呟くと、さらにシオルが左腕に力を込めた。

もう身体は完全に密着している。


何だかとてもそうしたくなって…顔をシオルの胸にうずめた。

小さく息を吐きながら、胸の鼓動を確かめる。


やっぱり二種類の鼓動を感じた。


「ごめんね、寝ちゃったんだね私」

ポツリと呟くと頭上からシオルの柔らかい声が響いた。


「温泉とやらも気持ちよかったしな。気にしないで良い」

「温泉汲んで持って帰ってくる予定だったのに」

「また行けば良い」

「うん」


「お腹はすいていないか?」

「う~~ん、ちょっとだけ」

「ウェブスターが軽食を作ったから何時でも食べれるようにしてある」

「そうなんだ。ありがと。ウェブスターさんにもお礼言わないと」

「ウェブスターの事は気にしなくてよい。好きでやっているだけだ」

「そうはいかないよ」


クスクス、と笑いながら、ついシオルの胸元に顔を押し当ててしまう。

シオルもくすくすと笑い、右腕をそっと動かして、さらに抱き寄せるように腕を回した。


思わず小さく息をのむ。


「し、しおる…」

思わず小さい子供のような、上ずった声が出てしまう。


「ナギ」

そう言ってシオルが額をくっつけて目を覗き込んできた。


「…っ」

「昨日のような格好は、今後は私以外の前では見せてはだめだ」

「へ?」

「約束してほしい」

「昨日のようなって、水着のこと?」

「そうだ。あの恰好は絶対他の者の前ではしてはいけない」

ひどく真剣な眼差しでシオルが言う。


心臓が痛くなるほどドキドキして、頭の中で「どうして…?」と疑問がよぎる。

でもそれ以上に、この体勢にキャパオーバーな気配を感じていた。


「…っ、わ、わかった。や、約束します…」

「うむ」


胸の奥がまだドキドキして、目がそらせない。


「…あの、しおる…」

小さく声を出してみる。

するとシオルはくすっと笑い、しっかりと抱きよせながら額をすり合わせた。


きっと私の顔は真っ赤だ。


「ナギ。私だけだと約束だ。絶対にだ」

その言葉にコクコクと何度も首をふる。

恥ずかしくて体を少し離そうとしたけれど、シオルにさらに抱き寄せられてしまった。


「しおるぅ」

思わず情けない声を出してしまう。


シオルは可笑しそうに、楽し気に私を見つめたまま笑っていた。


「昨日も倒れて…今日もこんなで…シオルに迷惑かけてごめんね」

小さくつぶやくと、シオルがまたそっと額をすり合わせた。


「何も迷惑などない」

シオルの目は優し気に細められ、ほんのり目元を朱に染めている。


「何も気にするな。私はナギだけが⋯何よりも大切なのだから」

その言葉に更に心臓の鼓動が早くなった。


どうして良いか分からない。

真っ赤な顔で、はくはくと口を動かした。


シオルが少し身体を起こし、私の首元に頬を擦り寄せた。


「ナギ…そばにいて欲しい」


抱きしめられたまま聞こえたその言葉は、まるでシオルの心からの懇願のように感じられた。


思わず、シオルの服の裾をつかんでいた手を離し、ゆっくりと背中に回す。

そのまま、そっとシオルの背中を撫でた。


さっきよりも近づいた距離に心の中に何かが広がっていくのを感じる。




それは信頼なのか――

それ以上の……


私の心の中に何かがしっかりと生まれた瞬間だった。






「ご主人様、ナギ様に何をされましたか?」


ウェブスターが尋ねてきたのは、水着を着替えてダイニングで軽食を食べている最中だった。


「……」

シオルは無言でウェブスターを見返す。


膝の上で、私はシオルに軽食を食べさせてもらっていた。


「ご主人様?無理やりはいけませんよ」

「……」


またしても無言で答えるシオルに、私は真っ赤な顔で果物を口に運ばれていた。


(なぜこんなことに……)


顔が熱くて、どうしてもあらぬ方向を見つめてしまう。

でも、シオルに甘えたい、という自分がいることも否定できない。


「……ナギ様、無理やりでしたら引き離しますので…」

ウェブスターの声が耳に届くたび、さらに熱がこみ上げる。


(ああ、もう…どうしてこんな…)

シオルにくっついているだけで、ひどく安心してしまう。


自分の中にこんな感情があるなんて知らなかった。




「ナギ」

膝の上で、シオルはせっせとフォークに刺した果物を口元に運んでくる。

真っ赤な顔で、どうしても視線をそらしながらも、口をあけて受け取る。


シオルは楽しそうに、丁寧に一つずつ果物を口元へ運ぶ。

その手つきの穏やかさと距離の近さに、心臓がずっと締め付けられていた。


(ああ…恥ずかしいけど、恥ずかしいけど…!)


口に運ばれる果物をだまって受け取る。



その向こうでウェブスターとシオルが無言の攻防をしている。


甘くて柔らかな時間だった。

ここまで読んでくださって有難うございます!

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