101話
関所の前に立つと、重々しい鉄門は相変わらず固く閉ざされたままだった。
「止まれ! ここは通行制限中だ。勝手に通すわけにはいかん!」
見下ろしてくる兵士は、胸を張り、妙に偉そうに顎を上げていた。
「村が襲われた。救護を──」
「うるさい!規則だ。開けられん」
その言葉に、レオンハルトとドルガンが堪えるように息を吐いた。
私は一歩前に出て、静かに名乗った。
「私は勇者ナギ・メグロ──教皇の依頼によって聖王国に来た」
身分を告げた瞬間、兵士の顔色が変わった。
さっきまでの尊大さが嘘のように消え、慌てて背後へ振り返る。
「しょ、少々お待ちをっ!」
慌ただしい足音が門の向こうへ消え、代わりに、鎧の擦れる重い音が近づいてきた。
やがて、上官らしき男が現れ、門の上からこちらを見下ろす。
「……証明できる物は?」
無言で教皇の通行許可書を掲げる。
上官は息を呑み、すぐに部下へ怒鳴った。
「開門しろ!」
ギギギ……と鉄門がゆっくりと開いていく。
だが、その上官の表情はどこか渋い。
門が開いた後も、彼は眉間に皺を寄せたままだった。
一歩近づき、静かに告げる。
「村は魔獣に襲われていた。今すぐ救護班を向かわせて」
上官は唇を噛み、視線を逸らす。
「……村が襲われるのは日常茶飯事です。きりがない状況なのです」
「どういう事?」
その一言に、上官は視線をあげた。
「半年ほど前からでした。それまで魔獣など姿すら見たことがなかった村に、少しずつ目撃証言が現れました」
「半年も前からなの?」
「はい。それからは日に日に凄まじい勢いで増えていきました。まるで魔獣が聖王国の中に入り込もうとするかのように」
「!」
「聖王国の結界は通常の結界と同じくドーム型です。四方位をこのように関所で区切ってそれぞれの管轄で管理しております。今や結界外は魔獣だらけです。我々も魔獣が出現するたびに討伐隊を組織して駆逐していました。ですが……」
「きりがなかったと。……王宮からは?」
「……あちらが何を考えているのか分からないのです。ただ10日前に門を閉鎖しろとだけ、指示が届きました」
「10日前?」
「はい。軍の応援もなく、近隣の民を関所内に避難させる指示もなかったのです」
上官の腕が震えている。
「我々の同僚も、冒険者も民も……かなり犠牲になってしまっています」
私は関所内の人々の顔を見渡した。
皆不安な表情を浮かべている。
「……救護班を手配します」
兵士たちが慌てて動き出す。
「今なら勇者様がいらっしゃる。そう言い訳が出来ます」
上官が自嘲気味に口元をゆがめた。
聖王に守られていたはずの聖王国──
「これは……聖王国は内部も、もう危ないのかもしれない」
シオルが相変わらず結界を見つめながら、不穏な事を言った。
私たちは関所を通行し、領内を静かに観察しながら進んでいた。
商人の通行も制限されているせいか、どことなく活気がなかった。
「かなりマズイ状況になったのが10日前ぐらいってことか?」
ドルガンの問いに、
「いや、おそらくもっと前からだろう。通達が届くまでもう少しかかるからな」
レオンハルトの言葉にシオルが頷く。
「教皇が指示してきた人物に早く会ったほうがよさそうだ」
「そうだね」
準聖女ヴェルディ──
聖女エリシア不在の間、代行を務めていた少女。
魔王討伐前に訪れた時は、また少女だったエリシアの姪。
現在大神殿で再び聖女代行をしているという。
そのまま四人で大神殿近くまで転移で移動することにした。
「フェリアに繋ぎをとった方がよさそうだな」
シオルがウェブスターより借りてきた虫をそっとはなした。
貴族街を抜けて王宮と対になる位置に佇む大神殿。
その大神殿の前に立った瞬間、空気が変わった。
まるで訪れる者を試しているかのような静けさ。
正面にそびえるのは、灰色の石で積み上げられた巨大な外壁。
時を重ねたことで増した重厚さが、見事に圧を放っている。
高く伸びる尖塔は雲を突き刺すように鋭く、その影が地面に長く落ちていた。
石造りのアーチには細かな彫刻が刻まれ、神秘的な像が、訪れる者を無言で見下ろしている。
扉は黒檀のように暗い木で作られ、鉄の装飾が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。
ゆっくり押し開けると、重い音が低く響き、その音が大聖堂の奥へ奥へと吸い込まれていく。
中に足を踏み入れた瞬間、ひんやりとした空気が肌を撫でた。
外の陽光とは別世界の、静謐で冷たい空間。
天井は信じられないほど高く、高い窓から差し込む光は、幾筋もの帯となって降り注いでいる。
奥には巨大な祭壇があり、燭台の炎が揺れ、石壁に長い影を落とす。
今は祈りの声はない。
幾列も並んでいる長い木製のベンチには、ところどころに、ぽつり、ぽつりと民が腰掛けていた。
私たちも様子が伺える位置の椅子に座り、とりあえずフェリアからの返信を待つと、
『マモナク』
短くフェリアの声が風に乗って届いた。
祭壇のある一番奥まった箇所の右側──壁に溶け込むように設けられた木製の扉がひとつ。
その扉が、『ギ』と小さく揺れた。
ゆっくりと扉が開き、女神官が姿を現す。
細い影を引きながら姿を現し、足音はほとんど響かず、石の床を歩いているとは思えないほど静かだった。
「お待たせいたしました。ご主人様、奥様」
光を吸い込むような黒い服を纏い、いつもは肩の位置で軽く揺れる金色の髪をヴェールで覆っている。
神聖なその佇まいはすっかり女神官なのだが、変わらぬ淡い黄緑の瞳を細めて微笑んでいた。
「来て頂いて早々、大変心苦しいのですが」
フェリアがゆったりと首を傾げた。
「どうしたの?」
「……少々、厄介な状況となっております」
そのまま細く溜息を零す。
「エリシアさんの事?」
「はい。まず見て頂いた方が宜しいかと」
「見れるの?」
「はい。ご案内いたします」
まるで影が歩いているかのように、再び入って来た扉へ向かうフェリア。
私たちは扉の手前で、腰ほどの高さがある大理石で出来た石板にギルドカードを翳した。
『──ニンシキシマシタ ツウコウヲ キョカシマス』
どことなく機械的な声で読み上げられる。
扉の先は、大神殿の奥へと続く回廊。
かつて一度、神託の玉を見るために通った道だ。
壁には古い燭台が等間隔に並び、揺れる炎が細長い影を回廊に落としている。
フェリアが先を歩き、白いヴェールが炎の光を受けて淡く揺れた。
「きっかけは半年前だそうです」
「半年前ってエリシアさんが姿を見せなくなったって言われてる頃だよね?」
「はい。現在王室には隠し子だったと発覚し保護されている王女がおりますが……」
進むにつれ、空気がさらに冷たくなる。
「その王女は、元は孤児です。一年程前から、金銭を得るため町中で人々を癒していたと」
「癒しの魔法を持ってたってこと?」
「はい。丁度そのころ、エリシア様は奥様たちと魔王討伐中でご不在でした。そのため、きっと次の聖女がこの娘だと、噂が王都を中心に広がっていたそうです」
「でも、エリシアさんは無事に戻った」
「そうです。人心はその奇跡の力を持つ少女に傾く者と、今まで通りエリシア様を推す者とで分かれていったそうです……」
外界から切り離されたような静寂。
「そんな中、その少女が現王の隠し子であることが分かりました」
「随分唐突に分かったんだね……」
「実は、王室としてはエリシア様の障害となる者は排除する方向でした。その過程で少女について詳細を調べた所、隠し子だと発覚してしまった、という事らしいです。情けないことに」
彼女の声は小さかったが、存分に呆れを含んでいた。
「そして自分が聖女だと勘違いしたまま──王族の一員になったのですが」
やがて、回廊の突き当たりに重厚な鉄扉が姿を現した。
「半年前に、かの王女はこの聖王の棺の安置されている、この部屋に立ち入りました」
この部屋は私でさえも入ったことはない。
それは聖王の棺を守る聖女のみ許されている空間だからだ。例外に王家の血筋を持っていれば、扉を開けることぐらいは許されている。
もしそれを破れば──
「エリシア様が丁度公務で外出中の出来事だったそうです。王女は王家の血筋故、ここに入る事ができました。そして勝手に自信をつけた王女は聖女であると過信し、石室内の棺に触れたのです」
黒鉄で作られ、古い紋章と祈祷文が深く刻まれている扉。
その扉が中からゆっくりと開く。
「棺に触れた王女は弾き飛ばされました。エリシア様がお戻りになるまで誰も中に入ることができないまま、王女は放置され、その時の怪我が元で片足が不自由だそうです。自分で治療すればいいのにと私は思うんですけどね」
おお。フェリアが結構辛口だ。
「ご案内頂き有難うございました。フェリアさん」
中から現れた聖女の衣装を着た少女が、苦笑いを浮かべながら声をかけた。
「お久しぶりでございます。勇者様。ヴェルディです」
桃色の髪を靡かせ、静かに微笑む少女が待っていた。




