聖女じゃないのに正常じゃない日常6-聖女じゃない私と凍れる村の伝説
私はレイラ。
聖女じゃないけど、なんか最近「聖女扱い」されることが増えている。
魔法が少しだけ使えるだけの田舎の平民なのに、なんでだろうね?
「レイラ、助けてくれ!」
村の広場で薪を運んでいた私に、ボーナムが駆け込んできた。彼の後ろには領主様と数人の村人たちがいて、皆深刻そうな顔をしている。
「何があったの?」
「北の谷にある隣村の話だ。春が来ないんだって。村中が凍りついたままで、作物も育たないし、家畜も死に始めているそうだ」
「春が来ない……?」
それは確かにただ事ではない。けれど、それがどうして私に話が回ってくるのか。
「聖女なら何か分かるかもしれないと思ってな」
「だから私は聖女じゃないってば!」
それでも、困っている人がいるなら放っておけない。私は荷物をまとめ、凍れる村へ向かうことにした。
隣村は北の谷にあり、山道を越えなければならない。領主様が手配してくれた馬車で数時間揺られた後、目的地にたどり着いた。
村に入った瞬間、冷たい風が頬を切りつけた。周囲には雪が積もり、木々も凍りついている。家々の屋根には氷柱がぶら下がり、人々は毛布をかぶって震えていた。
「これ、本当に春が来てないんだ……」
村長に案内され、村の中心にある祠へ向かった。祠は村人たちの祈りの場であり、この村の守護神が祀られているという。
「この祠が関係しているのかもしれない」と村長は言う。「昔から村が困った時はここで祈りを捧げてきた。しかし、今年は何の応えもない」
祠に入ると、そこには古びた石像が鎮座していた。周囲には雪が積もり、冷たい空気が漂っている。その石像の表情は、どこか悲しげに見えた。
「これが村を守る守護神……?」
祠の奥には古い石碑があり、不思議な文字が刻まれている。私は石碑に手を触れてみた。その瞬間、頭の中に低い声が響いた。
「契約は破られた……怒りを鎮めるのだ」
「えっ? 今の何?」
私が呆然としていると、村長が不安げに尋ねてきた。
「どうした?」
「何かが……怒っているみたいです。多分、この寒さの原因はそれかも」
村長の話では、村の外れに「春を呼ぶ泉」と呼ばれる場所があるらしい。その泉の水が流れ出すと同時に村に春が訪れるという。しかし、今年はその泉が完全に凍りつき、一滴の水も流れ出していないのだとか。
「分かりました。泉を見てきます」
案内されて泉に向かうと、そこには青白く輝く氷が広がっていた。水面は固く凍り、近づくと氷の下から何かが光っているのが見えた。
「これは……ただの氷じゃない」
私は魔法で氷を溶かそうと試みたが、びくともしない。むしろ冷たい風が強まり、体が凍えそうになった。
突然、氷の中から青白い光が浮かび上がり、人の形を取った。それは長い髪をなびかせた女性の姿で、凍りつくような冷たい目で私を見下ろしていた。
「お前は誰だ?」
「村を助けに来たレイラです! この寒さの原因を知りたくて……」
精霊は静かに言った。「村人たちは契約を破った。守護神との約束を忘れたのだ」
「契約……?」
「この泉は、村人たちが守護神に感謝の祈りを捧げ続ける限り、春をもたらしてきた。しかし、近年、祈りが絶えた。欲深き者たちは感謝を忘れ、泉を軽んじた」
精霊の目には怒りが宿っていた。しかしその奥には、どこか悲しげな光も見える。
「じゃあ、どうすればいいんですか?」
「契約を再び結び直せ。村人たちに守護神への感謝を取り戻させるのだ」
精霊は泉の中心に指を差した。「そこに宿るのは守護神の力の一部だ。それを解放すれば、泉は再び流れ始めるだろう。ただし、そのためにはお前自身が守護者となる覚悟を示せ」
私はしばらく考えたが、村の人々を救うために承諾した。
精霊の力を借りて泉の中心に触れると、氷がひび割れ始めた。やがて凍っていた水面が溶け出し、冷たい水が再び流れ始めた。すると、村全体に暖かい風が吹き抜け、氷が次々と溶けていった。
「これで……春が来るんですね」
精霊は満足そうに頷き、静かに姿を消した。
村に戻ると、凍りついていた家々が解け、村人たちが外に出て喜び合っていた。村長は涙ながらに礼を言い、村人たちは一斉に「聖女様だ!」と口にした。
「だから、私は聖女じゃないんですって!」
私は村長に、これから泉と守護神を大切にするよう伝えた。村人たちは全員で祠に集まり、感謝の祈りを捧げることを誓った。
こうして凍れる村に春が戻り、人々に笑顔が蘇った。私は再び日常に戻るが、心の奥には守護神との契約が残っている。
「次はどんな試練が待っているのかな……」
少しだけ疲れたけど、また次の冒険が楽しみになっていた。