あなたの知らない不思議な話
グリーン車にて
私は秋雨友恵。
グリーン車の客室乗務員の仕事をしています。
仕事の内容は紙のグリーン券で乗車されたお客様や立ち席で乗車されたお客様に車内で検察を行ったり
グリーン券を持たずに乗車されたお客様に車内でグリーン券を販売などをしたりします。
その他にも車内販売や運行状態や乗換案内などもします。
早朝の始発電車から夜遅くの終電車まで勤務時間が不規則で勤務時間が長い時も有ります。
慣れない頃は揺れる電車の中の立ち仕事で電車を降りても一日中身体が揺れていることもありました。
でも私達客室乗務員が最も迷惑だと思うのは酔ったお客様に絡まれる事です。
大柄な男性に向かって来られると心なしか恐怖を感じる事が少なからず有りました。
それは私がこの仕事にも慣れて来た十二月のクリスマスも近くなったある日
その日は東京発の最終電車乗務でした。
忘年会シーズンで酔った客が普段よりも多く乗ってこられるので酔ったお客様に絡まれるのではないかと
内心びくびくしながら乗務する電車のグリーン車の乗務員室に乗り込みました。
車内検察で車内を回ると車内はほぼ満席状態でした。
よったお客様も結構見られたのですがこの日はみんな大人しく乗車されていて
絡まれることもありませんでした。
「良かったぁ、絡まれなくて 」
私は安堵して次の車両に移った時でした。
車内は満席でしたが、何か空気が重かったのを覚えています。
「なにか嫌な雰囲気だなぁ、少し肌寒いし・・・。 」
でもそれが何が原因なのか全くわかりませんでした。
車内検察を終えてこれから車内販売へと続きます。
商品を籠に詰めて車内を回ります。
その日は何故かお客様は静かで缶ビールとおつまみがいくつか売れたのを覚えています。
そして4号車に移った時でした。
先ほどと同じ何か重苦しいひんやりとした空気が車内に充満してました。
「空調が壊れているのかな? でも不思議にクレームが来ないわね。 」
不思議に思いながらも車内販売を終えて乗務員室に戻り売り上げを計算してしてるうちに東京駅を出てから一時間が過ぎていきました。
二度目の車内検察を行うために乗務員室を出て車内を回り始めました。
降車されたお客様も多く車内は空席が目立ち始めました。
そして一通り車内を回った後4号車へと向かいました。
4号車に向かうにつれて空気が段々と重くなってきます。
「今日はなんだか変な日だなあ。 少し恐い…。 」
そんな気持ちを抑えながら四号車の通路扉を開けたとたん
「えっ? 」
声を上げてしまいました。
4号車には誰もいなかったのです。
全員降車されたのでしょうか?。
そうとしか考えられません。
誰もいない車内に何故か重苦しい嫌な空気だけが充満していました。
その時電車が駅構内に進入しポイントを通過したのでしょう、ガタタンと車輪の音がして電車が大きく揺れました。
思わずバランスを失った私はよろめいてグリーン車の椅子にしがみつきました。
一瞬のことでした。
身体のバランスを取り戻した私は顔を上げました。
すると右側の奥の座席に土木作業員風の男性が座っているのが見えたのです。
「お客様が居たんだ、あ、検察がまだだわ 」
私は検察しようと座っている男性に向かって歩いていきました。
後数メートル所まで近づいた時電車が大きくガタンと揺れ私はふたたびバランスを崩し視線を床に落としました。
直ぐに顔を上げたのですがもうその時には土木作業員風の男性は消えていました。
「えっ!?、 」
慌てて周りを見渡しました。車内には誰もいません。
土木作業員風の男が座っていた椅子は何故かぐっしょりと濡れていたのを覚えています。
全身の毛穴が逆立つような恐怖が全身を襲いました。
その日は宿舎に帰ってベットに入っても鮮明に情景を覚えていてなかなか寝付けませんでした。
次の日の勤務は最終電車の一本前の電車でした。
昨日のこともあり内心ビクビクしながら仕事をしていましたが幸い何事も無くその日の仕事は終わりました。
宿舎に帰ってそろそろ寝ようかという時
「ででで、出た出た! お化け!!。 」
入社して間もない新人の伊藤つばさが泣きべそを掻きながら寮の部屋に駆け込んで来たのです。
「何よお化けって、寝ぼけて夢でも見たの? 」
同部屋の同僚がベッドから起き上がって彼女に話しかけました。
「でで、出たのよ、グリーン車の一番隅の席に血だらけのお化けが座っていていつの間にか消えたのよ。 」
「座っていたお化けがいつの間にか消えた?、 タクシーならそうゆう幽霊話もよく聞くけど電車よ
鉄道事故現場の駅や踏切で白い人影を見たとかの話ならいくつか聞いたことがあるけど、いつの間にか乗り込んで消えるなんて初耳だわ、明日も早いんだからさっさと寝る事ね睡眠不足はお肌の大敵よ。」
私は彼女が最終電車の乗務だという事を思い出したのですが、事を荒立てることも出来ないので
「今日は一緒に手を繋いで寝ようか 」
彼女に言うと伊藤つばさはこくんと小さくうなずいて私の隣に寝ました。
「最終電車には何かある。明日はまた最終電車勤務だから調べてみよう…。でもどうやって? 何もないのが一番だけど。 」
寝ながら色々考えているうちにいつの間にか眠りに就いていました。
その日の最終電車の勤務の時間になりました。
私は普段以上に緊張してたのでしょう鏡に映った私の顔がかなり強張っていました。
キャリーを引いてホームに出るとホームから見える街はいつになくイルミネーションが輝いて見えました。
「今日は23日もうすぐクリスマスかぁ・・。残念、私にはクリスマスを一緒に過ごしてくれるカレがいない、明日は休みなのに今年もひとりか・・・。」
などと思いながらグリーン車に乗り込みました。
少し経って始発駅を出発したグリーン車はかなり込み合っていました。
幽霊が出たとしてもこれでは見分けがつかないなあ、と、自分に言い聞かせ自分を安心させてる自分がいたのを覚えています。
検察や車内販売をしてるうちに電車は何事も無く走っています。
電車が走るにつれ乗客は少なくなっていきます。
終点も近づき最後の検察へ乗務員室を出ました。
車内を一通り回って4号車へと向かいました。
4号車の下階へと降りて車内を見ると乗客は誰もいませんでした。
車内はひんやりとして不気味な悪寒が背筋を走りました。
私は誰もいない車内の通路を通りながら座席に忘れ物などが無いか確認したり、倒れたシートを起こしたりしながら移動してました。
ふと顔を上げ私はドキッとなりました。
座席の端に土木作業員風の男性がうずくまって座っていたのです。
「グリーン券情報のランプが赤だわ、検察に行かないと。」
私はうずくまっている男性の脇に来て
「すみません、グリーン券を拝見させていただきます。」
私は男性に話しかけました。
俯いて座っていた男性が顔を上げたとたん私は
「きやああぁぁ! 」
と、声にならない叫び声を上げてしまいました。
上を向いた男性の顔の額はぱっくりと割れそこから大量の血が流れていたのです。
「この人は生きてない・・・、幽霊だ! 」
私は瞬時にそう思いました。
恐怖が全身を駆けまわっています。
その時男性がうなり声の様な音を発しながらゆっくりと立ち上がり私の方に近づいてきました。
「ああ、 」
私は恐怖から後ずさりしました。
男性の幽霊は座席から通路へと出てきました。
私は電車の揺れが後ずさりしていた私に尻餅を付いてしまいました。
男性の幽霊はなおも近づいてきます。
尻餅を付いたまま私は後ずさりしてます。
その時電車が駅の構内に進入しポイントを通過した時大きく揺れました。
私は身体を支える手を付く床に一瞬目を落としてすぐに視線を上げました。
そこには男性の姿はもうありませんでした。
電車は何事もなかった様にホームに入っていきます。
「夢だったんだろうか? 」
私は呆然としながらよろよろと立ち上がりました。
乗務も終わり宿舎に戻る途中私は考えました。
「前回もそうだし新人の伊藤つばさの時も今回も同じ駅に入る直前で現れている。
あの終着駅近くのあの駅に何かあるかもしれないかも。 」
「あしたは休みだし行ってみよう。 」
そう思いながらベッドに入りました。
「憑いてきません様に・・・、夜中に出てきません様に・・・。 」
祈りながら眠りにつきました。
どんよりとした大曇りの下問題の駅に降り立ちました。
駅は高架になっており駅前は急速に発展した様子でお洒落で新しい商業施設が目に付きました。
「とりあえず駅の周辺を調べてみましょう。 」
地上に降りた私はスマホを取り出して最近駅周辺の事故事件を調べてみる事にしたのですが。
「この駅で人身事故が数件起きてるけど土木作業をしてる人が事故に遭った記録は無いわね・・・。
とりあえず駅周辺をぐるりと回ってみますか。 」
私は駅周辺を注意深くさぐりながらめぐる事にしました。
駅の西側を見て回ったのですが手掛かりになる様なものは見つかりませんでした。
「東側を見て回りましょう。 」
東側の周辺を見て回る事にしました。
「これといって手掛かりになるような物は無いわね。 」
私は半ばあきらめかけてふと空を見上げました。
高架橋と道路を挟んだ向かいのビルの間から曇り空が見えます。
その時高架橋の上を下り電車が走り抜けていきます。
ポイントを通過してるのでしょう「ガタタン、ガタタン! 」とその場所だけ車輪の大きなジョイント音が響いてきました。
「そう言えば幽霊が消えるのはいつもあの辺だったような・・・。 」
そんなことを思い出しながら視線を下に向けた時でした。
古い埃にまみれたお墓の様な供養塔の様な小さな石塔を見つけました。
「だいぶ古そうね、文字はなんて書いてあるのかしら? えーと・・・、 」
「おや、あんたその供養塔に興味があるのかい? 」
不意に後ろから声が聞こえてきました。
後ろを振り向くと老婆が立っていました。
「いえ、興味がある訳じゃ無いのですが、最近不思議なことがありまして、 」
私は今までのいきさつを話し始めました。
「そうかね。 」
老婆はいかぶる様子も見せずに真剣に話を聞いてくれました。
話を聞き終えた老婆は突然話し始めました。
「ワシはな、若いころはこの駅前で小料理屋というか飲み屋をやっていてな、そうだなこの線路が地面の上を走っていたころの話じゃ。
昔はここは駅前といっても畑と田んぼに囲まれ数件の家があるだけの田舎だったんじゃ。
それがなバブルの頃だったかなベットタウンにするとかで宅地開発が進んで急激に人口が増えたんじゃよ。それでここら一帯は開かずの踏切ばかりになってひどい交通渋滞が発生する様になって。
そこで線路を高架にして踏切を無くそうと工事が始まったんじゃ。
工事の為の多数の工事関係者が流入し沢山の飯場(工事関係者の簡易宿泊所 )が出来てここら一体もだいぶ活気が出てきたんじゃ。
特ににわかに増えた労働者によって寂しい田舎町の飲食店が見違えるように賑わいはじめたのじゃ。
ワシの店にも沢山の労働者が来てくれてな、だいぶ繁盛させてもらったんじゃ。
労働者は地方からの出稼ぎ労働者が多くてな・・・、そう言えばワシの店に常連の労働者のお客がいて
年はそう40前後くらいかな。 」
「40といえばあの幽霊もその位だったような。 」
私が思い出そうとしている中、それでも老婆は話を続けた。
「田舎に娘がいるそうでいつも娘の可愛い自慢話ばかりしとった。
クリスマスには娘の大好きなキャラクターの人形をお土産に買って田舎に帰るんだ、最終電車は田舎まで直通の夜行電車があるからそれに乗ってなぁ。
娘、喜ぶだろうなぁ、笑うとなあコロコロとして目に入れても痛く無いくらい可愛いんだぁとか 」
私は黙って老婆の話を聞いていました。
「そんな時じゃった、町のチンピラがどっからともなく増えておおきな顔をして街をのさばり歩いてな、どの飲み屋に入っても1人や2人いるようになって・・・。
その日は気の荒い流れ者の労働者グループと街のチンピラ達がわしの店で飲んでおったのよ。
案の定些細な口論から大乱闘になった。
喧嘩は数で勝る労働者たちがチンピラを叩きのめしてその場は終わったのだけど・・・。
やられたチンピラ共は腹の虫が収まらない。
仲間を集め隣町の兄弟分達にも応援を求めその夜労働者達の飯場に殴り込みをかけてな、刀やツルハシ、スコップなどを振り回しての大乱闘になって
労働関係者数名の死者など双方合わせて十数名の負傷者を出して終わったのじゃな。
その供養塔の場所が乱闘事件があり労働者が殺害された場所なんじゃよ。
じゃがな、時間が経つにつれてその事件も忘れ去られてその供養塔ももうじき撤去される予定じゃ。
もう昔の話じゃからのう。 」
お婆さんは供養塔に手を合わせ小さく頭を下げました。
私も続けて供養塔に手を合わせ亡くなった労働者たちの冥福を祈りました。
そして私が顔を上げた時にはお婆さんの姿はもうありませんでした。
「??、帰られたののかしら? 」
キツネに抓まれたような不思議な感覚になりながらもその日は帰りました。
次の日は25日クリスマスです。
私は運悪く体調不良の同僚の代わりに最終電車に乗車する羽目になりました。
「つくづく私は最終電車に縁があるのかな?。 今日は昨日の帰りにお寺で買ったお守りもあるし
大丈夫!、だいじょうぶ!。 」
心の中で気合を入れ奮い立たせながら最終電車に乗り込みました。
何事も無く電車は出発し混んでいた車内は進むにつれて少しづつ空いてきました。
やがて終着駅近くになって私は最後の検察へと向かいました。
五号車の検察を終えて四号車へと移動します。
ひんやりとした空気が漂ってきました。
ぞくっ!
全身に鳥肌が立ちます。
それでも通路側の扉を開けて儘よとばかりに四号車に入り込みました。
誰もいない車内にひんやりとした空気が充満してました。
「誰もいない、お化けもいない。 」
私は足早に車内を通り抜けようとしました。
そしてもう少しで車内を抜けようとした時後ろから肩をつかまれた感覚に襲われました。
「?!、 」
振り向くと頭から血を流した土木作業員風の男性が真後ろに立っていたのです。
「!!!!!!!!!、 」
心臓が飛び出るほど驚きました。
「 」
声にならない悲鳴が上がります。
「やはりこの世の人ではない! 」
直感的にそう思いました。
「ううううぅぅぅ・・・、 」
幽霊は唸り声とも泣き声とも違う声を出してゆっくりと近づいてきます。
私は幽霊を見て尻餅を付きそしてガタガタと身体が震えだしました。
「逃げなきゃ・・・!。」
心の中ではそう思うのですが体が動きません。
その時ふとあの時のおばあさんの言葉が頭の中をよぎりました。
もしかしたらこの幽霊は故郷に帰りたいのかもしれない。
確証は有りません。
それでも言ってみることにしました。
「ちょ、長距離夜行列車は東京駅からはもう出ません。この電車の終着駅から、
着いたホームの向かい側のホームから出ます。
年末の臨時列車なので乗り遅れないようにして下さい。」
これで良かったのでしょうか?。
沈黙の時間が流れます。
私にとってとても長い時間に感じられました。
男性の幽霊は
「うううう・・・ 」
うめき声の様な声を上げながらゆっくりと頭を下げ、すうーっと姿を消しました。
「はっ!。」
私は尻餅をついた状態で正気を取り戻しました。
そうまるで夢から覚めた状態でした。
その時電車が構内のポイントを通過しガタンと揺れ、そして終着駅のホームに入線していきます。
「夢を見ていたのかしら?。」
私は立ち上がりながら幽霊の座っていた座席を見ました。
座席はぐっしょりと濡れています。
「夢ではない。」
全身に鳥肌が立ちました。
急いで乗務員室に戻り荷物をまとめ下車する準備をしてると電車は終着駅に到着しました。
荷物のキャリーバックを持ち上終着駅のホームに立ちふと私は顔を上げました。
向かい側のホームに長距離の臨時列車が停まっています。
「そうか昔はこの列車も東京駅から出てたんだ・・・。」
なぜか感傷的になりながらキャリーバックを引きホームを移動していると
発車メロディが鳴り、向かい側の臨時列車がホームを滑り出してゆきました。
その臨時列車に再び私は目を向けた時、臨時列車のドアに先ほどの男性が
にこやかな顔をして乗っていました。
一瞬のことなので見間違いかもしれません。
でもその日を境にして幽霊騒動の話は聞かれなくなりました。
あの幽霊は無事故郷に帰ることが出来たのでしょうか?。
それを確かめるすべは私にはありません。
それから私は乗車路線が変わって再びあの終着駅に行くことは無くなりましたが
ふと今でもあの幽霊の事を思い出すことがあります。
そしてあの幽霊が無事故郷に帰れる事を今でも祈っています。