十三歳の私へ
頭からっぽにお読みくださいませ~。
貴族令嬢の結婚は、家同士のつながり、格式、そうしたものが大きく影響する。
十三歳の時、七歳年上の同じ爵位である侯爵家に嫁ぐことが決められた。
「ルルティナ・レイノルズ嬢。私は君を愛している。大切にするよ」
甘く囁かれる婚約者の言葉が十三歳の私にとっては真実だった。
貴族令嬢の婚約は十代前半で決まるのが常。年上の方と結婚するのはよくあることで、七歳年上のヴィクター・ローゼ様は、美丈夫として社交界でも有名な方であった。
皆が私に良かったわねと声をかけて言った。
「あんなに素敵な方が婚約者なんて羨ましいわ」
「貴方は当たりね」
「しかも愛していると優しく言ってもらっているのでしょう? はぁ。羨ましいわ」
最近デビューしたばかりの舞踏会では、貴族令嬢のお姉様方が私にそう声をかけてくれる。
だけれど、そうした言葉の中には棘が含まれていた。
「今、しっかりと心を掴んでおかなければならないわよ」
「おほほ。愛の恋だの言っていられるのも今だけですから、今を楽しみなさいませ」
「男性は恋多き者。妻は寛容でなくてはなりませんわよ」
最初の頃は、私には言葉の意味がよく理解できなかったけれど、社交界の中に入り、お姉様方の話を聞いていれば否応なしに様々な話題が耳に入って来た。
「あら、素敵な旦那様で羨ましいわ」
「えぇ。よく働き、よい父としても頑張ってくれているわ」
「お子が出来たのですって? 次は男の子だといいわね」
「そうね。男の子だと思うわ」
舞踏会では女性達は笑顔でそうしたことをよく話す。
最初の頃は分からなかったけれど、少しずつ誰と誰が仲が悪いとか夫婦仲が悪いとか、愛人がいるとかそうした話題にも慣れてきた。
ただ、私はまだそうした話題には入れないので、ただにこにこと笑顔で聞く係である。
いつか私もその輪の中に入っていくことになるのだろう。
そして今は素敵なヴィクター様も、いつかお姉様方の語る旦那様のように、浮気をして、乱暴になり、自分のことをまるで邪魔な存在かのように扱うのだろう。
貴族女性に生まれたから、仕方がない。
だけれど一体、いつヴィクター様は変わるのだろうか。
私はそう思いながら、ヴィクター様との時間を過ごすようになった。
「今日は、ルルティア嬢が前好きだと言っていた菓子店に寄って来た。茶うけに出してもらう予定だ」
「わぁ。いつもありがとうございます」
「いや、君が笑うと嬉しいから」
頭を優しくいつもポンポンと撫でられる。
女性扱いというよりも、今はまだ子ども扱いをされているのだろう。
お姉様方が言っていたが、男性とは若い女性が好きなのだという。ヴィクター様もそうなのだろうかと思い、私は尋ねた。
「私は今、十三歳ですが、どうでしょうか。ヴィクター様のお好みは、何歳ほどですか?」
十代前半の幼い女性が好みの方もいれば、十代後半を好む方もいるという。
一体いつがヴィクター様にとって、私のベストな年齢なのだろうか。
いつ頃自分は浮気をされたり、殴られたり、男児を産めないのかと嬲られたりするのだろうか。
それを知っておきたいなと思いの質問だったのだけれど、ヴィクター様は動きを止めると、顔を真っ赤に赤らめて、それから、小さな声で言った。
「その……何歳というか……初めて会った時に一目ぼれで……」
つまり、ヴィクター様は私の外見が好みということかと理解する。
だけれど、外見が好みということは外見が老いれば、終わりである。どの辺が終わりのタイミングなのだろうか。
そう思いながら私はヴィクター様とそれからも一緒に過ごしていく。
正式な結婚は十七歳になってからと決められ、それまでの間私達は婚約者として一緒に舞踏会に出席し、婚約者として一緒に出掛けたり遊びに行ったりもした。
私は定期的にヴィクター様の現状を聞いていたのだけれど、今の所は貴族のお姉様方に言われたような事態には至っていない。
それどころか、おかしいのである。
「最初は一目ぼれだったけれど、今は君のことを知ってもっと好きになったよ」
「君は面白いね。ふふふ。独特な視点が面白いよ」
「ルルティアは頭はいいのに、予想の斜め上のことを考えていて、びっくりさせられるな。そんなところも好きだよ」
一緒に過ごせば過ごすごとに、ヴィクター様は私のことを愛おしいと好きだと言ってくれる。
不思議であった。
これが結婚したらお姉様方の言うように一変するのかと思うと、男とは恐ろしい存在で思えてならない。
そしていよいよ結婚式当日、私は、結婚するのが嫌になっていた。
十七歳になった私は、この四年でヴィクター様のことが好きになっていた。
一緒に過ごしていて、毎回優しくされたらそりゃあ好きになる。
最初はご尊顔が美しすぎて、この人はいつか絶対自分を愛さなくなるのだから好きになってはだめだと自分に言い聞かせようとした。
だけれど無理だった。
優しいし、こちらをいつも気遣ってくれる。それでいて、頼もしい一面もある。
以前舞踏会にて私が他の貴族男性に話しかけられたならば、すぐに私の横に来て、男性と引き離し、あぁいう男性は何を考えているか分からないから距離を取るようにと教えてもらった。
その男性はその後私にしつこく言い寄るようになったのだけれど、ヴィクター様はいつもの優しい笑みを消し、男性と話をつけてくれた。
女性として扱われているという事実。
胸をときめかせてしまうのは仕方のないことである。
優しいヴィクター様も、男らしいヴィクター様も、たまに情けない表情を見せるヴィクター様も、知れば知るほどに好きになっていく。
だけれど、お姉様方には舞踏会で会うたびに言うのだ。
「結婚すれば、気楽な気持ちではいられない」
「家のことを取り仕切ることも大変だ。旦那様の愛人も取り仕切らなければならない」
「若いうちはまだいい。年を取ってからは更に大変になっていく」
聞けば聞くほどに胸は不安で押しつぶされそうになり、結婚式当日の私は、ウェディングドレス姿の自分を鏡越しに見つめながら、顔は蒼白になっていた。
「怖い……怖いわ」
両親にこの不安を相談したことはなかった。
もうすぐ結婚式会場に入場だと言うのに、私は少し一人にさせてほしいと言って、控室の中で深呼吸を繰り返していた。
だけれど鏡に映る自分の姿を見れば見るほどに恐怖を抱く。
また幼い頃に戻れたらいいのに。
きっと私はこれから年を取っていく。
年を取り、自分から若さが無くなった時、愛しいヴィクター様が自分を捨てるのかとそう想像するだけで、吐きそうだった。
貴族令嬢のお姉様方は、いつも苦しそうだった。
平気なふりをしているけれど、顔に笑顔を貼り付けているけれど、私はお姉様方が泣いている姿を知っていた。
お姉様方は聞き役の私のことをとても大事にしてくれた。
最近ではどうか貴方だけは幸せになってほしいと言われるようになった。
幸せになりたい。
けれど、未来など分からない。
そんな時、部屋がノックする音が聞こえた。
「ルルティア。僕だよ。本当はあまり式前に会うのはよくないそうなのだけれど……様子を見てほしいと言われてね。入るよ」
「あ……」
待ってと言おうとしたけれど、扉が開かれ、そして私の姿を見た途端にヴィクター様が慌てた様子で私の元へ駆け寄った。
「どうしたんだ。顔が、真っ青じゃないか」
「ヴィクター様……」
「……ルルティア。ずっと僕に話をしていないことがあるよね。よければ……聞かせてくれ。どんなことであろうと、ちゃんと受け止めるから」
心臓が、どくりと、嫌な音を立てた。
知らなければ、ないのと同じ。でも知ってしまえば、知らなかったころには戻れない。
だけれど、私の精神はもう限界だった。
私の震える手にヴィクター様が手を重ね、こちらを優しい瞳で見つめる。
それに泣きそうになるのを堪えながら口を開いた。
「ヴィクター様は……いつ、浮気をして、いつ私を嫌いになって、いつ……空気のように扱い始めますか?」
「は?」
私は涙をぐっと堪えながら、聞こえなかったのだろうかと言いなおそうとすると、それをヴィクター様が制する。
「ちょっと待って、うん。理解が追いつかない」
「も、申し訳ありません」
「僕はもしや君が他に好きな男性でもいるのではと、思っていたのだがそれは?」
「え? 違います。私が、私が好きなのはヴィクター様です」
そう告げると、ヴィクター様は嬉しそうに少しにやにやとしたあと、きりりと表情を戻されると言った。
「一応答えるけれど、僕は浮気をする予定も、君を嫌いになる予定も、ましてや空気として扱う予定もないよ。一体どうしたらそんな思考にいきついたんだい?」
その言葉に、私は心底驚いて顔を上げて、それからハッとして言った。
「そう、ですね……今のヴィクター様はそうは思わないのだと思います。でも一年、二年、十年とたっていけば、私は年を取りますよ。男性は恋多いものと聞きました」
その言葉にヴィクター様は眉間にしわを寄せた後、はっきりと告げた。
「世の中にそうした男性はいるかもしれないが、僕は、君だけを愛したい。君は、僕に浮気をしてほしいの?」
「え? してほしくありません……してほしくない。結婚したらされるかもしれないというのが、怖いんです」
私の言葉にヴィクター様は笑った。
「よかった。よし、それなら問題ないね。もう一度言うけれど、僕はそんなことしない。誓約書を書いてもいいよ」
「え!?」
「驚くところじゃないんだけどな。でもまぁ、君がどうしてそんな考えに至ったのかは教えてほしいけどな。とにかく、今は問題がそれなら解決だよ」
「あ……えっと」
「大丈夫。僕を信じて」
真っすぐにそう告げられて、私は涙が浮かびそうになるのをぐっと堪えてうなずいた。
それから、結婚式が恙なく行われ、その後私達は夫婦になった。
それから一年。
舞踏会に行くと、お姉様方は貫録がついた笑顔で言った。
「貴方を見ていて勇気が湧いたわ」
「女は黙っていろだなんて、もう許さない」
「ルルティアが幸せになったことで、私達も幸せになるなんて不思議ね」
お互いにけん制し合ったりしていていたお姉様方も一致団結。悪いのは浮気する男性であり、そうした男性をどう後悔させるか、改善させるかが今の流行である。
ちなみに、その後悔と改善について一役買ったのはヴィクター様である。
私の不安の原因であるこのお姉様方の話を聞いたヴィクター様は、これは貴族界における問題と捉え、そこから多方面に、話し合いの場を作ってくれた。
相談しやすい環境が整えられていき、改善しなければ今後、血筋の問題や家同士の不仲の原因にもなるということで問題提起され解決の糸口が切り開かれた。
気持ちを押し殺し笑顔を貼り付けるか、泣いて話すしかなかったお姉様方は変わった。
そして現在貴族界隈も変わり始めたような、そんな風が吹いているような気がする。
「ルルティア!」
家に帰ってくると、ヴィクター様は私のことを抱き上げてキスをし、それから言った。
「あぁ。幸せだなぁ」
その言葉に、私もうなずき返す。
「昔は、ルルティアにおじさんだと思われているんじゃないか、変態だと思われていたらどうしようかと不安だったんだ」
それを聞き、私は笑ってしまった。
お互いにたくさん一緒にいたはずなのに、不安なことは話せないでいたのだなと思う。
だけれど今は違う。
結婚してから私達はお互いに思ったことや不安なことは口に出すことにしている。そして、私は今日とある不安を、ヴィクター様に告げた。
「……私、妊娠したようです。男の子でなかったら、どう思いますか?」
そう告げた瞬間、私を抱き上げていたヴィクター様はゆっくりと丁寧に私を下ろし、それから私を優しく抱きしめた。
「あぁ、なんていうことだ。最高じゃないか。ん? ……男の子でなかったら? 女の子もさぞ可愛いだろうよ。きっと天使のように可愛い子だろう」
私はその言葉に笑った。
「ふふふ。大好きですわ。ヴィクター様」
「僕も大好きだよ。えっと、とにかく男の子でも女の子でも喜ばしいが、ルルティアの健康が第一だ!」
そう言われ、私はまた笑う。
結婚したらどうなるのか、十三歳の頃の私に教えてあげたい。
「幸せよ」
これから困難はあるだろうけれど、相手を思いやる気持ちさえあればきっと乗り越えていける。
そう、私は思ったのだった。
読んで下さりありがとうございます!
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