三角関係 ~蹴られた急所~
都内にある公立高校のとある一室。
入学から半年と少しが経った1年生達の教室だ。
すっかり秋も深まり、窓の外に見える校庭のイチョウの木が少しずつ黄色く染まりつつあった。
今は夕暮れ時。
下校時間が迫り、2人の生徒だけが教室に残っている。
男子生徒のシュンと、女子生徒のミヨ。
どちらもこの教室に席がある1年生だ。
シュンは少年らしさが残る顔立ちと、平均以上の背丈、やや筋肉質な身体のバランスが、この時期の男子特有の成長期を感じさせる。
やや自信家だが愛嬌があり、ポジティブで明るい性格のため、男女問わず友人は多い。
ミヨは華奢で小柄ながらも手足は長く、サラサラとした少し短めの髪と、大きな目が印象的な少女だ。
性格は大人しいが、誰にでも分け隔てなく優しく、見た目の可愛らしさからやはり人気があった。
そんな彼らが放課後の教室に2人きり……しかし、その雰囲気はおよそロマンチックな物とは言えなかった。
ミヨは小柄な身体を震わせながら無言で立ちつくし、シュンは彼女の目の前で床にしゃがみ込んでいた。
彼の両腕は真っ直ぐと下に伸び、自身の下腹部を強く押さえ込んでいる。
「うううう……」
夕日の射し込む教室に、シュンの口から漏れた苦しそうな呻き声が響く。
年齢相応、健康に発育した男子が立つことすら出来ないというのは、尋常ではない状況だ。
一方のミヨはひと言も発さず、怯えた目でシュンのことを見ているのだった。
――――――
――――――
こんな状況になる前日、同じく放課後の教室で、シュンは別の女子生徒と会話をしていた。
相手はカズハという女子生徒だ。
ミヨより背も高く、体格はこの年齢の女子としては標準だろうか。
肩まである髪とやや切れ長の目がミヨとは対称的で、少し丈の短い制服のスカートから健康的な脚をのぞかせている。
表裏のない性格で面倒見もよいため、教師やクラスメートからよく頼られる。
「俺……明日ミヨに告白しようと思う」
「……ふーん」
「何だよ、その薄い反応」
「別に。アンタが昔からミヨのこと好きなのは何となく気付いてたし……好きにすれば?」
シュンとミヨ、そしてカズハの3人は小学校以来の友人なのだ。
「おい。今日のカズハ冷たくないか? 友達なんだから応援してくれても良いだろ」
シュンの言葉に、当初から不機嫌そうだったカズハの表情が更に曇った。
「私は何もできないよ……当たって砕ければいいじゃん」
「なんだよ砕けるって。無理だと思うってことか?」
「……多分ね。ミヨはアンタのこと友達としか思ってないよ」
女子同士であり、ミヨと話す機会も多いカズハの見立ては馬鹿にできない。
悪い予想を聞かされたシュンは、迷った様子で下を向きつつも、最後は意を決したように顔を上げた。
「でも俺……やるだけやってみるわ。何のために同じ高校に入ったんだって話だしな!」
今度はカズハが視線を落とした。
「そっかぁ……うん」
「どうした?」
「いや……やっぱりシュンは前向きだよね。さっきは冷たいこと言ってゴメンね。ま、頑張りなよっ!」
口早にそれだけ言うと、カズハは自分の鞄を掴み、すれ違いざまにシュンの背中を強く叩いて教室から出て行った。
――――――
――――――
そして翌日、シュンは宣言どおりにミヨに告白し、あえなく振られたのだった。
はからずもカズハの言っていたとおりの結果となった。
「シュン君のことは大事な友達なんだけど……どうしてもそういう風には思えなくて」
ミヨは小柄な身体を更に小さくして、申し訳なさそうに俯いた。
シュンは頭を掻きながら、気まずさを隠すように笑った。
「あー、小学生の頃からの付き合いだから、急に言われても驚くよな、ゴメン。でも取り合えず付き合えばさ、そのうちに変わってくると思うんだ」
「……ごめんなさい」
小さく、しかしキッパリと首を横に振るミヨ。
だがシュンは諦めなかった。
「もしかして、他に好きなヤツがいるのか?」
「…………」
今度はミヨは首を横に振らなかった。
シュンはそれを肯定と受け止めた。
「そうか……だったら諦めるしかないよな。でも、なあ、誰かだけ教えてくれ」
「ごめん、私……用事あるから……帰るね」
シュンの横を、足早に通り過ぎ去ろうとするミヨ。
「待てよっ!」
シュンは反射的に右手を伸ばし、ミヨの左手首を掴んだ。
ミヨは咄嗟に振りほどこうとしたが、ただでさえ体格に差があるうえに、男女の力の差は歴然。
無駄な抵抗だった。
彼女の顔からは血の気が引き、明らかに恐怖に引き攣っている。
自分に向けられたその表情に、シュンは一瞬戸惑いつつも、最早あとには引けないと言わんばかりに右手に力を込めた。
「なあ、頼む! 誰が好きなのかだけ! 教えてくれればいいから!」
「離して離して!!」
既にパニックになっているミヨは、左手を掴まれたまま、教室の出口へ向かおうともがく。
シュンは彼女を逃がすまいと、掴んだ腕を手前に引き、強引に自分の方へ引き寄せた。
結果的にはその行為が、ミヨの心を限界まで追い詰めてしまった。
「んああああっ!!」
ミヨは叫びながら右脚を勢いよく振り上げた。
その足先は、肩幅程度に開いていたシュンの両脚の間に吸い込まれ、乾いた音を立てながら彼の股間を打ち据えた。
「ぁぐっ!?」
小柄で運動も苦手なミヨの蹴りごとき、本来ならシュンには何らの害も無いはずだ。
しかし当たったのが急所である男性器となれば話が異なる。
今度は彼が顔を青くする番だった。
「うー……ううぅぅっ……!」
鋭い痛みのあと、激しい鈍痛が容赦なくシュンを襲う。
これが、2人がただならぬ状況に至った経緯だった。
――――――
左手の拘束が解けたことで、ミヨはすぐにでも教室を出て逃げるつもりだった。
しかし、彼女は真面目で、友人想いでもあり、また正義感が強い少女でもあった。
「なんで……なんでこんなことするの?」
突然の暴力に訴えてきた友人に、苦言を呈さずにはいられなかったのだ。
シュンからすれば、逃がすまいとして思わず手が出てしまったのであり、乱暴するつもりはなかったのだろう。
しかし、今の彼は男性特有の激痛に苛まれ、およそ返答ができるような状況ではない。
「ショックだよ……見てよ。手首がこんなに赤くなってる。ひどいよ」
見ろと言われて見る余裕すらシュンにはなかった。
ミヨは、追い詰められた挙句の必死の抵抗が、シュンを一撃のもとに倒したという事実がよく理解できていない様子だった。
それも無理のないことだった。
彼女は依然として気が動転しており、急所を狙おうと意図した訳でもなく、ましてやその痛みに関して無知な女性なのだ。
「玉……玉……が」
シュンは息を吸うことすら苦痛を伴う状態で、辛うじてそれだけを伝えた。
「たまたま? 違うよ。シュン君がわざと掴んだからでしょ?」
「……ちがう」
「ねえ! ふざけてないでこっち見てよ! 私怒ってるんだよ!?」
「ご……ごめん……いまは」
「はぁ……もういいよ」
ミヨは失望したように溜め息をつき、蹲るシュンを一人残して教室を去って行った。
――――――
――――――
翌日は朝から曇り空だった。
「シュン。ちょっとついて来て」
股間と失恋の痛みに耐えつつ、辛うじて登校したシュンは、カズハから人の居ない体育倉庫の裏に呼び出された。
彼らが身を固くしているのは、秋の風が冷たいせいか、それとも緊張からか。
2人きりになった途端、カズハは怒りを露わにした。
「ねえ。どういうつもり?」
「な、なにがだよ」
シュンはカズハの剣幕に気圧されつつも、彼女の意図を推し量るように質問を返した。
「昨日、あの子泣きながら私に話したよ。アンタに乱暴されたって」
「いや……! あれは暴力とかそんなんじゃなくて、咄嗟に腕を掴んだだけで……」
シュンは言い繕ったが、その歯切れは悪かった。
「小学生の頃……ミヨが近所の変態ジジイに乱暴されそうになったトラウマがあるって、シュンも知ってるでしょ」
「それは知ってるけど……」
「なのに最低」
「……」
何も言い返せないシュン。
「しかも碌に謝りもしなかったみたいだし」
「そ、それは仕方なかったんだって……!」
「何が仕方ないの?」
「いや……あの時ミヨが……」
カズハは怪訝そうに眉をひそめたまま、目を細めてジッとシュンの目を見つめた。
「やっぱ何でもない」
シュンにしてみれば蹴られた場所が場所だけに、女子であるカズハには言いづらいのだろう。
「んっ……ふふっ!」
シュンが目を逸らす様子を見て、カズハが急に吹き出すように笑った。
「な、なんだよ!?」
つい今しがた、怒り心頭だったはずの彼女の態度の豹変にシュンが面食らうのも当然だった。
「それもミヨから聞いたよ。アンタ……ミヨから〝そこ〟蹴られたんでしょ?」
彼女が言う〝そこ〟が、シュンの股間のことを指しているのは、しっかりとその部分に注がれている視線からも明らかだ。
シュンは咄嗟に視線から逃れるように身体を捩った。
少年らしさの残る顔が、見る見るうちに赤く染まる。
やがてシュンは、羞恥心を振り切るように叫んだ。
「そうだよ! 金玉蹴られたんだよ!」
「えー、なに? やっぱり本当なんだ? ミヨから聞いた時は半信半疑だったけど……」
「いや、マジで痛くて死ぬかと思ったんだぞ!?」
シュンの必死の訴えも、カズハにはいまひとつ響いていないようだった。
その証拠に、金玉ごときで何を大袈裟なと言わんばかりに、口元には笑みを浮かべたままだ。
「そこって急所なんだっけ? でもさ……ミヨみたいな子に蹴られただけでそんなに痛いって? さすがにそれはないでしょ」
「本当なんだって。まだちょっと痛いし……」
そう言って股間を庇うように少し前屈みになるシュンの姿は、一昨日の気合に満ちたそれとは違い、何とも情けない恰好であった。
カズハはシュンのそんな姿を何も言わずにしばらく眺めたあと、気が抜けたように肩をすくめた。
「あーあ。なんか冷めたわー……」
小さく鼻で笑いながら呟くと、右手で前髪を上げる。
「な、なにがだよ?」
「ううん。こっちの話! まあ、当分はミヨには近付かずに大人しく反省してなさいよ。じゃあね!」
カズハはそれだけ言い残し、その場を立ち去ろうとした。
「待ってくれよ!」
あろうことか、シュンは昨日ミヨにしたのと同じように、カズハの腕を掴んだ。
「ちょっと! 痛いって! アンタ昨日と同じことしてるじゃん! いい加減にしなさいよ!」
「ミヨが朝から一度も目を合わせてくれないし、完全に避けられてるんだ! 助けてくれよ!」
「はあ? そんなの自業自得でしょ! そもそも私が無理してアンタと喋らなくていいってミヨに言ったんだよ!」
「じゃあ俺がマジで反省してるから、また友達に戻ってくれって言ってるって、伝えてくれよ!」
「嫌に決まってるじゃん! いいから手を離せっ!」
シュンは懲りない男だった。
「友達なら応援してくれよ!」
「友達友達って……しつこい……っての!」
カズハは掴まれた手を支えにしながら、素早く右脚を蹴り上げた。
白いスニーカーのつま先が、無駄のない軌道を描いてシュンの股間を直撃した。
衝撃はズボンと下着を貫通し、中に収められた陰嚢、さらにその奥にある睾丸を強く弾いた。
デジャヴのように繰り返される光景。
昨日と違っていたのは、カズハが明確に〝そこ〟を狙って蹴り上げたということ。
そして、彼女の方がミヨよりも蹴る力が強く、シュンの急所には昨日のダメージがまだ残っていたことだ。
若い人間のオスとして、これから活発に精子を造る準備を整えていたシュンの睾丸は、持ち主の愚かな行為のせいで、丸一日も経たないうちに2回も強い衝撃を受け、悲鳴を上げた。
「あぅっ……!!?」
シュンは操り人形の紐が切れたかのように、膝から崩れ落ちた。
現実ではそうそう見られない劇的な反応。
女子であるカズハの目には、何かの冗談のようにすら映ったことだろう。
狙ったとはいえ、彼女自身も相当驚いた様子だったが、怒りが収まる気配はなかった。
「アンタがこんな最低なヤツだなんて思ってもみなかった」
「ううぅぅ……」
「いくら痛いからって、すぐにミヨに謝らなかったのは事実だし。今さら謝っても許してもらえる訳ないでしょ」
「ぅぅぅぅ……」
「あと、私にも二度と話しかけないでよね」
「ぅっ…………」
涎を垂らして呻いているシュンの耳に、彼女の声が届いているかは定かではない。
とはいえ、そんな男の事情はお構いなしにカズハは乱れたスカートの裾を直した。
「あー……私ってホント馬鹿だー」
やがて自虐する台詞を呟くと、這いつくばるシュンを残しその場を立ち去った。
――――――
――――――
その日の午後、教室にはカズハとミヨの姿があった。
「さっきアイツと話して、ミヨの仇を討っておいたよ」
朝からずっと塞ぎがちなミヨを励ますように、カズハが笑顔で言った。
「シュン君と話したの? ごめんね? カズハちゃんまで巻き込んで……」
「いいよいいよ。私自身もケジメがつけたかったから」
「本当ごめんね。でも……仇を討ったって……なにしたの?」
ミヨが不思議そうに尋ねると、カズハは周囲を気にしながら、小声で答えた。
「私も蹴ってやったよ」
ミヨが大きな目を丸くした。
「え!? それって……もしかして」
「昨日ミヨが言ってたところ」
「う……やっぱり」
「ミヨが言うとおり超効いてた。でもよく咄嗟に蹴れたよね」
カズハが真面目な顔で感心すると、ミヨは恥ずかしそうに頬を染めた。
「あの時は夢中だったから……でもそうなんだ。本当に痛かったんだ……昨日は絶対に誤魔化すためにふざけてるんだと思ってた」
「男子の股間は急所だって聞くしねー。少なくとも私が蹴った時は演技してる感じはしなかったな。ま、結局のところは分かんないけどね? 私たち女だし」
「悪いことしたかなあ……」
「いや、悪いのはアイツなんだから、ミヨが気にすることないよ!」
「ありがとう。カズハちゃん……!」
自分を心配してくれる友人に対して、ミヨは静かに、しかしハッキリとした言葉で深い感謝の気持ちを告げた。
「あはは。どういたしまして」
カズハが歯を見せて笑うと、やがて2人の間に短い沈黙が流れた。
――――――
「んーっ……!」
先に沈黙を破ったのはカズハだった。
教室の窓から見える体育倉庫の方を見ながら背伸びをする。
「でもあんなに効くとは私も意外だったなー」
丁度いい話題が思いつかなかったのか、彼女は男の急所の話を続けることにしたようだ。
「……うん。そうだよね。私なんかが蹴ったくらいで……あんなことことになるなんて思わないもん」
全面的に同意すると言った様子でミヨが深く頷いた。
「あんなことって?」
「え!? だから……うずくまって……お腹押さえて『うーんうーん』って言って」
ミヨの説明にカズハは手を叩きながら頷いた。
「言ってた言ってた! こんな風に腰曲げて『うーんうーん』って。あはっ! 私が蹴った時と完全に一緒じゃん!」
そう言いながら眉間に皺を寄せ、スカートの上から股間に手を当てる仕草をする。
「んっ……! ちょっとカズハちゃん。真似しないで! 笑っちゃうからぁ」
ミヨは下を向き、必死で笑いを堪えているようだ。
「別に笑ってもいいじゃん」
「いい……のかな?」
「えー、だって仕方なくない? どれくらい痛いか分からないし。同情する前にこのポーズで笑えちゃうって」
「んんっ……! だから真似するの止めてよぉ」
ひとしきり2人ではしゃいだ後、カズハは目尻に残る笑い涙を指で拭いながら首を傾げた。
「でも、なんであそこだけそんなに弱いんだろうね?」
ミヨが小さく手を挙げた。
「あ……それ私もちょっとだけ気になったから、昨日の夜ネットで調べてみたんだけど」
「どうだった?」
「あそこは内臓だから痛いんだって書いてた」
「ふーん。内臓ねえ。なるほど?」
カズハは完全には腑に落ちない様子で、傾げた首をさらに傾けた。
「あと、大事なところだから男の子がちゃんと守るように? って書いてあったかな」
ミヨの説明にカズハは首の角度を戻した。
「へえ? だったらあんなに蹴りやすいところに付いてるのおかしくない?」
「うん……あそこだと脚が届くからつい蹴っちゃう」
「あは! だよね? あ、もしかしたら、いざという時に女が身を守れるようになってるのかも!」
カズハは謎が解けたと言わんばかりに人差し指を立てた。
「そうかも! じゃあ私はやり過ぎじゃなかったんだね! 当然の権利!」
ミヨも小さく跳ねながら、すかさず同調する。
「だから言ってるじゃん。本当にミヨは悪くないんだって! 懲りずに何か言ってきたら、また私が蹴り上げてやるから! ミヨは私が守る!」
そう言って胸を張るカズハを、ミヨはうっとりした目で眺めた。
「私も頑張って蹴るよ!」
「あはっ! いいね! いっそ二人で特訓でもする?」
「するっ!! えへへ……」
すかさず同意するミヨ。
「なにニヤついてるの」
「カズハちゃんと一緒にいられるの嬉しい」
昨日シュンに言い寄られ、引き攣った表情でたじろいでいた少女は、今やまるで別人のように溶けそうな笑顔を浮かべていた。
「変なミヨ。ずっと前から一緒じゃん」
「そうだけど……カズハちゃん最近は、私といる時よりシュン君と話してる時の方が楽しそうだったから、声かけづらい時があって」
ミヨの指摘に思い当たる節があったのか、カズハは少しバツが悪そうに前髪を上げた。
「あー。まあ……それも、昨日までのことだし」
窓の外の空は、いつの間にか雲ひとつない秋晴れに変わっていた。
――――――
――――――
カズハが何かに気付いた。
「あ、シュンがこっち見てる……」
カズハ達のいる位置からは少し離れた、教壇の近くからシュンが彼女達の様子を窺っていた。
急所を蹴られたダメージがまだ回復していないのだろう、顔を歪ませながら腰を引いて立つ姿は、何も知らない人間から見れば違和感しかない。
ミヨの顔から笑みが消えた。
「え……やだ。本当に? こっちに来そう?」
「なんかこっちの方をジッと見てるね。ミヨに謝りたいとかかな?」
ミヨは咄嗟にカズハの腕にしがみついた。
「うー……今さら謝られても困るし。やだなぁ……」
そうこうしてるうちに、シュンが何か言いたげな様子で、2人のところへ少しずつ近づいてくる。
「よし。じゃあ追っ払おう」
カズハはおもむろに右足を前に出した。
スカートからスラリと伸びる脚を前にして、シュンの動きが止まった。
つい先刻、この脚によって男の最大の急所を強烈に蹴り上げられたのだから無理もない。
カズハはそのまま、これみよがしに右脚を前後に素振りした。
そして笑いながら、声を出さずに口だけ動かし、何かの言葉を発した。
シュンの顔から血の気が引いた。
辛うじて口を開くも何も言えず、泣きそうな表情になったかと思うと、踵を返して逃げるように去っていった。
「あはっ。やった! 変態男に効果抜群! ていうか、なにアレ。擦り足でちょこちょこ歩いて馬鹿みたい」
「凄い! カズハちゃんありがとう! 確かに……チラッと見たけど、シュン君の歩き方ペンギンの赤ちゃんみたいで……ちょっと可愛いかったね」
ミヨがようやく安心した様子で、カズハの腕から手を離した。
「近づくなって言ったのに。本当に懲りないよねーアイツ」
「ねえ、さっき口でパクパクって、なんて言ったの?」
小首を傾げて尋ねるミヨに、カズハは悪戯っぽく口角を上げて答えた。
「ああ。『タマ蹴るぞー』って」
「あはは。流石だねカズハちゃん」
「また来るかもしれないから、ミヨも1人でいる時は気を付けなよ?」
「うん。その時は私も言うよ。『キンタマ蹴り潰しちゃうぞ』って……!」
カズハの切れ長の目が丸くなった。
「ミヨどうしたの? 急にキ……キンタマ蹴り潰すとか言いだして」
「えへへ。ちょっとだけ自信ついたら、調子に乗っちゃった。ダメかな……?」
「ダメじゃないよ。女は怒らせたら怖いって男子にアピールするの大事だし。よし! マジで練習しよ! キンタマ蹴る練習! いざという時には潰せるくらいに!」
「うんっ……! カズハちゃんと一緒に練習する! それで次は一緒に蹴ろうね! シュン君のキンタマ!」
可愛らしい声で過激な言葉を口走りながら、目を輝かせて自分を見つめるミヨを見て、カズハは思わず苦笑いした。
「ははは……好きな子にここまで言われるって……流石にちょっとアイツが哀れになってきたわー」
「あ……あれ、ごめん言い過ぎちゃった……かな。可哀想だよね」
ミヨにとって大切なのはカズハと過ごす時間であり、シュンもその睾丸のことも実際はどうでもいいのだろう。
「いやー……原因はアイツだし。とはいえ、彼氏になるどころか金蹴りの的だもんなー。まあ、男は悲しい生き物ですねってことで」
「私……カズハちゃんが女の子で良かった」
吐息がかかりそうなほど顔を寄せてくるミヨの頭に手を置き、軽く撫でながらカズハは少し困ったように笑って頷いた。
「そうだね。私もそう思う……キンタマは蹴り専がいいや」