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荒野にて

前回のあらすじ

財物恐喝事件が発生した。

駅前交番勤務の警官である巡査部長と巡査は、被害者への尋問を通じて、事件が自転車兄弟の仕業であることを突き止めたのであった。

 赤い目をした二羽のフクロウ

 灰色ネズミをつらぬくクロー

 うろうろかぎ回るホシはクロ 

 こちらはかぎづめたてるプロ


 町はずれの荒野。かつて誰かが開発を試み、権利と権利がぶつかり合い、絡み合い、罵り合い、火をつけ合い、結果みなが逃げ出した痕跡が残る痛々しい土地。乾いた風が吹きすさび、錆びついた重機がたたずむ。曇り空がよく似合い、晴天すらも内面的な曇天に変えてしまう。ここは夏でも寒々しいのだ。飛ぶ鳥と言えばカラスのみ。鳴く鳥と言えばカラスのみ。ほかの生き物と言えば、野犬。痩せぎすだが、凶悪な目つきをした喧嘩自慢の野犬たちがこの土地では一大コロニーを築いていた。ここは町はずれの荒野。誰もが知っている土地だが、誰もが無視を決め込んでいる土地。それが町はずれの荒野だ。


 枯れ木の枝に並んでいたカラスたちが騒ぎ出した。コロニーのボス格の犬が遠吠えた。ついで幹部格の犬たちが遠吠えた。そしてほかの犬たちも一斉に遠吠えた。死神の合唱さながらの不吉な響きがこだまする中、土煙をあげながら二台の自転車がものすごいスピードでやってきた。二台の自転車は前かごいっぱいに積み込んだ食料を手当たり次第に放り投げると、野犬たちとカラスたちがそいつにありつこうとこぞって飛び出した。

 自転車乗りたちがブレーキレバーを思い切り引いた。ただちに後輪ホイールのリムをブレーキシューががっちり掴む。ズザザザザーと後輪が滑り、半円状のわだちを描いた。

 ポマードでべったり撫でつけぎらつく頭髪。光を吸い込む漆黒のキャッツアイサングラス。両袖をぶった切ったボウリングシャツ。色あせたデニムペインターパンツの裾は乱雑にロールアップ。ぼろぼろのエンジニアブーツ。ところ狭しと肌に刻まれた縁起の悪い刺青。そう、自転車兄弟だ。


 自転車兄弟は住処としている廃自動車の後部座席に乱暴に座り込んだ。前部座席は力任せに引っこ抜いてあるので、足は伸ばし放題だ。

 自転車兄弟の小さい方がジョイントに火をつけ、思いきり煙を吸い込んだ。しばしの間、煙を肺で転がす。おもむろに信じられない量の煙を吐き出しながら、火のついたジョイントを自転車兄弟の大きい方に差し出した。無言でジョイントを受け取った大きい方も、思いきり煙を吸い込もうとしたが、途端に咳き込んだ。その振動で、廃自動車の天井からぱらぱらと錆がふたりの頭上に降り注いだ。ふたりはしばらく無言でジョイントを廻し吸うのだった。


「くそったれ」自転車兄弟の小さい方が云った。「なんてえザマだよ、まったくいやんなるぜ、兄弟。おれは悔しいよ。今日こそはって意気込んでたろう。テンションぶち上げたもんな? ショット決めてよ。二人でよ。やってやる! やってやるんだ! やってやるぞ! やるぞ、やるぞ、やるぞ、やるぞ、やるぞ! ってよ。なあ兄弟、おれたちって口先だけの臆病モンか? ……いや、違う。違うよなぁ、兄弟。なあ、兄弟。……おい、てめえ! おれの話聞いてるのか!」

「え? ああ……。まあまあ落ち着いて」自転車兄弟の大きい方が云った。「焦りは禁物だよ、兄弟。なんとなればおれたちの野望は壮大かつ繊細。途方もないことを成そうとしてる上にひとつのミスも許されないって言うんだからな。そら慎重にもなるってもんさ。口先だけの臆病者だって? とんでもない、おれたちは沈着そのもの、抜け目なく肝がすわってる。要はタイミングだよ、兄弟。じっくりとタイミングを見計らい、いまこのときっ、っていう瞬間。そいつをしっかりと見定めることこそが肝要なのさ」

「言わせてもらうがよ、兄弟」と、小さい方が口を尖らせて云った。「いまこのときってえのが、今日だったんじゃねえのか。おれが、金を出しやがれって凄んだよな。やっこさん、素直に秒で財布を出しやがったよな。あのときがいまこのときだとおれには思えて仕方がねえんだがよ。それなのによ、兄弟。てめえは財布を受け取ってそのまま逃げ出しちまいやがった。おれはびっくり仰天、目ん玉飛び出すかと思ったぜ」

「気持ちはわかるさ、兄弟、痛いほどな」大きい方がなだめるように云った。「もちろん、おれも準備はできていたよ。彼の財布を頂いて、すかさず心の臓にナイフを突き立てる。なんど頭の中で模擬訓練を重ねてきたことか。目をつむってたって仕留めることができるくらいには仕上がってたさ。だが一方で際のきわきわまで見定める必要性もよく理解していた。なにが起こるかわからないからな。おれは集中して彼を観察していた。観察しながら財布を受け取り、さあナイフに手を掛けようかというまさにそのとき、彼の右手が後ろにまわったのをおれは見逃さなかった。つまり、彼はなんらかの凶器を隠し持っていたってわけだ。それがなにかまではわからなかったがね、ピストルでも出されたらあまりにも分が悪い。ここはとっととこの場から離れるが吉だってね、そういうわけだよ、兄弟」

「なるほどね」小さい方が鼻で嗤いながら云った。「おれはその話のオチを知ってるぜ。てめえがとんずらしやがったもんだから、おれもつられてついて行っちまったがよ、おれはやっこさんを一度振り返った。面白えもんが見れたぜ。やつぁ、ハンケチで冷や汗を拭いていやがったよ。てめえの言う凶器ってなあ、ハンケチのことだったんじゃねえのか? なにが沈着だ、なにが肝がすわってるだ、要はてめえ、ぶるっちまってるだけじゃねえか。ちょっとした動きにびびって逃げ出す野良猫と変わんねえやな」

「ふむ」大きい方が少し唸った。「確かに。結果だけ見るとそうなじられても仕方のない部分があるのは認めよう。おれの判断がベストではなかったことは疑いようもない。だがベターな判断であったことも理解してもらわなければならないな、兄弟。なんとなれば彼が妙な動きをした瞬間に、それがハンケチだったか、ピストルだったか、はたまたそれ以外のものだったかを判断する術はなかったからだ。なあ兄弟、おれたちは身も命も持ち合わせはひとつこっきりしかないんだぜ。代えがきかないものは大切に扱わなくっちゃあね」

「てめえはいっつもそうだ! 理屈ばっかりこねて、なんにもしやがらねえ。おい、兄弟。てめえ、本気でやる気あんのかよ? おれたちの夢は一体なんだ! おれの顔みてでかい声で言ってみろよ!」小さい方がガーッとまくし立てた。

「全人類抹殺」大きい方がはっきりと存在感を持って云い放った。

「そうだ」小さい方が幾分落ち着きを取り戻して云った。「そうだよ。その通りだよ。でもよう兄弟、おれたちゃまだひとりだって仕留められちゃいねえんだ。ただのひとりもだぞ? おれはな兄弟、てめえを疑ってる。本当は誰ひとりやりたくねえんじゃねえかってな。もうてめえには任せられねえよ、兄弟。やってやる……おれがやってやる。やってやってやりまくってやるぜ」

「兄弟」大きい方がため息をついた。「だがおまえは血が苦手だろう。この前だっておまえ、喧嘩に負けてちぎれそうな耳をぷらんぷらんさせてる犬をみて戻しちまったじゃないか」

「やめろよ、思い出させんなよ!」

 そう叫んで、小さい方は廃自動車を飛び出した。苦しそうにえずく自転車兄弟の小さい方の近くにカラスが集まりだした。吐瀉物のおこぼれをもらおうとしているのだった。


 結局、自転車兄弟の小さい方はそのまま熱を出し寝込んでしまった。大きい方は心配そうな顔をして、看病にいそしむのであった。

今回の教訓

友の言い分も時に耳を塞ぐべし

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