面白いよね。
私が君の後ろ手を掴んだら、
君は必ず、私の手をぎゅっと握り返す。
私が食事中にテーブルの上に目線を配ったら、
君は必ず、私の探しものを「ほい。」って渡す。
私が君とゲームして不機嫌になったら、
君は必ず、私の好きなアイスを持ってくる。
毎回、買ってあるアイスの種類が違うのは、
ひょっとしたら君の愛なのかな。
君が何か無理をして、潰れそうになってたら、
私は必ず、君を真っ正面から抱き締める。
君が特別嬉しそうな表情をしていたら、
私は必ず、君に「何かあったの?」って聞く。
君がベランダでタバコを吸い始めたら、
私は必ず、君の隣に駆けていく。
「煙たいやろ。」って君は呆れて言うけれど、
君のタバコを吸う横顔が、何よりも好きだから。
面白いね、私たち。
私が路地裏で膝を抱えて、雨に怯えている時に、
君は優しく、傘を差し出してくれた。
私が仲間はずれにされて、一人でいる時に、
君は優しく、自分の手を差し伸べてくれた。
私が家から逃げて、君のチャイムを鳴らした時、
君は優しく、「いらっしゃい。」って言ってくれた。
昔から、君に甘えてばかりだった。
私は君に、何かを与えられただろうか。
君が誰にも言えない悩みを抱えている時、
私は何も言わず、そばに居た。
君が完璧でいようと苦しんでいる時に、
私は何も言わず、そばに居た。
君が必死に努力している時にも、
私は何も言わず、そばに居た。
言えば言うほど、自分勝手。
それでも、君のそばにいたかったんだ。
私たち、本当に面白いよね。
私が帰ってきて、倒れるようにベッドに転がったら、
君は「お疲れさん。」って、ご飯の準備をする。
私がため息をついて、考え事をしていたら、
君は「どしたの。」って、私より心配そうにしてる。
私がただ甘えたくて、君にぎゅって抱きついたら、
君は「よしよし。」って、私の頭を優しく撫でる。
君がつけている香水の、ベルガモットが優しく薫る。
それだけで、私は全身の力が抜けて、安心する。
君が何も言わずに、後ろから抱きついて来たら、
私は「大好き。」って、ただ愛を伝えようとする。
君が私の頬を優しく撫でたら、
私は「お疲れ様。」って、感謝を伝えようとする。
君が夜、眠れなさそうに呻いていたら、
私は「怖くない。」って、鼓動を伝えようとする。
私の跳ね上がる心臓が揺れ動く音は、
いったいどれほど、君に届いていただろうか。
本当、面白かった。
君と一緒に歩いていて、雨が降ってきた時。
君は折りたたみ傘を取り出して、私を守ってくれた。
君とふたりで揃って、海に行った時。
君は落ちそうな私の手を引いて、私を守ってくれた。
君の家に、うちの親が押しかけてきた時。
君はすぐさまチェーンをかけて、私を守ってくれた。
君に守られてばかりの人生。
君に頼りきりだった人生。
私は君を守れただろうか。
守れてないから、私はここにいる。
君とふたりで歩いていたあの夜、今でも覚えてる。
急に雨が降って、ふたり笑って、走って帰ってた。
私が、足を滑らせて、歩道から落ちそうになって。
誰かに、私の手が掴まれた感触だけ覚えてる。
本当に焦ったんだよね。わかってる。
誰かに引かれた手が離れて、
私の体はコンビニの壁に勢いよくぶつかった。
君が、車道に倒れていく。
時間が、何千倍にも感じてしまう。
タイミングって、必ず悪い時にしか来ない。
信号無視の暴走車が、君の体を簡単に宙に浮かす。
泣けるほど、面白い。
骨壷のそばに座って、君に話しかけたって、
返ってくるのは自分の反響だけ。
あれだけ笑いながらやってたゲームだって、
今じゃボタンを動かす音しか聞こえない。
今でも、何も言わずにテーブルの上に目線を配る。
その度に、君が居なくなったって思い知らされる。
夜に布団に籠って、君のことを探したって、
冷たい布団の中じゃ、涙しか見つからないんだ。
頑張っている君を抱き締めたいのに、
どうしようもなく、臍を噛み締めるしかないんだ。
あれだけ私を癒してくれたあの笑顔だって、
写真立ての中だけじゃ、ちっとも嬉しくないんだ。
ベランダを紫煙で曇らせたあの夜だって、
どれだけの日が過ぎたって、晴れしか来ないんだ。
最近は、君の大好きなベルガモットの香水を、
毎晩振り撒かないと、少しだって眠れないんだ。
もっと伝えたかった。
もっと、君を知りたかった。
もっともっと、君を守りたかった。
合わせて4桁を数える保険金と遺産。
2人で10年住んだアパートの一室。
それと、数えることさえ出来ない、無数の思い出。
君が遺したものたち。
少ないよ、足りないよ。
お金なんて、こんなにいらないよ。
独りしか居ない部屋は、虚しいよ。
思い出を抱いたら、泣いちゃうよ。
君がいるだけでよかった真っ赤っかな人生は、
君がいなくなって、真っ黒けになっちゃって。
君が居ないのに、まだ両親も生きてる。
私をいじめたクラスメイトも生きてる。
君を死なせた私だって、まだ生きてる。
君だけが、なんでか君だけが死んでる。
こんなの、つまんないや。
そうやって塞ぎ込んでたって、君に笑われるかな。
それとも、怒られちゃうのかな。
けど、笑ってくれてもいいよ。
君の笑顔が見たいから。
けど、怒ってくれてもいいよ。
君の声が聞きたいから。
でも、私が君に会いに行こうとしたって、
きっと君は怒るよね。
「なんで来たんや、アホ。」って。
それとも、そもそも会えなかったりするかな。
死んでまで1人は、嫌だな。
だから、なんとか笑わなきゃ。
出来る限り、面白がらなきゃ。
でも、やっぱりつまんないや。