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天使と死神9



「本日捕らえた悪魔の手です」

「ありがとう、助かるよ」


フウガは黒い革の鞄から小瓶を五つ取り出すと、それをヤエサカのデスクの上に置いた。

ヤエサカがそれに手を翳すと、小瓶の中の黒は、まるで威嚇するように形をいびつに変えて蠢いたが、やはり中から飛び出すような事はなかった。

ヤエサカはそれらを確認し、デスク脇にある白い箱に目を向けた。一辺が三十センチ程の正方形の箱で、ヤエサカが手を翳すと、ピピピと電子音が鳴り箱の蓋が開いた。その中には、悪魔の手を収めた小瓶が何段にも分かれて収納されている。「明日にでも研究機関に持っていかないとね」と、いっぱいになっている箱の中を見て呟き、フウガから受け取った小瓶をそこに収め蓋を閉じれば、再びピピピと電子音が鳴り、カチャリと鍵の掛かる音が聞こえた。


ヤエサカは「さてさて」と、今度は書類やファイルで山積みのデスクの上に、新たなファイルを取り出して広げた。中身は一見、ただの真っ白な紙があるようにしか見えないが、それも束の間、その紙の上に、数字やグラフが現れた。鞍木地町(くらきじちょう)の悪魔による死者や、襲われながらも救う事が出来た人間の数だ。


「この二週間、死者を抑えられてるよ。フウガ君達のお陰だ」


ヤエサカは穏やかに言い、それから少し心配そうに眉を下げた。


「アリアの様子はどうだい?」

「今日も良く働いてくれました。今は力を使いきって眠っています」

「そうか…まさか、あの怠けてばかりいたアリアに、あんな力が授けられていたとはね…」


ヤエサカはしみじみと呟く。彼女がアリアの力を知ったのも、フウガ達と同じく二週間前だった。天界の神様達から通達を受け、アリア達が課せられた任務を受けると同時にそれを知ったという。随分と急な話で、天使側も困惑したようだ。でもその困惑は、フウガの時とは少し違う。アリアが人間を守るだなんて、そんな大役務まる筈がないと思ってのものだった。



死神の力とは、奪う力だ。魂を導く際、人間の体から魂を抜く為に使うもので、悪魔に対抗する際にも、その奪う力を使って悪魔の手を断ち切ったり、道具を使って悪魔の手を捕獲したりする。

天使は逆に、与える力を持つと言われている。だが実際、天使の中でその力を使えるのはアリアだけだ。悪魔対策課で悪魔と常にやり合う天使達ですら、黒い力を断ち切る事しか出来ない。


そもそも与える力とは、伝説上のものに近かった。天界史の中では事実とされているが、本当にそんな力を持った天使がいたのかと、皆、半信半疑だ。

それと言うのも、与える力とは、命を授ける力だからだ。命を与えられるのは神様のみで、天使が神様と同様の力を持つなんて畏れ多い、あり得ないというのが、現代の天使や死神の考え方だった。


今回の任務にアリアが選ばれたのだって、その事実を知るまでは、皆、いよいよアリアに最期通告が渡されたのだと思っていた。この任務で成果を出さなければ、ぐうたら天使は神によって消滅の運命にあるのだと。アリア本人ですら、そう思っていたくらいだ。

それなのに、アリアは自分でも知らない所で、その力のみで言えば、神様と等しい力を与えられていたのだ。





「しかも、ちゃんと働いてくれるなんて。アリアは下界の方が性に合ってるのかね」


苦笑って肩を竦めるヤエサカに、フウガはアリアの未来を想像した。

このまま下界で働く事になれば、アリアの体はどうなるのだろう。今のところ、休めば体力は回復するようだが、二週間もこの調子だ。今回の任務も早く終わらせなければ、アリアの方が参ってしまうのではないか。それに、この任務が終わった後はどうなるのか、また別の場所で次の任務が与えられるのだろうか。神様が神社に居る地域でも、鞍木地町のように大胆な行動は取らないまでも、悪魔は隙をついて、少しずつながらも人の心を奪っている。

フウガは終わらない悪魔との戦いに、もどかしい思いが込み上げてくるのを感じていた。


「それで、今夜の状況は?」


ヤエサカは言いながら、デスクの上に地図を広げた。フウガははっとして顔を上げ、地図に視線を落とした。


「はい。今夜、悪魔の手が現れたのは、こちらからこちらの範囲と…」


フウガが地図の上で指差せば、その部分に勝手に印が浮かび上がっていく。


「…うん、以前のような大胆さはなくなってきてるね。範囲が徐々に小さくなってる」

「ですが、救えなかった人間はまだ多いです。範囲は狭まっていますが、被害の数は多いかと」


今夜、フウガ達が捕えた悪魔の手は五つ。逃して救うに間に合わなかった人の数の方が多く、死神の同僚達が、忙しく魂の迎えに走る姿も遠目に見えていた。


死神の魂の迎えには形式がある。魂となった人を怖がらせないように、死期が来る前に、一応説明をしてからその体から魂を抜くのだが、それに素直に従う人間ばかりではない。だが、一人の人間に割ける時間は決まっている。多少無理に魂を連れ出せば、反発して逃げ出す魂も多く、その魂を逃すまいと、死神も必死の形相で追いかけるので、魂は更に怯えて逃げたくなるようだ。空で行われる死神と魂の追いかけっこは、最早日常の風景となりつつある。


だが、悪魔による死は予定にない事だ、突然体から追い出された魂は、死神の導きを得られないので、そのまま町を彷徨うしかない。死神の方も、予定にない死が起きると、死期リストを書き換えなくてはならず、それに合わせて予定を変えなくてはならない。結果、時間がどんどん押され、仕事は嵩み、死神の仕事は忙しくなる。


「そこは、地道にやっていくしかないね。神使殿も頑張ってくれてるみたいだし…彼らの様子は?」

「神様のいない穴を埋めようと力を尽くしてくれていますが、そういつまでもとはいかないでしょう。力の表れでもある着物も、段々と傷が目立ち始めています」

「早く神様に戻ってきて貰わないとな…。このままじゃ、神使殿が天界に送られてしまう。神様探しの方はどうだい?」

「日中に、思い当たる場所や、妖にも話を聞いて回っているのですが、神様を見たという情報は掴めていません。恐らく、姿を変えているのかと」

「それなら厄介だな…」


当然ながら、神様の方が力の上でも一枚も二枚も上だ。天使を欺く等、訳ないだろう。ヤエサカは、小さく溜め息を吐いて顔を上げた。


「苦労かけてすまないが、引き続きよろしく頼むよ。こちらも他の町で手いっぱいで、人員を回せなくて…すまなんな、この部署も万年天使不足でどうにも…」

「いえ、お互い様ですから」


淡々としているフウガに、ヤエサカは少し眉を下げ、表情を緩めた。


「君達には、何もかも押し付けてしまってるね。嫌にならないか?」

「仕事ですから」


さも当然のように言うフウガには、否定的な感情が読み取れない。同時に情熱も感じられず、何も考えていないようにさえ見えてくる。


「…君はよく、サイボーグだと言われているね、魂の前では紳士的だけど。仕事に対して思う事はないのかい?」

「私達は、仕事をする為に生まれてきたのでしょう?」

「…確かに間違いはないけど」

「では、神社に戻るので、失礼します」


ヤエサカは何か言いたそうにしていたが、フウガはそれを遮るように頭を下げて部屋を出た。ふぅと小さく息を吐いたのは、胸の中がなんだかもやもやとしていたからだ。

この世界の為、神様を支える為に仕事をする。その為に、自分達死神は生まれたのだ。それは間違いない筈なのに、不意にアリアの姿が浮かぶと、どうしてか、まっすぐにそうだと言えない自分がいるみたいで、すっきりしない。


フウガはそんな自分の思いに気づくと、はっとしたように軽く頭を振り、それからビルの屋上に向かって歩きだした。





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