天使と死神65
「なんだよ、ちゃんと仕事するってば。した方が良いだろ?しろって言わないのか?言うよな?」
不意にアリアの声が耳に飛び込んできて、フウガは不思議に思い顔を上げた。
きっと、フウガが心配していることなんて、露にも思っていないのだろう。沈黙したフウガを見て何を勘違いしたのか、アリアは不安そうな表情を浮かべ訴えている。そんなアリアを見ていると、フウガは自分の考えがやはり見当違いに思えてきて、顰めていた表情を和らげた。
この怠け者は、ずっと誰かに認められたくて、ずっと何も気にならない顔をして、必死に自分の思いを押し殺し、たった一人でいた。
自身に隠された何かよりも、誰にも必要とされなくなる事の方が、アリアには恐怖なのかもしれない。
そう感じてしまえば、今なら逃げ出した神様の気持ちも、少しは分かるような気がした。
「体は問題ないですか?」
そっと肩から力を抜いて、アリアに尋ねる。思いのほか柔らかな声が出た事に、フウガは自分の事ながら少し驚いていたが、アリアはどこか安堵した様子だ。
「あー筋肉痛?平気平気」
筋肉痛は例えで言ったのではなかったのかと、フウガは一瞬考え込んだ。
「…筋肉痛を心配してるわけではありませんが…そもそも、なりますか?筋肉痛」
「え、なるんじゃない?人間は、年取ると遅れてやってくるって聞いた」
「それで言ったら、一体いつやって来るんですか。私達がどれだけの時を生きてると思ってるんです?それに、人間と我々では、そもそものつくりが違うでしょう」
「まぁ、そうだけどさ…」
何を考えているのか、アリアは何か悩むように、自身の手の平を見つめた。少し戸惑っているようにも見える瞳を見れば、フウガの胸は、また焦って落ち着かなくなる。
アリアが今、自身の力について考えているのかは分からない、それでも、もし何かに気づいてしまったら、アリアは簡単に目の前から居なくなってしまいそうな気がして。何の根拠もない話だ、それでもフウガはその予感を手放したくて、努めて明るく声をかけた。そんな事はどうでも良いのだと、知らない何かを勝手に探ろうとしないでくれと、そう願う自分に戸惑いを覚えながら。
「それで、体は問題ないんですね?」
「え?あー、うん。神様の力って、やっぱり凄いのな」
「…あまり調子に乗ってはいけませんよ、あなたは…あなたの力だってよく分かっていないのですから」
言葉が慎重になる。自分は、こんなにも臆病だっただろうか。
「分かってるよ」
アリアは、からりと笑った。その様子からは、フウガが危惧しているようなものは感じられない。
もし、何かの拍子にアリアが記憶を取り戻したら、アリアはアリアでは無くなってしまうのだろうか。こちらは、そんな不安ばかりが頭を過るというのに。
「でもさ、神様もあんな事があったばかりなんだから、今日くらい大人しくしてればいいのにな」
「八重さんと約束していたと言ってましたから」
アリアの嘆きに、狸もどきは高所に怯えながら、懸命に口を開いた。それにより、フウガも再び昨夜へ記憶を巡らした。
昨夜、静かな空を見上げながら、神様は狸もどきにそう教えてくれたという。神様を思い出せば、八重の姿も頭に浮かんだのだろうか、狸もどきは寂しそうに瞳を揺らした。
「早く確かめないとな。まったく!面倒な神様だよ」
アリアは困ったように笑って、狸もどきの小さな頭をわしゃわしゃと撫でれば、狸もどきもようやく擽ったそうに笑った。笑えば、空を飛んでいるという現状を思い出したのか、ぴりりと毛を震わせ、狸もどきはフウガの胸に爪を立てるので、地味にフウガはダメージを食らっている。
「あ、居た!」
アリアの声に視線を下ろすと、神様の姿があった。神様は駅の屋根の上に座り、流れる電車の車両を見つめているようだった。




