天使と死神64
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「フウガさん、どうしましたか?」
神使の声に、フウガははっとして顔を上げた。昨夜の記憶を巡らせる内に、考えに没頭していたようだ。
フウガが何を思おうが、それはただの想像で、真実とは限らない。とにかく今は、新たな任務を伝えるのが先だと、思いを頭から振り払った。
「すみません、ぼんやりしていました。あの、神様にもこの話をお伝えしたいのですが、どこにいるか分かりますか?」
「え…部屋にいませんか?」
「今、見てきたのですが、部屋にも境内にも姿が見えないので。どこかへ出掛けているのかと」
フウガの言葉に、神使達は顔を見合わせ、その顔に不安を浮かべた。
「先程まで部屋に居たんです、今日はゆっくりして下さいって」
「まさか、」
おろおろし始める神使達に、フウガは慌てて二人を宥めた。
「きっと、その辺を散歩でもしているのでしょう。私が探してきますから」
「お前ら、ここに居たのか…」
そこへ、ふぁ、と欠伸を噛みしめた声が聞こえてきた。アリアだ。彼はボサボサの頭をそのままに、金の輪を頭に引っかけ、翼を引きずるようにしている。そのいつも通り過ぎる姿に、フウガは呆れよりも安堵していた。アリアの力に対して不安を抱いていたからだろうか、いつもは咎めるだけのだらしない姿にほっとさせられるのは、これで何度目だろうか。
「皆さん、集まってどうしたんですか?」
そう不安そうに声を上げたのは、狸もどきだ。狸もどきはアリアの腕に抱えられ、キョロキョロと皆を見渡している。
「ちょうど良かった、神様を探しに行ってきます」
「え?あいつ居なくなったのか?」
フウガの言葉にアリアは目を見開いて、狸もどきは、ピンと耳を立てた。
「あなたは、休んでいて構いませんから」
「え、俺も行くよ」
引きずっていた翼を持ち上げ、アリアが言う。フウガは躊躇うように瞳を揺らした。
「…体は大丈夫なんですか」
「平気平気」
「…それでしたら構いませんが…」
顔を見れば、さすがに疲れは垣間見えるが、無理をしてという風には見えない。率先して寝て待ってると言うと思ったのだが、アリアも神様の事が心配なのだろう。
「あの、ボクもお供して良いですか?」
アリアの腕の中で、狸もどきが必死に顔を上げて訴える。
「狸殿、何か心当たりが?」
「きっと、再開させたんだと思います」
「再開?」と、首を傾げたアリアに、狸もどきは少し寂しそうに、「はい」と頷いた。
アリアとフウガは、狸もどきを連れて空を行く。
「なぁ、なんで車出してくれないの」
「町内じゃないですか。すぐでしょう」
「死神はふわふわ飛べていいよな、翼を動かすのって、結構しんどいんだぞ」
むくれるアリアに、フウガは困ったように肩を竦めた。
歩くのが疲れるから空を飛びたいと、つい最近聞いたばかりのような気がするが。
「なら、留守番をしていたら良かったのでは?」
「…でも、ほら!これも新しい任務の一環だろ?」
空を行く前、アリアには、少しの間神様のフォローをする事になったと伝えていた。狸もどきの手前、ヤエサカに言われたままを伝えるのは避けたかった。
アリアは任務だなんだと言うが、神様を心配してるのは、その様子から伝わってくる。素直ではないなと、フウガは自身の腕の中に収まる狸もどきに視線を向けた。狸もどきは空を飛んだ事がないようで、怖々とフウガの胸にしがみつき、下を見る余裕もないようだ。
空を行くとなったら、アリアは狸もどきを早速フウガに預けた。抱えて飛ぶのはしんどいようだ。因みに、寝起きから狸もどきを抱えていたのは、ふわふわの毛並みが心地良かったからだという。
「ほら、さっさと行こうぜ」
アリアは誤魔化すように翼をはためかす。フウガは頷きながら、目の前を行く白い翼を見つめた。朝の光に照らされて、キラキラと煌めきを放っている。フウガは、ふとその翼から視線を俯けた。胸に過るのは、昨夜、思い至ったアリアの事。
アリアがもし、天使ではないのだとしたら。神様との関わりがあるのだとしたら、もしかしたら、アリアは神様だなんて事もあるのだろうか。
ぼんやり思い、フウガは再びアリアに視線を向けた。
だが、今のアリアを見れば、神様なんて言われても説得力に欠ける。神様の風格なんて微塵もないし、さすがにそれはあり得ないと思えてくる。そう、よく考えればあり得ない事だ、アリアが神様だなんて。ましてや、悪魔を生み出した神様かもしれないなんて、そんな事、ある筈がない。
天使にしては珍しい薄い紫色の髪も、金の輪を帽子のように被るおかしな癖も、記憶がないのも、与える力も。アリアは少し他と違うだけだ、だから、そう、消えたりはしない。
フウガは自分にそう言い聞かせ、気持ちを落ち着けた。
フウガが恐れているのは、アリアが何者かという事よりも、今のアリアが消えてしまうんじゃないかという事だ。記憶の操作だって簡単にされてしまう、天界が隠したい事に、もし誰かが気づいてしまったら、アリアはどうなってしまうのか。




