天使と死神61
「フウガさん、おはようございます!」
「ゆっくり休めましたか?」
揃って振り返った神使達は、すっかり笑顔を取り戻している。神様が側にいるからか、着物のほつれもない。パリッとキレイに、とまではいかないが、昨夜までの姿を思えば、違いは一目瞭然だ。
フウガはそっと肩から力を抜いて、表情を緩めた。
「お陰さまで。お二人こそ、休めましたか?」
神使達の方が、心的疲労が大きかった筈だ。神様の代理をしながら、悪魔にも抵抗を見せていたのだから。それなのに、フウガ達がやって来てからこの二週間、文句の一つも言わず、朝も夜も駆け回っていた。
神使達は顔を見合わせると、照れくさそうな申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「お恥ずかしながら、昨夜はぐっすり眠ってしまい…」
「皆さんより先に、申し訳ありません」
小さくなって頭を下げる神使達に、フウガはやんわりと首を振った。
「そのようなこと気になさらないで下さい。アリアなんて、神様がいようがいまいが関係なく寝ていましたから」
昨夜、フウガは下界の支部、悪魔対策課に報告に行っていたのだが、フウガが帰ってきた頃には、アリアはすっかり夢の中だった。アリアの布団には狸もどきの姿もあり、二人とも両手を上げて、ぽっかり口を開けてという同じ寝姿に気が抜けたのを覚えている。
本来ならば、悪魔を追い払った後、神様が戻ったとはいえ、もう少し緊張感を持って欲しいのだが、アリアの活躍を思えば仕方ないと思う自分もいて。すっかりアリアに感化されてしまったと、仕事よりも他の何かを優先している自分が、なんだか少しむず痒いような気分だった。
神使達は、その言葉もフウガの気遣いだと受け止めたようで、顔を見合せながら、縮こめた体をそろそろと戻した。それから、「アリアさんも、問題無さそうですか?」と、心配そうに表情を歪めた。
「はい、昨夜も何もありませんでしたし、今のところは問題ないでしょう」
フウガがそう答えると、神使達は安堵した様子を見せた。
「皆さんには、本当にご迷惑をおかけして…狸さんにも」
「狸さんが神様の側に居てくれたと聞いた時は、ホッとしました」
神使達は泣いてばかりいたが、神様からその話は聞いていたのだろうか。表情を緩める神使達に、フウガも昨夜、狸もどきと話した事を思い出していた。
「狸殿は、皆さんに黙っていた事を気にされていましたが」
神社に共に帰ってきて、泣き疲れて眠る神使達を見た時、狸もどきが申し訳なさそうに呟いていたのだ。
神様に口止めされていたとはいえ、神使達に辛い思いをさせてしまったと。だが、それを聞いた神使達は「とんでもない!」と、焦った様子で首を振った。
「私達は、神様が一柱にならず良かったと思っているんです!」
「そうです!狸さんには、ちゃんとお礼を申し上げなくては…」
後でお礼をお伝えしようと頷き合う神使達を見ていると、彼らがどれほど神様を大事に思っているのか伝わってくるようだ。
神使は神様の力がないと存在出来ないので、それも当然かもしれないが、それがなくても、彼らは神様を一番に思っているような気がする。
こんなに大事に思ってくれる神使達がいるのに、八重の事で取り乱し、自分の役割を放棄しようとするなんて。フウガには、そんな神様の気持ちは、やはり理解出来そうになかった。
と、そこでフウガは、本来の用件を思い出した。
「お伝えしなければならない事があります。昨夜、下界の支部に報告に行ったのですが、悪魔の影響を見る為、もう少しの間、神様の側で町を見守るようにと指示を受けました。その為、こちらで引き続きお世話になってもよろしいでしょうか」
すると、神使達は顔を見合せて、表情を明るく染めた。
「そうでしたか!」
「神様も、きっと心強く思われます!」
良かった良かったと、前向きに受け止めてくれた神使達に、フウガは安堵した。
天使長のヤエサカからは、町を見守るようにとは言われていない。言われたのは、神様が再び神社から居なくなる事がないよう、見張るようにという事だけだ。
もし、また今回のような事が起これば、さすがに天界もこのままという訳にはいかない。神様を切り捨てる考えも、あるのだと。




