天使と死神6
空に浮かんで、パチ、と指を鳴らすと、今度は空中に車が現れた。丸みのあるフォルムが可愛らしいレトロな車、1958年式のスバル360を真似てつくったという、フウガの愛車だ。これも人には見える事はない。
フウガはそれに乗り込むと、エンジンをかけた。
そして、車は空へ向けて走り出した。
いつか人間の世界にも、車が空を飛ぶ未来が日常になるのだろうか。何の変哲もない夜空に、そんな夢を見る人もいるだろうが、夢見る夜空には既に、死神の乗る車が行き交っている。
車線はないので、上に下にと自由に車が飛び交っている。車種も様々ではあるが、全体的に黒のミニバンが多い印象だ。すれ違う同僚達と挨拶を交わしながら、フウガも車を走らせていれば、一台の車が近づいてきた。並走する車の窓が開いて声を掛けられたので、フウガは助手席の窓を開けた。
その車の運転席には銀髪の女性が乗っており、後部座席には、半透明となった人々が涙を流したり呆けていたり、興味津々で辺りを見回したりと、それぞれが様々な表情を見せていた。皆、死を迎えて魂となった人々だ。
「よぉ、フウガ。アンタ、下界の悪魔対策課だって?あのアリアのお守りって本当かよ」
彼女は同僚の死神だ。銀色の長い髪を掻き上げる姿が色っぽいが、口調や態度はいつだって男前、というのがフウガの印象だ。
「これも世界のバランスの為ですよ」
「じゃあ、そのバランス直して早く帰ってこいよ。アンタがいないと、仕事に時間がかかってしょうがない」
彼女は疲れたように溜め息を吐いた。
死神は、死神課に属しており、その仕事とは、命を終えた魂を天界へ連れて行く事だ。
それだけ聞けば簡単そうに思えるが、これがなかなか骨の折れる仕事だったりする。世界中の魂を、限りある人数で天へと導かなくてはならない。天使により死神課へ送られる死期リストは膨大で、一人に割ける時間も限られている。それに、全ての魂が素直に死を受け入れてくれるとも限らない。もし魂に拒まれ説得も失敗すれば、その魂は下界を漂ったり、その場所に縛られたりする。そしてそれは、生きてる人間に影響を及ぼす事もあった。もし、その影響で、突発的に予定外の死者が出るような事があれば、元々決まっていた他の死期リストも変更しなくてはならない、別の誰かの死を見送ったり早めたりしなければならないからだ。世界の人口は、神様の采配によって決まっている、それを勝手に変えることは、たった一人であっても許されない。
それに、変更すれば誰でも良いというわけではない。魂の振り替えや見送りというのは大変な作業だ、変更の分だけ他の魂をどう天へ導くかの精査も必要になり、時間も人員も、いくらあっても足りないのが現状だった。
その中でも、フウガの仕事振りが優秀といわれているのは、他の死神達の何倍もの量を迅速に、それでいて丁寧にこなしていくからだ。魂から反感も買う事もなく、魂一人一人に寄り添い導いてくれるので、フウガが天国の街に出れば、転生前の人々から声を掛けられてはお喋りに興じ、アリアや同僚の前では全く見せない愛想も振り撒くので、フウガの周りには、よく魂の人だかりが出来ていた。
勿論、愛想を振り撒くのは、相手が仕事関係にある魂だからである。
「では、私と変わりますか?」
仕事の事だ。フウガが同僚の彼女に尋ねれば、彼女は男前に声を上げて笑った。
「冗談!アリアの世話なんて、アンタの仕事についていくより大変そうだからな」
じゃあなと、ひらひらと手を振って、彼女は車を走らせ去って行く。フウガは「そうでしょうか」と一人ごち、少し思案した後、はっとした様子で眼鏡のブリッジを押し上げ、アクセルを踏み直した。