天使と死神52
「あらら、もう立つ事も出来ないみたいだね」
「フウガ、」
「このままじゃ、死神が力尽きるのも時間の問題だね、君のせいで」
責めるようなその声に、アリアは僅かに怯んだ。
「知ってるよ、君が神様の代わりみたいな事をしてたの。今だって、くたばりそうなのにまだ抵抗出来るもんね。こんな天使、初めてだよ。どうして今まで現れなかったのかな」
感心するような声が、のんびりと聞こえてくる。その余裕のある様子に、アリアの焦りは増していく。フウガを助けたい、助けなくてはいけない、でも、この力が悪魔に渡ってしまったら、今、この町を飛び回っている天界の者達の頑張りが無駄になる。町を救えない、神様の帰る町がなくなってしまったら、悲しむ者がいる。
帰る場所がないなんて、そんな悲しいことはない。それでも、目の前の死神を置いてはいけない。
残る力で、自分が出来ることは何か。アリアは焦る気持ちを抑え、そっと拳を握りしめた。
「…俺も知りたいくらいだよ。お前こそ、こんなに人間を襲って、腹でも壊すんじゃないか」
「ご忠告どうも、でも心配には及ばないよ。だってボクらは、人の心から生まれたんだよ?命の源だよね」
それに、と、アリアの前にしゃがみこんだ悪魔は、黒に包まれたその体に身を寄せた。
「ボクらを厄介者扱いするけど、ボクらを生み出したのは、君達が慕う神様だからね」
ヒヤリと冷たい声が、アリアの喉元に突き刺さる。黒の向こう側から伸びてきた指が、アリアの顎を掬い上げた。
「不公平だよね、同じ神様が創り出したっていうのに、君たちは正義の味方で、ボクらは悪者だ。生きる権利は平等である筈でしょう?それなのに、君は神様みたいな力でボクの獲物を守って、まさか、神様気取りでいるつもり?」
ずるいな、と、悪魔の長い指が、アリアの首に絡むかのように蠢いている。
「お友達まで犠牲にしてさ」
その言葉に、アリアは声を詰まらせた。
見えないフウガに視線を向ける。分かっている、神様が来てくれるとして、あとどれくらい待てば良いのか、今のこの状況を引き延ばしても良い筈がない。
きっと、怒るだろうな。でも、きっと神様は来てくれる、それまでの間で良いのなら、多分これも間違いではない。
胸の内で呟いて、アリアは悪魔へ視線を向けた。
「…俺の力を食わせれば、あいつを解放してくれるのか」
「ふふ、勿論だよ」
「…ちゃんと約束するんだな」
「疑り深いな。役に立たないお友達がそんなに大事?」
からかい混じりの声に、アリアは口角を上げた。どんなに目を開いても、黒に飲まれた内側では目の前の悪魔の顔すら見えないが、それでも、倒れているフウガの姿は見えるような気がする。アリアは握りしめた拳の中に小さな光を忍ばせ、真っ直ぐに、悪魔の瞳があるだろう先を見つめた。
「大事だよ。それに、あいつは誰よりも頼りになるんだ」
だから、今度は俺が助けてやらないと。
アリアは、ぎゅっと小さな光を握りしめると、頼りなくぼろぼろになった翼を微かに震わせた。
弾ける閃光に、悪魔が目を剥いた。




