天使と死神49
黒い髪を揺らしながら、こちらを見下ろすその姿は中性的で、美しい顔立ちを無邪気な笑顔で満たしている。黒いケープを纏い、その下には黒の短いパンツに黒のタイツ、ヒールの高いロングブーツも黒と、全身黒の出で立ちだ。その背中には、真っ黒な大きな翼がある、天使の翼を黒く染めたみたいだった。
悪魔と会うのは初めてだが、二人共、すぐに彼が悪魔だと分かった。悪魔は皆がそうなのか、纏う雰囲気が独特だ。冷たい氷が肌に薄い膜を張り、黙っていればそのまま心を抉られそうな。ひりつく空気が喉の乾きを訴え、アリアは知らず内にフウガのシャツを掴んだ。
「最近、この地区を与えられたんだけど、良いね、ここ。なんか昔さぁ、大掛かりな事しといて失敗した悪魔がいたんだって。知ってる?」
纏うその雰囲気とは相反し、悪魔は言葉を舌先で転がすように軽やかに笑う。フウガはその顔に冷静を貼りつけ、口を開いた。
「その悪魔の仇でも討ちにきましたか?」
すると、悪魔はきょとんとした一拍後、ケラケラと声を上げて笑った。
「そんなこと、わざわざするわけないじゃん!どこの誰かも興味ないしね。まぁ、ボクならもっと上手くやったのになー、くらいは思うけど。今回だってさ、大した邪魔もないし、ラッキーって思ってたのにさー」
唇を尖らせ、わざとらしくいじけた素振りを見せる悪魔に、「お邪魔でしたか」と、フウガが冷静な口調で答えると、悪魔はふふっと、肩を竦ませて笑った。
「まぁ、そうでもないよ。もうそれも出来なくなるだろうしね」
そう言って、悪魔は細く長い指をくるりと回す。その途端、空を覆う黒の中で雷鳴が轟き、稲光のような黒が、すぐさまフウガに向かってきた。二人はまだ空にいる。フウガは咄嗟にアリアを遠ざけようと、アリアの腕を掴んで自分から距離を取らせると、向かってくる黒を片手で受け止めた。握りしめたグローブの中、バチバチと突き刺すような光を放つ黒は、飛び散る光の切っ先で、フウガの心臓を抉ろうとするかのようだ。フウガはその力に押されるように地面へと落とされるが、地面が近づくとアリアの腕を放して地面に転がし、自分は地面に足を着けその場に踏み止まると、そのままグローブの手でその力を奪っていく。
「軽く見てくれたな」
「ボクの力を奪いきれる?あんた達、そうでなくても吐きそうなのにさ」
ケラケラと悪魔は笑い、舌なめずりをすると両手を突き出し、まるで糸人形を操るように指先を動かした。
アリア達が降りたのは、人の居ない公園から外れた、街灯の連なる住宅地の中だ。周りには、帰宅途中だったのか、すでに数人が倒れている。天界の者も居ない、倒れた人々の体は既に黒に包まれており、心が奪われようとしているのが分かった。
助けなきゃと、アリアは倒れる人々へ足を向けた。
「ほら、よそ見してるから」
悪魔の声に、アリアと同様、周囲に目を向けていたフウガがはっとして視線を戻すと、フウガが掴んでいた黒い力が目の前で弾けた。奪いきれなかった黒が細かい粒となって散ると、それは宙で再び塊となり、後方にいたアリアに襲いかかっていく。アリアは倒れている人々を助けようと動いたところで、その背中は無防備だ。フウガが咄嗟に身を翻してアリアを庇おうとしたが、フウガの手に掴まれた黒の残りが、フウガの手を後ろ手に縛るように絡みつき、黒い体を伸ばしてフウガの体に這い上がってくる。
「え、」
アリアが振り返った時にはもう遅く、黒は網のように広がり、アリアを頭から飲み込んでしまった。




